現代相撲部屋の系統10

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消滅した本家二所ノ関部屋から独立した部屋に元大麒麟の押尾川部
屋がある。いきさつについてはすでに記した。少数からの独立だっ
たが、白いウルフ益荒雄が育った。引退後は師匠押尾川とのいさか
いで大鵬部屋に移籍した。そこで阿武松部屋を興した。

押尾川は定年前に退職し、弟子は元琴風の尾車部屋に移籍した。現
在元大麒麟の弟子では飛燕力が現役で相撲を取っている。元益荒雄
の阿武松は苦悩からか途中で相撲界を離れた。あとを引き継いだの
が元大道で現在に至っている。

元益荒雄

元大ノ海の花籠部屋から独立した部屋が元魁傑の放駒部屋である。
放駒部屋は元輪島の花籠が追放されたとき、部屋の力士を全員引き
受けている。放駒部屋から独立したのが元大乃国の芝田山部屋であ
る。元魁傑の放駒の定年の時力士は芝田山部屋に移籍した。

現在この系統で残っている部屋は芝田山部屋だけである。幕内力士
がなかなか育たないのがもどかしい。2027年芝田山は定年を迎える。
部屋の行方はどうなるのか気になる。

元初代若乃花の二子山部屋から独立した部屋に元若嶋津の松ヶ根部
屋がある。後に二所ノ関部屋に改称した。定年を迎えるにあたって、
部屋を片男波部屋出身の元玉乃島の放駒に譲った。最後の年寄株荒
磯は元琴勇輝へ譲った。長い間看板力士だった松鳳山には何も残ら
なかった。

元若嶋

さらに現在ある部屋の系統では元隆の里の鳴戸部屋である。鳴戸が
亡くなった後弟子の元隆の鶴が継いだ。だが、鳴戸の株で遺族と話
し合いがつかず、田子ノ浦部屋として再スタートした。当初は元増
位山の旧三保ヶ関部屋使用していた時期があった。

田子ノ浦部屋からは元若の里の西岩部屋と元稀勢の里の二所ノ関部
屋が独立している。本家からみると分家の分家の分家の分家になる。
二所ノ関部屋には旧尾車(元琴風)部屋の中村(元嘉風)親方と大
部分の力士が移籍してきた。独立して中村部屋を興したことはすで
に触れた。

二所一門は分家独立で発展してきた。今後もそれは変わらないと思
われる。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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