-
大相撲
現代相撲部屋継承事情1
相撲部屋の盛衰は世の常で、一代で大きく した部屋やかつては名門だったが、閉鎖して 消滅してしまった部屋もある。現代の相撲 部屋は44部屋ある。新興の部屋もあれば伝統 の部屋もある。部屋は何代に渡って継承され てきたのか。あらためて調べてみた。 ... -
大相撲
鶴竜の対戦50回以上
横綱鶴竜はベテランの域に入り、今度の九月 場所で幕内生活14年になる。もっともこの間 2場所中止になっている。それでも鶴竜の 対戦50回以上を超えた力士は3人いる。その うち2人は現役である。 なお、この対戦50回以上は優勝決定戦を含ん でいる。優... -
大相撲
横綱知ってるつもり
横綱の始まり。相撲史家が明らかにしてきた のは、地鎮祭の際の地踏み(四股と同じ動作) が横綱の始まりのきっかけであった。これを 発展させたのが、相撲の家元吉田司家であっ た。この儀式を土俵で行い、上覧相撲の演目 にするアイデァ打ち出したのであ... -
大相撲
看板倒れ
七月場所は横綱鶴竜、大関貴景勝、横綱白鵬 と相次いで休場した。あまり深刻に受け止め られなかった面があるが、看板倒れの場所と なってしまった。 思い起こすのが昭和56年の三月場所である。 この場所は、横綱北の湖・輪島・2代目若乃 花、大関千代の... -
大相撲
四股名あれこれ 東西南北
東西南北のいずれか1字がつく四股名を調べ てみた。読み方は問わず、対象は江戸・東京 の幕内力士とした。 江戸時代において東西南北の字がつく力士は わずかしかいない。西国と東関である。西国 は、さいごくと読む。文化15年春場所幕内 付出しで名がみ... -
大相撲
千秋楽全勝決戦5
白鵬に最も迫った力士、それが日馬富士で ある。日馬富士が横綱白鵬と最初に優勝を 争ったのが2008年十一月場所、まだ安馬と いっていたときである。白鵬は既に8回の 優勝をしていた。安馬は関脇であった。12日 目1敗白鵬と2敗安馬が直接対戦して安馬が... -
大相撲
引退力士あれこれ
三月場所、無観客で開催されたあと、五月 場所中止。七月場所は開催時期を2週間ずら しての東京開催となった。変則的なこの間 随分多くの力士の引退があった。 ・3月 蒼国来が引退した。これは師匠である荒汐 (元大豊)の定年によるものである。蒼国来 ... -
大相撲
千秋楽全勝決戦4
北の湖時代から千代の富士時代へ。昭和56年 十一月場所、千代の富士は横綱初優勝した 場所から時代は千代の富士へと移った。この 千代の富士と短期間ながら対抗した力士が 遅れて来た男隆の里である。隆の里と2代目 若乃花は青森から同じ夜行列車に乗って... -
大相撲
綱の責任
七月場所、鶴竜1敗後休場。白鵬10連勝2連 敗後休場。最近の横綱は負けるさっさと休場 を決め込む。なんとも耐えられない存在の 軽さである。横綱は本来土俵を締めるもので ある。大関・横綱が枕を並べて敗れても最後 に登場した横綱は勝って土俵を締めた... -
大相撲
千秋楽全勝決戦3
柏戸は苦悩していた。大鵬と抱き合わせで 横綱になったものの、横綱昇進時は優勝が なかった。それだけではない。横綱に昇進 しても優勝がなかった。それどころかケガで 休場を余儀なくされ、4場所連続休場となっ て追い詰められていた。大鵬はすでに6連... -
大相撲
七月場所チケット事情詳細
無観客で行われるものと思われていた七月 場所が、急遽初日の6日前に変更された。 1日2500人限定で観客を入れて行われる ことになった。少ない人数とはいえ、本場所 が観戦できる。どのようにすればチケットは 購入できるのか。観戦したいと思う相撲ファ... -
大相撲
千秋楽全勝決戦2
時代を築いた横綱で栃錦・若乃花ほど拮抗 したライバルはいない。その両横綱の対戦が、 頂点に達したのが昭和35年三月場所であった。 東の正横綱栃錦。先場所14勝1敗で10回目の 優勝。その勢いのまま三月場所は初日から 14連勝で千秋楽を迎えた。14勝のな... -
大相撲
横綱の引退年齢番付
七月場所休場した白鵬は35歳に、鶴竜も現時 点では35歳になった。まだ、現役とはいえ、 相当高齢横綱になったことは間違いない。 横綱が実質地位化した常陸山以降の東京横綱 の引退年齢と比較してどれくらいに位置する のか調べてみた。それが以下である。... -
大相撲
千秋楽全勝決戦1
