大相撲

現代相撲部屋継承事情2

2020年9月1日

引き続き独立して部屋をおこした相撲部屋で
まだ継承されたことはなく、一代のままの
部屋をみていこう。

・西岩(元若の里)部屋
田子ノ浦(元隆の鶴)部屋より独立。浅草に
部屋をかまえたが、これからの部屋である。
・二所ノ関(元若嶋津)部屋
二子山(元初代若乃花)部屋から独立。最初
は松ヶ根部屋であった。定年が迫った荒磯
(元二子岳)部屋は3人の弟子のうち2人が
引退、1人が花籠(元大寿山)に移籍し、
荒磯は松ヶ根に移籍した。本家二所ノ関部屋
が金剛の代で終焉をむかえた。弟子は引退。
そのときの親方らは松ヶ根部屋に移籍した。
その後松ヶ根部屋は二所ノ関に名跡を変更
して今日に至っている。
・八角(元北勝海)部屋
九重(元千代の冨士)部屋から独立。部屋の
建物は元北の富士の九重部屋を使用。一時期
北の富士が部屋の3階にいたことがある。
部屋は一部改装されている。

<八角(元北勝海)>

・二子山(元雅山)部屋
藤島(元武双山)部屋より独立。所沢に部屋
をかまえた。
・峰崎(元三杉磯)部屋
三杉磯の入門は花籠(元大ノ海)部屋だった。
その後部屋は輪島に引き継がれたが、年寄株
を担保にしたことで相撲界を去ることになっ
た。そのため三杉磯は放駒(元魁傑)部屋に
移籍し、引退後独立した。
・武蔵川(元武蔵丸)部屋
藤島(元武双山)部屋より独立。建物は元富
士櫻の中村部屋である。

<峰崎(元三杉磯)>

一代のままの部屋はここまで18ある。この
くくりが分類の上で最大数となっている。

2代に渡って引き継がれた部屋をみていこう。
・荒汐(元蒼国来)部屋
元大豊の荒汐が時津風(元豊山前名内田)
部屋から独立しておこした部屋。部屋初の
関取蒼国来が師匠の定年にともなって部屋を
継承した。
・伊勢ヶ濱(元旭富士)部屋
大島(元旭國)部屋出身の元旭富士が元陸奥
嵐の安治川部屋を引き継いだ。その後名跡を
伊勢ヶ濱に変更した。同郷青森出身の元2代
目若乃花の間垣部屋の弟子を託された。照ノ
富士はそのときの弟子である。
・阿武松(元大道 )部屋
元益荒雄が押尾川(元大麒麟)部屋から独立
しておこした部屋。近年理事になった阿武松
が精神的苦悩からか退職してしまった。弟子
の元大道が部屋を引き継いだ。

<伊勢ヶ濱(元旭富士)>

・鏡山(元多賀竜)部屋
元横綱柏戸が伊勢ノ海(元平幕柏戸)部屋
から独立した部屋。元横綱柏戸の死去に伴い、
弟子の多賀竜が部屋を継いだ。部屋は現在
2人という寂しい弟子数になっている。
・式秀(元北桜)部屋
元大潮の式秀が時津風(元豊山前名内田)
部屋から独立しておこした部屋。このときは
時津風一門であった。定年にともない部屋を
継いだのが系統の異なる北の湖部屋出身の
北桜であった。現在珍名力士と連敗の服部桜
などの部屋となっている。最近はおかみさん
のパワハラによる集団脱走が話題となった。

<式秀(元北桜)>

(この項目続く)

カメラの操作を説明してきました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。
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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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