大相撲

千秋楽全勝決戦4

2020年8月22日

北の湖時代から千代の富士時代へ。昭和56年
十一月場所、千代の富士は横綱初優勝した
場所から時代は千代の富士へと移った。この
千代の富士と短期間ながら対抗した力士が
遅れて来た男隆の里である。隆の里と2代目
若乃花は青森から同じ夜行列車に乗って上京
した。昭和50年五月場所、隆の里が新入幕を
したとき、若三杉(のちの2代目若乃花)は
関脇だった。隆の里が関脇になった昭和54年
九月場所、2代目若乃花は既に横綱だった。

<隆の里>

隆の里と千代の富士が優勝をめぐって対戦
したのは昭和58年七月場所からであった。
この場所隆の里は大関だった。千秋楽両雄は
13勝1敗の相星で対戦した。両者低く入って
右四つ。千代の冨士最初上手が取れなかった
が、取ってがっぷり四つになった。隆の里、
機を見て吊りあげ、土俵際まで運び、外掛け
から寄り倒した。

隆の里の優勝は2回目であった。この優勝で
隆の里は横綱に昇進した。昭和58年九月場所
新横綱として登場した隆の里は初日から14連
勝。横綱13場所目の千代の富士も初日から
14連勝。千代の富士はここまで8回優勝し、
全勝も1回していた。隆の里は2回の優勝
経験があり初優勝で全勝優勝している。

<千代の富士>

全勝決戦を制するのは千代の富士か隆の里か。
その前にここまでの両力士の対戦成績をみて
いこう。隆の里と千代の富士は昭和49年十一
月場所ともに新十両入りしている。関取同士
の初対戦は千代の富士が勝っている。十両
同士の対戦は隆の里の2勝1敗に終わって
いる。昭和53年に幕内平幕同士で対戦して
2勝2敗の対戦成績であった。

頻繁に対戦するようになったのは、昭和55年
の七月場所からである。隆の里の11勝7敗と
リードしている。隆の里が8連勝したことも
ある。こうして迎えた昭和58年九月場所の
両横綱の全勝決戦は次のように展開した。
You Tube参照

こうして隆の里は新横綱の場所を全勝で優勝
した。このころ、隆の里は千代の富士に胸を
合わせると自信をもっていた。千代の富士
との相星決戦は4度あるが、隆の里の3勝
1敗に終わっている。

(この項目続く)

暑いなか出かけるのはしんどいです。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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