優勝争いの最大のハイライトは全勝同士が 千秋楽に激突することである。これは当然 ながらめったにみられることではない。優勝 制度が正式に協会認定としてスタートした 大正15年以降片手で数えるほどしかない。 それでは明治42年夏場所国技館開設とともに... -
大相撲
朝乃山の相撲内容を採点する2
引き続き後半の相撲内容を採点してみよう。 【9日目 隠岐の海】 朝乃山立った瞬間右四つ。どんどん前に攻め 立て、隠岐の海がまきかえにくるところを 鮮やかな上手投げで決めた。 5点 <隠岐の海戦> 【10日目 御嶽海】 朝乃山、左上手を取りにいくが... -
大相撲
朝乃山の相撲内容を採点する1
七月場所、新大関の朝乃山は12勝3敗と次点 の成績を残した。まずまずの成績だが、2 横綱・1大関が休場したなかなので優勝して 当然という見方がある。そこで七月場所、 朝乃山はどのような相撲をとったのか。一番 一番を検証してみることにした。 採点... -
大相撲
勝ち越して休場した大関3
6人目は栃東である。栃東はカド番が8度 ある。2回関脇に降格して関脇で10勝、11勝 して復帰している。平成19年一月場所が最後 のカド番だが、翌三月場所8勝4敗3休での り切っている。だが五月場所前に引退を表明 した。8勝4敗3休は最後の勝ち越し... -
大相撲
白鵬の優勝と休場を検証
七月場所、白鵬は快調に白星を重ねて初日 から10連勝。相撲内容、安定性から優勝候補 ナンバー1と思われたが、11日目小結大栄翔 の押しに敗退。この時は「ガイにしやがっ て」のような顔だったが、翌12日目、土俵際 まで御嶽海を攻め込みながら突き落とし... -
大相撲
勝ち越して休場した大関2
勝ち越して休場した大関2人目は栃ノ海で ある。昭和38年三月場所8勝2敗5休で大関 5場所目のことだった。栃ノ海の大関在位は 10場所だが、負け越しはない。昭和38年三月 場所は新大関豊山が不調、横綱柏戸、大関 佐田の山も途中休場で大鵬と栃光だけが... -
大相撲
勝ち越して休場した大関1
七月場所、大関貴景勝は休場した。大関在位 6場所で3度目の休場である。ただ、8勝 4敗3休と既に勝ち越して、カド番を脱出 しての休場であった。勝ち越ししながら、 休場した大関は珍しいが、これまでいない わけではない。どんな大関がいるのか、改め... -
大相撲
関脇以下の2回優勝力士2
4人目は魁傑である。初優勝は昭和49年十一 月場所、小結のときであった。2敗の横綱 北の湖が千秋楽輪島に屈して3敗になり、 魁傑と優勝決定戦になった。輪島の敗戦を 引きずり、優勝決定戦への気負いという、 心の整理がつかないまま臨んだ魁傑戦は一方... -
大相撲
関脇以下の2回優勝力士1
七月場所は幕尻の照ノ富士が約5年ぶり2回 目の優勝を成し遂げた。最初の優勝は関脇の ときで両方とも関脇以下での優勝である。 大関のときは優勝同点が2回あるが、惜しく も優勝決定戦で敗退している。照ノ富士の ようにこれまで関脇以下で2回優勝した... -
大相撲
受難の地方本場所
新型コロナウイルスの影響で集団移動ができ ない状況下のため、七月場所は東京で開催 された。七月場所はあくまで七月場所のため、 取組表以外に読物がついていた。また千秋楽 の表彰に従来の名古屋場所でしか行われなか った表彰が名を連ねていた。 愛知... -
大相撲
阿炎、不始末の結果
七月場所中に阿炎が師匠の指示で休場した。 理由は協会が一丸となって不要な外出を自粛 するなか、会食にでかけたからだという。 その後外出がキャバクラだということが判明 した。2回ということだったが、これがかな りの回数であり、虚偽の報告だったと... -
大相撲
2020年!3場所経過した年間最多勝レース
今年、五月場所の中止のため、七月場所で 3場所が終了した。現時点で年間最多勝レー スはどのような展開になっているのか。3 場所までの途中経過をまとめてみた。それが 次の表である。なお、対象は3場所幕内に 在位した力士とさせていただき、単なる数... -
大相撲
照ノ富士の復活街道
2年2場所ぶりの幕内の照ノ富士。その照ノ 富士の優勝は驚きと賞賛と感動をもって受け 取られた。復活劇、約5年ぶりの優勝だが、 照ノ富士は具体的にどのような転落街道と 復活街道を歩んできたのか、改めてふり返っ てみよう。 <内閣総理大臣杯を受け... -
大相撲
2020年七月場所総評
★開催6日前有観客開催になったことに関して 2500人限定で決まった。プロ野球、Jリーグ の有観客開催に影響されてのことと思われる。 ただ、短期間でかなりあわただしかった。 仕組み、内容を理解することから始めなけ ればならなかった。また、発券は観戦... -
