大相撲

翔猿の出世街道

2020年9月2日

翔猿は兄英乃海の影響で小学校から相撲道場、
さらに相撲教室へ通う相撲少年であった。
高校は相撲の名門埼玉栄へ進学した。北勝
富士とは同期であった。2年生のときには
インターハイで団体優勝している。大学は
日大に進んだ。同期には大奄美がおり、東
日本学生相撲新人選手権で対戦している。
その結果敗れている。

大相撲は既に兄英乃海が木瀬(元肥後ノ海)
部屋で活躍していた。甘い気持ちを断ち切る
ため兄とは別の部屋、追手風(元大翔山)
部屋に入門した。なお、部屋は違っても兄弟
は本割では対戦させない規定になっている。
四股名は岩崎である。

<最初の幕下 ざんばら時代 若龍勢戦(手前)>

大相撲の世界では順調に出世した。4場所
連続6勝1敗でたちまち幕下に番付を上げた。
幕下は10場所かかったが、負け越しは1場所
であった。序ノ口から14場所かかって十両
入りした。成績は68勝30敗であった。○38で
あった。幕下では舛ノ勝(のちの隆ノ勝)、
竜電、阿炎、霧馬山らと対戦している。

<幕下時代 阿炎戦に勝利>

十両から翔猿の四股名になった。しかし、
新十両の場所ははね返された。6勝9敗で
幕下に落ちた。十両から幕下に落ちたときは
すぐに戻らないと、定着してしまう危険性が
あった。翔猿は3場所で十両に戻ってきた。

<新十両>

再十両では負け越し、勝ち越しでなかなか
前進しなかった。2018年は38勝37敗。2019年
は45勝45敗であった。2020年28勝17敗でよう
やく新入幕を決めた。

<七月場所美ノ海に勝って9勝>

翔猿は28歳である。体重は131キロと小さい
部類にはいる。得意は押しだが、動いて相手
を翻弄する相撲である。きたる九月場所、
翔猿が重量級にどう挑むのか、小兵同士で
どんな相撲をみせるのか。もう一つの見所に
なりそうである。

少し寝やすくなりました。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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