平幕優勝した力士 一覧|歴代と令和9回

平幕優勝とは、前頭(平幕)の力士が幕内最高優勝を果たすことをいう。横綱・大関・三役以外の力士がさらう優勝で、正式な優勝制度が始まった大正15年から数えるほどしか出ていない。令和に入ってからは増え、令和7年7月の琴勝峰までで9回を数える。37場所で9回、優勝率にして約24%である。この記事では歴代の平幕優勝力士を一覧でまとめ、大関・横綱まで上がった力士、上がれなかったジンクス、優勝後の記録まで整理する。

※歴代一覧は大正15年〜令和元年の集計(2020年作成)に、令和2年以降の優勝を加えて最新化したものです。優勝後の成績の詳細は平幕優勝力士のその後(三役在位・大関昇進編)、大関になれないジンクスは平幕優勝力士は大関になれないもあわせてご覧ください。

目次

令和の平幕優勝(9回)

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令和の始まりとともに平幕優勝も始まった。最初は朝乃山である。千秋楽にトランプ大統領が観戦し、表彰した場所であった。館内は物々しい警備で、大統領が登場すると大変な騒ぎになった。令和2年一月場所の徳勝龍は「僕なんかが優勝していいんですか」とインタビューで話した。令和4年は七月から十一月まで3場所連続の平幕優勝という珍事もあった。そして令和6年三月場所、尊富士が新入幕優勝を成し遂げる。大正15年の公式優勝制度以降では初めてのことだった。

場所力士備考
令和元年5月朝乃山前頭8。トランプ大統領が観戦・表彰
令和2年1月徳勝龍幕尻優勝「僕なんかが優勝していいんですか」
令和2年7月照ノ富士序二段から復活した再入幕での優勝
令和3年1月大栄翔前頭筆頭
令和4年7月逸ノ城3場所連続平幕優勝の口火
令和4年9月玉鷲2回目の優勝
令和4年11月阿炎優勝決定巴戦を制す。大関貴景勝に勝利
令和6年3月尊富士新入幕優勝。優勝制度以降で初
令和7年7月琴勝峰令和9回目の平幕優勝

令和の平幕優勝率は24%、1年で1.5場所あることになる。なかでも照ノ富士はこの優勝をきっかけに序二段からの復活を遂げ、のちに横綱まで駆け上がった。令和の平幕優勝事情はこちらで詳しくまとめている

歴代の平幕優勝力士 一覧(大正15年〜平成30年)

一月場所、予想もできない展開で徳勝龍が幕尻優勝した。平幕優勝力士は引退まで、その後どんな成績を残しているのか。調べてまとめたのが下の表である。グレイは横綱・大関戦のない優勝、ラベンダー色は横綱・大関戦の一部対戦を表す。在位・三賞・三役在位・最高成績・最高位は平幕優勝の翌場所から引退までの記録である。

歴代平幕優勝力士の優勝後の成績一覧表
<平幕優勝力士の優勝後の成績一覧>

誰が、いつ、どの地位で平幕優勝をさらったのか。表のうち「いつ・どの地位で・誰が」を抜き出したのが下の一覧である。在位や三賞などの詳しい数字は上の成績表を参照いただきたい。

場所地位力士
大正15年前頭8大蛇山
昭和5年前頭5山錦
昭和6年10月前頭4綾櫻
昭和14年前頭17出羽湊
昭和20年前頭1備州山
昭和28年前頭6時津山
昭和32年11月前頭14玉乃海
昭和35年5月前頭4若三杉(のちの大豪)
昭和36年5月前頭13佐田の山
昭和39年7月前頭9富士錦
昭和43年3月前頭8若浪
昭和47年1月前頭5栃東
昭和47年7月前頭1高見山
昭和50年7月前頭1金剛
昭和51年9月前頭4魁傑
昭和59年9月前頭12多賀竜
平成3年7月前頭13琴富士
平成3年9月前頭5琴錦
平成4年1月前頭2貴花田(のちの貴乃花)
平成4年7月前頭1水戸泉
平成10年11月前頭12琴錦(2回目)
平成12年3月前頭14貴闘力
平成13年9月前頭2琴光喜
平成24年5月前頭7旭天鵬
平成30年1月前頭3栃ノ心

平幕優勝を2回果たしたのは琴錦である。平成3年九月場所を前頭5で、平成10年十一月場所を前頭12でさらった。初優勝以降の二刀流ぶりは、いまの現役には見られないスピード相撲の賜物だった。