大相撲
■七月千秋楽 大波乱!地獄を見てきた照ノ富士が優勝
2敗照ノ富士対3敗御嶽海 3敗同士朝乃山対正代 優勝の行方は千秋楽結び前の一番及び結びの 一番にかかってきた。国技館に入る前、相撲 仲間と談義した。相撲仲間は巴戦になると 予想した。その場合、巴戦では照ノ富士の膝 は持つまい。朝乃山は勢いが失... -
大相撲
■七月14日目 波乱場所は千秋楽を前に大混戦
場所は大詰めだけど、取組は寂しい。上位に 急遽下位からの組み合わせである。 豊山3勝10敗対前8石浦4勝9敗 御嶽海10勝3敗対前16琴恵光9勝4敗 朝乃山11勝2敗対前7照強7勝6敗 朝乃山は白鵬戦、貴景勝戦なくなったとは いえ、なぜ照強なのか説得... -
大相撲
■七月13日目 朝乃山まさかの敗退
白鵬が休場した。これで2横綱1大関が休場 となった。協会を背負う責任ある立場の地位・ 待遇であるにもかかわらず、3人が欠けて しまった。足を運んだお客さんにしてみれば チケット代を割引にしてほしい心境になって も不思議ではない。 かつて柏戸は... -
大相撲
■七月12日目 場所のいい結末は白鵬次第
上手の手から水が漏れる。白鵬は御嶽海に 対し速攻で一気に出た。だが、西土俵で御嶽 海の突き落としを食って、手痛い2敗をきっ した。敗戦の翌日である12日目は気持ちを 切り換えてこそ横綱だが、勝負をあせった ような相撲だった。殊勲賞は大栄翔から御... -
大相撲
■七月11日目1敗照ノ富士対白鵬・朝乃山は実現するか
充実している、安定性抜群、調子は上がって いると言われた白鵬も人の子だった。11日目、 白鵬は6勝4敗の小結大栄翔と対戦した。 相撲は意外な展開となった。大栄翔の真っ向 からの押しに白鵬後退、足をすべららせバラ ンスをくずす。反撃に出るところを... -
大相撲
■七月10日目 朝乃山攻略のポイント
10日目の好取組は7勝2敗の御嶽海対9戦 全勝の朝乃山戦である。対戦成績は、御嶽海 が4勝2敗とリードしている。朝乃山が初優 勝した千秋楽に対戦して勝って、地力の差を みせつけた。また朝乃山が大関を目指した 三月場所も御嶽海が勝っている。しかし... -
大相撲
■七月9日目 朝乃山、取り直しを制して全勝
1敗御嶽海は大変な実力者である。優勝2回、 小結・関脇17場所連続在位記録の持ち主で ある。関脇以下最強といってもいい。その 御嶽海相手に新鋭霧馬山が立ち合い左四つに なって御嶽海に上手を与えない絶好の体勢を つくった。まわしを引きつけ御嶽海を... -
大相撲
■七月8日目 全勝の一角崩れる!御嶽海1敗
この日、横綱・大関の対戦相手は前頭4枚目 以下である。朝乃山対碧山、白鵬対輝は力の 差を見せつける一番となった。貴景勝は西 5枚目北勝富士と対戦した。これは東5枚目 阿炎が休場したことによる繰上げ対戦であっ た。また、その休場理由が尋常でなか... -
大相撲
■七月7日目 ずば抜けている白鵬の充実度、安定性
朝乃山が苦しめられ、貴景勝が不覚を取った のが霧馬山。7日目、白鵬はその霧馬山と 対戦した。相撲は白鵬の速攻の寄りに、 霧馬山は何もできずに土俵を割った。7日目 を終えて全勝は白鵬、朝乃山、御嶽海の3力 士になった。数字的には並んでいるが、相... -
大相撲
■七月6日目 朝乃山の今後
前日、朝乃山相手に善戦した霧馬山が6日目、 大関貴景勝に挑んだ。相撲はこう展開した。 体格で優る貴景勝は押しの一手で攻める。 霧馬山土俵に詰まるもまわりこんで左ざし、 さらに両まわしを取って拝む形で一気に出る と貴景勝はこらえ切れずに土俵を割... -
大相撲
■七月5日目 極端過ぎる取組編成
朝乃山対霧馬山は長い相撲となった。立ち 合い、霧馬山が左へ変わり気味に左上手を 取って食い下がるいい体勢をつくった。朝乃 山は上手が取れない。霧馬山、何度か寄り 立てるが、朝乃山ふみとどまり、かつすくい 投げでしのぐ。霧馬山に攻め手がない。霧... -
大相撲
■七月4日目 貴・朝は未知の領域を目指せ
前日隠岐の海に1敗した貴景勝。連敗は裂け たいところだが、4日目の対戦相手は難敵 遠藤である。貴景勝は押し切れるのか。勝負 のポイントはそこにある。貴景勝あたって 押すが、遠藤後退せず、押し返す。貴景勝 いなすと遠藤泳ぎ、貴景勝そこをついて一... -
大相撲
■七月3日目 晩年白鵬を脅かす存在なし
