大相撲

関脇優勝の翌場所

2020年10月7日

大関の昇進は、昇進時の成績、相撲内容が
問われるのは当然である。だが、もっと大事
な点は大関としての成績、相撲内容である。
正代は関脇優勝のあとはどのような成績を
残せるのか。そこで関脇優勝の翌場所を調べ
てみた。それが以下である。玉錦と安芸ノ海
は東西制での数字である。

<双葉山のブロマイド>

関脇優勝した翌場所も優勝した力士は双葉山
ただ一人である。双葉山は69連勝の途上で
あった。関脇優勝した場所と同じ成績をあげ
たのが、13勝2敗の佐田の山である。優勝の
翌場所は栃ノ海が14勝1敗で優勝、栃光が
13勝2敗と活躍し、2人の大関昇進が決定
した場所だった。第一人者の大鵬は栃光、
栃ノ海、佐田の山に負け、3連敗している。

<佐田の山>

15日制が定着したのは昭和24年夏場所以降で
ある。栃錦から御嶽海までのべ22人のうち
10勝以上あげた力士は10人である。半分以下
である。11勝4敗が5人と最多数である。
それに続いたのが8勝7敗で4人いる。

全体で負け越しが5人いる。1人目は男女ノ
川の5勝6敗である。男女ノ川の関脇優勝は
通算2回目の優勝であり、これが最後の優勝
になった。つまり男女ノ川は大関、横綱で
1回も優勝できなかったのである。2人目が
全休の曙である。もっとも曙はこのあと9勝
-14勝優勝-13勝優勝で横綱に昇進している。

<男女ノ川のブロマイド>

3人目が千代大海で途中休場している。関脇
優勝した場所、3代目横綱若乃花相手に千秋
楽本割、優勝決定戦で連勝した勢いは影を
潜めた。さらに近年玉鷲と2回目の関脇優勝
した御嶽海が翌場所負け越している。

関脇優勝の翌場所の合計成績は244勝138敗
19休である。勝率6割3分8厘7毛である。
15日制では9.6勝である。関脇優勝の翌場所は
好成績にならない確率のほうが高いことに
なる。正代はこうした傾向をはね返すのか。
十一月場所の正代を注目していこう。

<正代>

夜更かししました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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