平幕優勝から大関・横綱になった力士

「平幕優勝力士は大関になれない」というジンクスを最初に破ったのが佐田の山である。佐田の山は大関どころか横綱にまで昇進した。大鵬という壁は高かったが、二人の相撲は熱戦が多かった。

貴乃花
<貴乃花>

次に大関へ上がったのが魁傑だった。もっとも魁傑は一度大関にあがり、一度降格していた。そこから平幕優勝をきっかけに二度目の大関昇進を果たす。「休場は試合放棄」と、負けが込んでも休まなかった言葉は新鮮な響きで歓迎された。3人目は貴花田、のちの貴乃花である。平幕優勝史上もっとも高い地位まで到達し、22回の優勝で一代年寄の栄誉に輝いた。4人目の琴光喜は、平幕優勝から大関昇進まで実に24場所かかっている。5人目が栃ノ心で、昇進直前は37勝8敗と立派な成績だったが、大関では振るわず陥落と復帰を経験した。朝乃山が大関になれば6人目だった。

「平幕優勝力士は大関になれない」ジンクス

佐田の山が現れるまで、ジンクスはまぎれもなくあった。大正15年に協会が優勝制度を設けてから、大蛇山、山錦、綾櫻、出羽湊、備州山、時津山、玉乃海、若三杉(のちの大豪)と、8人がことごとく大関に到達できなかった。佐田の山以降も、富士錦、若浪、栃東、高見山、金剛と続き、多賀竜、琴富士、琴錦も大関には届かなかった。平幕優勝から大関に上がった力士は、いまも少数派である。

平幕優勝後の記録

高見山の優勝を伝える記事
<高見山の優勝を伝える記事>

平幕優勝以降もっとも長く務めたのが高見山である。71場所、12年弱にわたった。優勝したとき28歳だったから、40歳直前まで土俵に上がっていたことになる。次点は貴乃花の66場所。入門から注目された貴花田の初優勝は19歳という若さで、これが大きかった。三役在位でも記録が残る。琴錦は初優勝の翌場所から2回目の優勝前まで小結10場所・関脇16場所、2回目以降の小結2場所を合わせて計28場所。琴光喜は小結7場所・関脇20場所を数えた。

金剛の優勝を伝える記事
<金剛の優勝を伝える記事>

逆にもっとも短いのが金剛で、6場所務め27歳で早々と引退した。二所ノ関部屋は元佐賀ノ花の死去で後継をめぐるお家騒動になっており、先代の次女と結婚して部屋を継ぐ路線が規定だったため、早めの引退となった。三賞では、平幕優勝後に一度も受賞しなかった力士が11人もいる。水戸泉は優勝後49場所、約8年務めたが、ついに三賞はなかった。逆に最多が琴錦で、殊勲賞3回・敢闘賞1回・技能賞5回の計9回。これに続くのが高見山の殊勲賞5回・敢闘賞3回である。高見山は輪島に強かった。

平幕優勝者の「翌場所のジンクス」

徳勝龍
<徳勝龍>

平幕優勝者の翌場所は、総じて厳しい。令和の平幕優勝者をみると、全休を含め5人が負け越し、勝ち越した3人も8勝止まりだった。番付がいきなり上位へ跳ね上がり、横綱・大関と総当たりになるためである。優勝の余韻にひたる間もなく、実力者がひしめく上位での戦いが待っている。これも平幕優勝ならではの宿命といえる。

平幕優勝についてよくある質問

平幕優勝とは何ですか?

前頭(平幕)の力士が幕内最高優勝を果たすことです。横綱・大関・三役以外の力士による優勝を指します。大正15年に正式な優勝制度が始まって以来、数えるほどしか出ていません。

平幕優勝を2回した力士はいますか?

琴錦です。平成3年九月場所を前頭5で、平成10年十一月場所を前頭12でさらいました。平幕優勝を2回果たしたのは琴錦だけです。

平幕優勝から横綱になった力士は?

佐田の山と貴乃花(貴花田)の2人です。佐田の山は「平幕優勝力士は大関になれない」というジンクスを初めて破り、横綱まで昇進しました。

新入幕で優勝した力士はいますか?

尊富士です。令和6年三月場所、新入幕での優勝を成し遂げました。大正15年の優勝制度以降では初めての快挙でした。

令和の平幕優勝は何回ですか?

令和7年七月場所の琴勝峰までで9回です。令和は37場所で9回、優勝率にして約24%。1年で1.5場所のペースで平幕優勝が出ている計算になります。

関連記事:平幕優勝力士のその後(三役在位・大関昇進編)平幕優勝力士は大関になれない(ジンクス詳説)令和の平幕優勝事情全勝優勝した力士 一覧(歴代)照ノ富士の歩み

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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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