白鵬3日目の対戦相手は初日鶴竜を倒した 遠藤である。白鵬もかつて遠藤に腰にくい つかれ、切り返しを食って裏返しにされた ことがある。今日の白鵬は左ざしにきた遠藤 を右からおっつけて、そのまま出足よく速攻 で決めた。勢い余って花道までいったのは... -
大相撲
■七月2日目1横綱2大関にかかる場所の興味
鶴竜があっさり休場してしまった。前日の 腰砕け負けと無縁ではなかった。負けた時の 右ひじ靭帯損傷だという。横綱鶴竜の休場は 15度目である。横綱在位は31場所だから半分 近くは休場ということになる。2017年には 5度休場している。休場明け場所の優勝... -
大相撲
■七月初日 気になった鶴竜の負け方
異例のなかで七月場所が始まった。異例の なかに13時開場がある。そのせいか、正門 から南門を曲がって、70メートルほどの列が できていた。このところ曇りと雨を繰り返し ていた天気は初日に限って晴れた。おまけに 今日に限って日差しが強い。並ぶのは危... -
大相撲
2020年7月横綱・大関に挑む12人のサムライ
三月場所の無観客開催以来久々に本場所が 始まる。上位に休場者が出なければ横綱・ 大関との対戦圏内は前頭4枚目までである。 横綱・大関に挑むのは12人。挑戦していた 朝乃山が大関に昇進して、挑戦される立場に 変わった。三月場所に引き続き挑むサムラ... -
大相撲
存在感を示せるか両大関
三月場所は貴景勝の一人大関だったが、朝乃 山が大関に昇進して解消することになった。 大関は降格者が多く、琴奨菊、照ノ富士、 栃ノ心、高安と4人を数える事態である。 それだけではない。大関の優勝は2017年の 稀勢の里以来ないのである。この間19場所... -
大相撲
フル出場できるか両横綱
三月場所、横綱白鵬と横綱鶴竜の優勝争いは 千秋楽12勝2敗の相星決戦となった。白鵬が 勝って44回目の優勝を達成した。白鵬と鶴竜 が優勝を争ったのは2019年七月場所以来で ある。このときは鶴竜が勝って6回目の優勝 を成し遂げている。今度の七月場所、... -
大相撲
高砂の系統12
現役時代、二子山(元大関貴ノ花)部屋に 所属していた元安芸乃島がなにゆえ高田川 (元前の山)の部屋を引き継ぐことになった のか。それは元安芸乃島の千田川と貴乃花 親方との確執にあった。現役時代、貴乃花が 貴花田として入門したとき、安芸乃島はす... -
大相撲
土壇場で決まった有観客
7月13日に臨時理事会がおこなわれた。七月 場所の開催に関して及び中川親方の処分が 話し合われた。観客を入れるかどうか。これ は予想としては微妙だった。プラス要因と してプロ野球、Jリーグが観客を入れ始めて いる。マイナス要因として東京の新型コ... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績14
新記録男横綱白鵬は大関戦100番どころか、 はるかにそれを超え214番に達した。(令和 2年三月場所現在、以下同)これまで大鵬の 142番、千代の富士の158番を大幅に更新した。 成績は171勝43敗(優勝決定戦1勝1敗、 不戦2勝1敗を含む)である。大関戦1... -
大相撲
不自然部屋を継承した中川部屋の運命
七月場所を前にして不祥事が明るみになった。 元旭里の中川が弟子に対しパワハラがあった という。稽古場で暴言的指導があったため、 弟子が発言を録音し、協会に提出したという のだからただ事ではない。よほど耐えかねる モノだったことになる。協会は事... -
大相撲
高砂の系統11
高田川(元前の山)は一門の意向を無視して の理事立候補であった。境川理事長の年寄 名跡の改革私案反対の急先鋒としての意志 表明であり、それを問う立候補であった。 高砂一門は従来陣幕(元北の富士)と高砂 (元富士錦)の2名、理事を出していた。 ... -
大相撲
高砂の系統10
5代高砂(元横綱朝潮)の下では3つの分家 独立があった。 昭和49年三月場所で引退した前の山(最高位 大関)が、4月に内弟子8人を連れて高田川 部屋を創設した。小結前乃臻、剣晃、鬼雷砲 などを育て上げた。高田川部屋がニ所ノ関系 の元安芸乃島に引... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績13
貴乃花が横綱に昇進したとき、大関は武蔵丸・ 3代目若乃花・貴ノ浪だった。3代目若乃花、 貴ノ浪とは同部屋のため、本割での対戦は なかった。横綱貴乃花は平成7年から10年 までの4年間、もっぱら大関武蔵丸との戦い だった。そうした影響と貴乃花が平... -
