大相撲

現代相撲部屋継承事情4

3代に渡って引き継がれた部屋にはいる。

・東関(元高見盛)部屋
ハワイ出身の元高見山が高砂(元横綱朝潮)
部屋から独立した部屋。定年によって部屋は
弟子の元潮丸に引き継がれた。ところが、
元潮丸が病で急死してしまった。後継者が
すぐに決まらず、一時八角(元北勝海)部屋
預かりとなった。その後元高見盛が部屋を
継ぐことになった。

・伊勢ノ海(元北勝鬨)部屋
江戸時代から脈々と続いた部屋と言われるが、
厳密には、部屋は途中で絶えている。再興
したのは横綱柏戸の師匠である前頭筆頭の
柏戸秀剛である。

<柏戸秀剛のブロマイド>

柏戸秀剛の入門は春日山(元藤ノ川雷五郎)
であった。四股名は藤ノ川であった。途中
伊勢ノ海部屋を再興した元5代目柏戸宗五郎
の部屋に移籍している。このとき四股名を
柏戸に改めている。師匠伊勢ノ海の死後は
さらに錦島(元大蛇山)部屋に移籍している。

部屋を再興した元柏戸秀剛の伊勢ノ海は横綱
柏戸を育て理事にまでなった。彼の死後、
弟子の藤ノ川豪人が部屋を継いだ。定年が
近くになったとき、弟子の北勝鬨に部屋を
譲って今日に至っている。

・大嶽(元大竜)部屋
一代年寄大鵬が二所ノ関(元佐賀ノ花)部屋
から独立しておこした部屋。大鵬の三女と
結婚した貴闘力は二子山(元貴ノ花)部屋
出身力士。引退後は大鵬部屋の部屋付きの
親方として後進の指導にあたっていた。大鵬
が定年後部屋を引き継ぎ、大嶽部屋として
スタートした。ところが博打好きが災いした。
野球賭博事件で琴光喜とともに金額が多かっ
たことから解雇処分になった。部屋は大鵬の
弟子元大竜が引き継いでいる。貴乃花一門
だった時期があるが、今は二所ノ関一門に
戻っている。

<貴闘力>

・片男波(元玉春日)部屋
荒法師玉乃海が二所ノ関(元佐賀ノ花)部屋
から独立した部屋。しかし、お家騒動となっ
た。片男波は内弟子の移籍を二所ノ関に申し
出た。しかし、二所ノ関の返事は1年間待っ
てほしいということだった。1年後片男波は
約束の履行を二所ノ関に迫ると、十両の玉嵐、
新川(前名玉響)と幕下の玉乃島、玉兜は
2年待ってくれという。二所ノ関の約束は
あてにならないとみて、片男波は強引に内
弟子19名を移籍させてしまった。

これに対し二所ノ関は上位4名と未成年以外
の力士の廃業届けを協会に出すという強行
手段に出た。先代の二所ノ関だった玉の海
(現役は玉ノ海で放送の解説者名は玉の海)
氏が仲介にはいり、片男波の内弟子は、片男
波が二所ノ関に移籍料を払って移籍すること
になった。

<玉乃海のブロマイド>

元玉乃海の片男波が64歳で亡くなると弟子の
玉ノ富士が部屋を継いだ。定年で部屋持ち
親方を退くと弟子の玉春日が部屋を継いで
いる。

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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