大相撲

現代相撲部屋継承事情3

引き続き2代に渡って引き継がれた部屋を
みていこう。

・高田川(元安芸乃島)部屋
元前の山が高砂(元横綱朝潮) 部屋から独立
した部屋。元前の山が一門の意向に反して
理事に立候補したため、高砂一門を破門と
なった。 一方、元安芸乃島は貴乃花親方との
確執から元前の山が部屋付き親方として引き
受けた。 元前の山の高田川の定年が迫るなか、
元安芸乃島が部屋を引き継いだ。

<高田川(元安芸乃島)>

・田子ノ浦(元隆の鶴)部屋
元隆の里が二子山(元初代若乃花)より独立
しておこした部屋が鳴戸部屋であった。元
隆の里の急死を受けて部屋を継いだのが元
隆の鶴であり、建物もそのまま使用していた。
ところが未亡人と話し合いがつかなかった
ため、挨拶なしに部屋を出て、一時期閉鎖
された元増位山(子)の旧三保ヶ関部屋を
田子ノ浦部屋として使用していた。そして
あらたにかまえたのが今の江戸川区の田子ノ
浦部屋である。鳴戸の名跡は元琴欧洲へ譲ら
れた。

<田子ノ浦(元隆の鶴)>

・玉ノ井(元栃東 子)部屋
元栃東父が春日野(元栃ノ海) 部屋から独立
しておこした部屋。定年にともない息子の
栃東に譲った。

・千賀ノ浦(元隆三杉)部屋
元舛田山が春日野(元栃乃和歌)部屋から
独立した部屋。定年にともない部屋を継ぐ
出羽一門の親方がいなかった。隆三杉は二子
山(元初代若乃花)出身。引退後は二子山
(元大関貴ノ花)部屋付きの親方として、
その後貴乃花部屋付きの親方として後進の
指導にあたっていた。その元隆三杉が、系統
が異なる千賀ノ浦部屋を引き継ぐことになっ
た。その後貴乃花親方の離職にともない、
貴乃花部屋の力士を引き受けている。貴景勝
はその一人である。また、元貴乃花部屋の
力士が暴行沙汰で2人相撲界を去っている。

<千賀ノ浦(元隆三杉)>

・藤島(元武双山)部屋
出羽海部屋は元常陸山亡き後を継いだ6代
出羽海(元両国=前名国岩)の代から分家
独立を許さずという不文律ができた。これが
長い間支配してきたが、9代出羽海(元佐田
の山)から事実上解除された。その第1号が
元佐田の山の出羽海から円満独立した元三重
ノ海の武蔵川部屋だった。この部屋を引き
継いだのが元武双山の藤島である。年寄名跡
は藤島のままで部屋を継いだ。

<藤島(元武双山)>

・湊(元湊富士)部屋
元豊山=前名長浜の湊が時津風(元豊山前名
内田)部屋から独立しておこした部屋。60歳
近くになったとき、部屋を弟子の元湊富士に
譲っている。錣山(寺尾)とともに時津風
一門を出て、現在は二所ノ関一門に属して
いる。
・山響(元巌雄)部屋
一代年寄を贈られた北の湖が三保ヶ関(元
増位山 子)部屋から独立した部屋。北の湖
の急死を受けて弟子の元巌雄が部屋を継いで
今日に至っている。

2代に渡って引き継がれた部屋 は12になった。

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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