大相撲
現代十両事情
現在十両は定員28人である。入門した力士が 最初に目指すクラスであり、幕内を目指す 力士は通過しなければならない関門である。 幕内から落ちてもいきなり無給とならず、 ワンクッションとなるクラスでもある。かつ て十両は7人のサムライによる優勝決定... -
大相撲
高砂の系統9
4代高砂(元前田山)の下で以下が分家して いる。 まず、昭和30年3月、元前頭2枚目朝響の 佐ノ山が分家独立した。朝響は大正11年春 場所入幕し、昭和4年9月場所に引退した 力士である。引退から実に約25年半経って の部屋持ちである。58歳のときのこ... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績12
語り継がれる兄弟子千代の富士との激しい ぶつかり稽古が北勝海を横綱に押し上げた。 北勝海は横綱在位29場所、皆勤は21場所で あった。数字的には2代目若乃花の横綱在位 場所数、皆勤場所数より、ともに1場所多い。 だが、大関対戦数は2代目若乃花の23... -
大相撲
炎鵬あの日あの時
99キロという小さな体で重量級の幕内力士を 相手に奮闘する炎鵬。いまや注目と人気は 大変なモノである。誰よりも精一杯の相撲を 取る。それでも勝てないことがある。そんな なかで上位との対戦も経験した。炎鵬の注目 以前の前相撲から新入幕までを写真で... -
大相撲
高砂の系統8
昭和17年1月、前田山が4代高砂となった とき、まだ大関だった。昭和22年秋場所横綱 に昇進したが、成績は不振だった。昭和24年 秋場所、初日勝っただけで、5連敗して途中 休場した。休場した前田山は大阪から帰京 した。 <前田山のブロマイド> ところ... -
大相撲
系統別総あたり制をめぐるif
昭和40年一月場所に部屋別総あたり制が始ま って、約55年が経った。今ではすっかり定着 して当たり前になってきたが、成立時はいろ いろとあった。部屋別総あたり制は、二所ノ 関系の上位進出で取組編成に行き詰まりが 出てきたことから論じられるようにな... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績11
26歳で横綱に昇進した千代の富士の力士生命 は予想以上に長かった。36歳直前まで相撲を 取った。横綱在位59場所、皆勤46場所はとも に大鵬をわずかながら超えた。横綱千代の 富士の対大関戦は158番に及び、大鵬の142番 を超えて、この時点でトップに立った... -
大相撲
減少した横綱・大関リーグ戦
今年に入って2場所経過した。一月場所0、 三月場所2といったら何の数字かおわかり だろうか。実はこれ、横綱・大関リーグ戦の 数字なのである。 一月場所、白鵬・鶴竜の両横綱が、序盤戦 から途中休場した。出場したのは大関貴景勝 と豪栄道の2人であ... -
大相撲
高砂の系統7
引き続き3代高砂(元2代朝潮)の下で分家 独立した部屋をみていこう。 昭和4年3月場所で引退した阿久津川(最高 位前頭筆頭)が引退し、佐渡ヶ嶽部屋をおこ した。現役のときから内弟子として育てた 力士に男女ノ川がいたが、なかなか移籍でき なかっ... -
大相撲
現代大相撲事情
大相撲が学生と外国人が占めるようになっ て久しい。豊山(前名内田)が登場したとき は、学生出身は豊國くらいだった。ハワイ 出身の高見山が入幕したのは、昭和43年一月 場所だった。次に入幕した外国出身力士は、 小錦で約6年半後だった。いまや大相撲... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績10
32歳、遅咲きの横綱琴櫻は短命であった。 横綱在位8場所、皆勤は6場所であった。 横綱優勝は1回であった。それだけに対大関 戦は少なく、8勝10敗(1不戦敗含む)の 成績であった。最多対戦は大関大麒麟で3勝 3敗(1不戦敗含む)であった。次が大関... -
大相撲
高砂の系統6
3代高砂の後継をめぐり、綾川(前名響矢) を支持した元浪ノ音の振分は出羽海一門へ 移籍した、と前回記述した。振分は昭和に 入って振分部屋をおこした。昭和15年1月 から、養子の玉ノ井(元陸奥錦)に弟子を 譲り、玉ノ井部屋としてスタートすることに... -
大相撲
高砂の系統5
