大相撲

勝ち越して休場した大関3

2020年8月13日

6人目は栃東である。栃東はカド番が8度
ある。2回関脇に降格して関脇で10勝、11勝
して復帰している。平成19年一月場所が最後
のカド番だが、翌三月場所8勝4敗3休での
り切っている。だが五月場所前に引退を表明
した。8勝4敗3休は最後の勝ち越しであっ
たわけである。同時に栃東は途中休場が8度
あるが最後に始めて勝ち越したことになる。

<栃東>

7人目は魁皇である。栃東が途中休場しなが
ら勝ち越した場所の2場所後、平成19年七月
場所であった。8勝5敗2休であった。翌場
所は途中休場負け越しだから、この途中休場
勝ち越しは貴重であったわけである。魁皇
最後の優勝は平成16年九月場所だから、それ
から3年経過していた。そして4年後の平成
23年七月場所通算最多勝利の記録を塗り変え、
(当時)引退している。

<魁皇>

8人目は豪栄道である。豪栄道は大関になっ
たとたん最高成績が8勝だった。大関5場所
目の平成15年五月場所、8勝6敗1休の成績
であった。大関12場所で負け越し4度と苦闘
する豪栄道がカド番の場所15戦全勝優勝した
のには驚かされた。その2場所後の平成29年
一月場所2度目の勝ち越しながら休場を達成
している。成績は8勝5敗2休であった。
一人で2度勝ち越しながら休場した大関は、
豪栄道が初めてである。

<豪栄道>

9人目は琴奨菊である。平成27年十一月場所
8勝6敗1休であった。大関24場所目のこと
であった。この翌場所初優勝している。琴奨
菊にとっては一番いいときであった。翌年の
三月場所は関脇に降格した。最近は平幕中位
以下で取ることが多くなった。6場所連続
負け越しを経て七月場所久々に勝ち越した。
36歳と幕内最年長でがんばっている。

<琴奨菊>

10人目は高安である。高安は大関在位15場所
で終わっている。そのうちの13場所目の令和
元年七月場所で勝ち越しながら休場している。
成績は8勝3敗4休であった。高安は翌場所
全休、翌々場所途中休場で大関の座を明け
渡している。8勝3敗4休は大関最後の勝ち
越しであった。

<高安>

そして11人目が貴景勝である。勝ち越ながら
休場した大関は平成から令和で7人8例と
急激に増えている。近年の傾向かもしれない
が、いささか気になる。

(この項目終わり)

猛暑のなかのオリンピックは正気の沙汰とは思えません。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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