相撲部屋の継承事情⑥|4代続く立浪部屋など

立浪部屋は、緑嶋が興してから羽黒山、安念山(2代目羽黒山)、旭豊へと4代にわたって継がれてきた。安念山は長女の婿養子に元旭豊を迎えて後継者にしたが、引退相撲の利益をめぐる金銭トラブルから、部屋の明け渡しと名跡の譲渡金を争う裁判になった。裁判は最高裁までいき、元旭豊が勝訴している。

田口 通廣が2020年9月に書いた、部屋の継承をたどるシリーズの1本。いまの立浪親方と部屋の力士は立浪部屋の親方は誰?にまとめている。

4代続いた相撲部屋をたどる回で、前半は立浪部屋、後半は友綱部屋(いまの大島部屋)を取り上げる。

目次

立浪部屋|緑嶋から羽黒山、安念山、旭豊へ

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立浪部屋を興したのは緑嶋友之助である。春日山(元朝日森)部屋に入門し、春日山(元当たり矢)部屋のときに立浪部屋として独立した。

横綱双葉山・横綱羽黒山・大関名寄岩の「立浪三羽烏」を育て、一大勢力を築いた。

双葉山ではなく羽黒山が継いだわけ

立浪(元緑嶋)は双葉山に「ほうびに娘をやろう部屋も継がせる」と持ちかけた。だが双葉山には心に決めた女性がいたうえ、立浪とはさまざまな点で意見が折り合わなかった。

その結果、双葉山は昭和16年に双葉山相撲道場として独立した。立浪は結局、娘と結婚した羽黒山に部屋を譲ることにした。

安念山(2代目羽黒山)のブロマイド
<安念山のブロマイド>

羽黒山から安念山(2代目羽黒山)へ

元緑嶋が亡くなると、羽黒山は二枚鑑札で部屋を継いだ。元羽黒山の立浪のときには、若羽黒・安念山・北の洋・時津山が「立浪四天王」として花開いている。

追手風(初代清水川)の定年にともない、その弟子も引き取った。羽黒山が亡くなると、長女と結婚していた2代目羽黒山=安念山が部屋を継いだ。

安念山は大関旭國・関脇黒姫山を育てたが、横綱双羽黒と対立し、双羽黒が相撲界を去る事態を招いている。

旭豊が婿養子として継承|先代との対立と裁判

大島(元旭國)部屋出身の元旭豊は、立浪(元安念山)の長女の婿養子になり、安念山の定年後の後継者として歩むことになった。ところが、先代立浪と現立浪(元旭豊)のトラブルは絶えなかった。

田口は、ことの始まりを「旭豊の引退相撲の利益を先代と妻に持ち去られるという金銭トラブル」と書いている。部屋の運営や指導でも意見が合わず、立浪の長女とはその後離婚した。

そのうえで、部屋の明け渡しと、立浪の名跡の譲渡金1億7500万円の支払いを争う裁判が、先代立浪と現立浪のあいだで起こされた。裁判は最高裁までいき、元旭豊が勝訴している。

立浪親方(元旭豊)
<立浪(元旭豊)>

立浪部屋のいま

田口がこの記事を書いた2020年9月の時点で、部屋はつくばみらい市にあった。2026年9月27日に確認した協会の部屋ページでは、所在地は東京都台東区橋場になっている。

かつては立浪・伊勢ヶ濱(照國-清國)の連合だったが、元旭豊の立浪の代で変わった。一時は貴乃花一門に属し、いまは出羽海一門にいる(出羽海一門の部屋一覧)。

所属する力士は立浪部屋の力士一覧にある。

友綱部屋|巴潟から一錦、魁輝、旭天鵬へ

高嶋(元八甲山)部屋出身の弾丸巴潟は、引退後に玉垣部屋を創設し、名跡の変更でその後は安治川部屋となった。師匠の高嶋(元八甲山)が亡くなると、高嶋部屋を継承した。

巴潟は、横綱吉葉山・大関三根山・関脇輝昇の「高嶋三羽烏」を育てた。友綱(元矢筈山)の養女2人のうち姉を妻にしていた関係もあって、元矢筈山の停年退職を受け、名跡を友綱に変えた。なお、元矢筈山の友綱部屋は定年前に閉鎖している。

巴潟のブロマイド
<巴潟のブロマイド>

友綱(元巴潟)の停年退職を受けて部屋を継いだのは、元一錦だった。一錦は、友綱(元矢筈山)の養女2人のうち妹を妻にしていた。

魁輝は先代の弟子だが、一錦が関脇まで育てた。魁皇は一錦の晩年の弟子で、一錦は定年で部屋を元魁輝に譲った。

友綱(元魁輝)は、大島(元旭國)親方が定年で部屋を閉じるときにその弟子を引き取っている。その中に旭天鵬がいた。友綱(元魁輝)の定年が迫ると、大島(元旭天鵬)と名跡を交換した。

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友綱親方(元旭天鵬)
<友綱(元旭天鵬)>

その後、元旭天鵬は年寄名跡を大島に変え、部屋はいま大島部屋として伊勢ヶ濱一門にある(伊勢ヶ濱一門の部屋一覧・2024年8月)。所属力士は大島部屋の力士一覧へ。

立浪部屋・友綱部屋の継承|よくある質問

Q. 旭豊はどうやって立浪部屋を継いだ?
大島(元旭國)部屋の出身で、立浪(元安念山=2代目羽黒山)の長女の婿養子になり、安念山の定年後の後継者になりました。

Q. 立浪部屋の裁判とは?
先代立浪(元安念山)と現立浪(元旭豊)のあいだで、部屋の明け渡しと名跡の譲渡金1億7500万円の支払いを争った裁判です。最高裁までいき、元旭豊が勝訴しました。発端は旭豊の引退相撲の利益をめぐる金銭トラブルでした。

Q. 双葉山はなぜ立浪部屋を継がなかった?
双葉山には心に決めた女性がいたうえ、立浪(元緑嶋)と意見が折り合わず、昭和16年に双葉山相撲道場として独立しました。部屋は娘と結婚した羽黒山が継ぎました。

Q. 立浪部屋はいま何一門?
出羽海一門です。一時は貴乃花一門に属していました。

Q. 友綱部屋はどうなった?
巴潟、一錦、魁輝と継がれ、元旭天鵬が名跡を交換して継いだあと、年寄名跡を大島に変えて大島部屋になりました。

▶ 現代相撲部屋継承事情:①一代の部屋/⑤佐渡ヶ嶽部屋ほか/⑥立浪部屋・友綱部屋(本稿)/⑦陸奥部屋(井筒)ほか

▶ あわせて読みたい:立浪部屋の親方は誰?/出羽海一門の部屋一覧/伊勢ヶ濱一門の部屋一覧/相撲部屋と一門の系統 記事まとめ

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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