高砂の後継争いは2代朝潮と綾川(前名響矢) の争いとなった。大正3年夏場所の番付では 2代朝潮は関脇で翌場所大関に昇進している。 綾川(前名響矢)は入幕2場所目であった。 なお、綾川は複数いて、江戸時代の綾川は 陣幕によって横綱免許を受けた力... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績9
佐田の山は大関時代が長かった。17場所かか って横綱に昇進した。昇進したときは部屋別 総当たり制になっていた。佐田の山で特筆 すべきことは弟弟子であった北の富士が、 元千代の山の九重が出羽海部屋から独立する にあたり、行動をともにしたことで対戦... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士13
■若ノ鵬 入門したら、土俵入りから始まると思って いたロシア連邦出身の力士。露鵬の口利きで 元2代目若乃花の間垣部屋に入門。序ノ口 から2年半で入幕した。2007年十一月場所、 19歳のときであった。しかし、力士生命は 短かった。2008年8月、大麻所持... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績8
大鵬は21歳で横綱になり、9年4場所横綱を 務めた。そのうち皆勤は44場所であった。 これまでの横綱で対大関戦の最高対戦回数は、 栃錦の45番であった。大鵬は、50番はおろか 100番を超えて142番という途方もない記録を 達成した。成績がまた、すごかった... -
大相撲
高砂の系統4
2代高砂(元高見山宗五郎)の下では多くの 分家が創設されていった。前回に引き続き みていこう。幕内格行司木村一学は明治34年 6代若松を襲名し、部屋を開いた。昔は行司 も年寄になれた。栃木山の前の春日野は木村 宗四郎だし、横綱柏戸の前の鏡山は5... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績7
栃錦は少年時代、兄弟子のいいつけで質屋に 行かされた。これを知った師匠の春日野(元 栃木山)は「あんな少年を質屋にいかせる なんてかわいそうに」と思い、親方の付け人 とした。栃木山は生活すべてを相撲に直結 させた方である。「寝るときは海老のよ... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績6
鏡里は初優勝後に横綱に昇進した。横綱は チャンピオンではないチャンピオン同様の 成績を何度もあげて初めてなれるものだ。 という横綱格下げ論が起きたときの世論で ある。鏡里の横綱について横綱審議委員は 時期尚早だったが、協会は決定してしまった。... -
大相撲
高砂の系統3
風雲児高砂浦五郎は、明治16年5月ついに 取締の座についた。明治24年永久取締を 宣言すると雷(元初代梅ヶ谷)らの猛反発を 招き、取り消さざるを得なくなった。高砂の 専横はついに力士のクーデターを招き、つい に退任せざるを得なくなった。明治29年1... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士12
■朝青龍 平成13年一月場所20歳で新入幕を果した。 明徳義塾高校に留学し、相撲部で活躍した。 高校を中退して若松(元朝潮=前名長岡) 部屋に入門した。序ノ口から9場所で十両 入り。十両2場所で入幕というスピード出世 だった。大関の初陣は22歳直前で... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績5
前田山は横綱としては弱いイメージが強い。 横綱時代の大関戦は3勝5敗と負け越して いる。佐賀ノ花に1勝3敗である。昭和22年 秋場所、大関名寄岩戦がなかった。名寄岩が 全敗だったため、組むのをためらったのかも しれない。なお、横綱照國、大関佐賀... -
大相撲
高砂の系統2
巡業はともかく、東京で興行をおこなう組織 が相撲会所と高砂改正組が存在することに なった。今と違い相撲会所に国技館はないし、 放送のバックアップもない時代である。この あたりが昭和の春秋園事件と異なる点である。 東京に2つの相撲組織はまかりな... -
大相撲
高砂の系統1
高砂の系統は正確性から難しいテーマとなる だけにこれまで発表を控えてきた。だが、 いつまでもそれではいけない、と明らかに していくときがきたようである。高砂部屋 から何をイメージするだろうか。突き押しの パワー相撲力士=前田山、朝潮(前名米川... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績4
双葉山が横綱として登場した昭和13年春場所 は、系統別総あたりであった。ところが昭和 15年から東西制に逆戻りした。その結果大関 照國戦は一番失われ、1番になった。また、 昭和18年から19年まで対戦側の方屋に大関が いない時期があった。 <双葉山の... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士11
■武蔵丸 小錦、曙に続く第3のハワイ勢として、平成 3年十一月場所20歳で入幕した。このとき 小錦は大関、曙は筆頭だった。新入幕、11勝 4敗で敢闘賞を受賞して、上位に進んだ。 ところが、上位で勝ち越していくのだ。上位 の壁などないが如く、小結にな... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績3
常ノ花は大関8場所勤めた後横綱に昇進した。 大正13年夏場所が横綱初陣である。昭和2年 の東西合併にともなって昭和2年から昭和 7年まで年4場所となった。それだけに、 大関との対戦数は増加した。それでも対戦 した大関は3人しかいない。大関太刀光... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士10
■小錦 昭和59年七月場所、20歳で入幕。黒船来航と 戦風を起こしたのは翌場所であった。圧倒的 パワーで2横綱、1大関から勝利。最後に 大関琴風が止めた。12勝3敗の好成績を残 した。一方13勝2敗で優勝した多賀竜は2大 関と対戦しただけという不公平さ... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績2
太刀山は、大関4場所を経て横綱になった。 明治44年夏場所横綱として登場。大関と対戦 したのは3人しかいない。同じ方屋同士は 対戦しないため、どうしても大関との対戦は 限定される傾向がある。1人目は駒ヶ嶽で ある。大関駒ヶ嶽には4勝と圧勝してい... -
大相撲
北玉時代10
昭和46年九月場所が終了して、今度こそ手術 のはずが、そうはいかなかった。一門の大先 輩大鵬の引退相撲が10月2日に控えていた。 大鵬最後の土俵入りの太刀持ちを務めなけれ ばならなかった。結局玉の海が入院したのは 10月4日であり、手術は6日になっ... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士9
■北天佑 足腰、均整の取れた体、持っている素材は 素晴らしく、新弟子のころから将来の大関・ 横綱候補であった。昭和55年十一月場所に 20歳で新入幕を果した。16場所関脇以下に いながら、優勝1回、殊勲賞2回、敢闘賞 4回、技能賞1回受賞した。小結4... -
大相撲
横綱の対大関戦の成績1
横綱は大関の次の地位ではない。特別な地位 であり、大関とは差がある、という見方が ある。それでは実際横綱の対大関戦の成績は どうなのか。横綱といってもピンからきり までいるし、横綱を目指す勢いのある大関は 強豪かもしれない。対象は横綱が実質地... -
大相撲
北玉時代9
昭和46年七月場所、玉の海は全勝優勝、北の 富士は8勝7敗に終わった。玉の海の相撲は 安定して来た。右四つの型と腰で取る相撲は 取りこぼすことは、ほとんどなかった。同時 期のライバル北の富士は不安定さをともなっ ていた。NHKの解説者神風氏は「... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士8
■若三杉 のちの2代目若乃花。甘いマスク、柔らかい 足腰、颯爽たる取口で素材は抜群だった。 人気も急上昇。どこまで実績を築くか、期待 は大きかった。昭和48年十一月、20歳で入幕。 元安芸ノ海は北の富士クラスに成れるとみて いた。23歳で大関に、25歳... -
大相撲
北玉時代8
昭和46年五月場所が5月9日から始まった。 初日大鵬は積極的に栃富士を攻めていったが、 尻からくずれるもろさを露呈した。早くも 1敗。その栃富士は2日目から11連敗という さんざんな成績だった。NHK解説者の玉の 海梅吉氏は「食いなれないものを食... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士7
■錦洋 黒姫山と同様昭和44年七月場所新入幕。19歳 であった。大受、吉王山と同期で期待のホー プであった。入幕5場所目に技能賞を受賞。 翌場所大鵬から金星を獲得している。昭和 47年4月、井筒部屋の後継者争いで、後継者 になれなかった君ヶ浜(元鶴ヶ... -
大相撲
北玉時代7
明けて昭和46年一月場所が1月10日から始ま った。蔵前国技館はこの場所から暖房設備が 完備となった。入場料は 一月場所から値上げ となった。一人分の料金は以下である。 特別席2千円→3千円 特い 千6百円→2千3百円 特ろ 千3百円→千7百円 特は ... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士6
■長谷川 長谷川が入幕したのは、部屋別総あたり制が 始まった昭和40年一月場所であった。20歳の ときである。長谷川は本名である。「琴」の 字はつかないが、佐渡ヶ嶽(元初代琴錦) 部屋の力士である。大関候補であっただけに 実績はすごかった。小結9場... -
大相撲
北玉時代6
長い夏巡業を終えて昭和45年九月場所が始ま った。北の富士、玉の海、大鵬の3横綱は そろって出場。先場所7枚目で11勝4敗の 貴ノ花が初めて小結に上がってきた。20歳の 若武者は初代若乃花の実弟という七光りを 離れ、逞しさを身につけてきていた。私生... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士5
■信夫竜(海乃山) 信夫竜は入幕時の名前で海乃山のほうがよく 知られている。その海乃山にしても海力山 (かいりきざん)で届けたら番付が海乃山に なっていたという。それなら海乃山でいいや ということで、これで通した。昭和36年一月 場所、20歳で入幕... -
大相撲
北玉時代5
昭和45年五月場所、横綱2場所目の北の富士 は好調だった。12日目まで全勝。玉の海は 1敗。大鵬はすでに3敗で優勝戦線から1歩 後退していた。13日目から横綱リーグ戦に 突入していった。13日目北の富士対玉の海戦 が組まれた。北の富士あたって突っ張り... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士4
■富樫 のちの横綱柏戸である。若秩父と同じ昭和 33年9月場所19歳で入幕した。新入幕大鵬の 連勝止め役に抜擢されるが、8場所入幕が 早かった。大関になったのが21歳、横綱に なったのが、23歳であった。前褌を取って 走る柏戸は速攻で取るタイプであった... -
大相撲
北玉時代4
玉乃島は横綱になるにあたり、玉の海の四股 名を希望した。玉ノ海は玉錦の弟子であり、 NHK相撲界説者の四股名であった。また、 師匠である片男波が現役時代玉乃海を名のっ ていた四股名でもある。当時の相撲ファンは 何でいまさら改名しなければならな... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士3
昭和戦後をみていこう。 ■千代ノ山 戦後の大相撲の復興は千代ノ山にかかって いた。その期待にそうように昭和20年秋場所、 19歳で新入幕を果した。新入幕の場所いき なり10戦全勝した。強烈な存在感を示した。 突っ張りを得意としたが、特に右が強烈だっ ... -
大相撲
北玉時代 番外
昭和45年一月場所後北の富士と玉乃島は同日 横綱に昇進した。よく同時昇進という表現を 使用するが、1つの組織が2つの件を物理的 に◆時□分■秒まで狂いなく決定できるだろ うか。大関で連続優勝した北の富士が先に 決まったとみるのが自然である。また、... -
大相撲
20歳以下の新入幕力士2
引き続き昭和戦前をみていこう。 ■双葉山 双葉山の場合、春秋園事件による力士大量 離脱が影響している。本来なら十両6枚目で あるはずが、幕内40人中29人が脱退したの だから、番付を編成し直してもいかにも人が 少なかった。そのため、双葉山は急遽繰り... -
大相撲
北玉時代3
昭和44年十一月場所は1横綱、4大関でスタ ートした。横綱大鵬は6勝3敗から休場。 8日目関脇前の山戦で左ひざを痛めてしまっ た。この場所は大関北の富士の独走となった。 「清國一人に甘い蜜を吸わしてなるものか」 燃える要素があるときの北の富士は... -
大相撲
小兵列伝4 栃ノ海
大鵬・柏戸の大型力士に割ってはいったのが 春日野(元栃錦)部屋の小兵栃ノ海である。 前名は本名の花田で取っており、青森出身で ある。それだけに初代若乃花との親戚関係は、 と思われたが、それはなかった。両親がりん ご園を経営していたことも共通し...