豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)は第74代横綱。モンゴル・ウランバートルの出身で立浪部屋。令和7年(2025年)三月場所から横綱を務めている現役の横綱で、幕内優勝2回、生涯401勝235敗40休(協会プロフィール・令和八年九月場所時点)。横綱在位は2026年九月場所前までで9場所、協会の星取表を合計すると71勝35敗29休になる。優勝2回はいずれも横綱になる前(関脇と大関)で、横綱としての優勝はまだ無い。おじは第68代横綱の朝青龍である。
※戦歴の数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィールと力士プロフィール(2026年9月18日確認)、場所ごとの勝敗は協会「過去の成績・番付」の星取表(2026年8月3日取得・2026年9月18日に5場所を再取得して一致を確認)から写した。合計は当サイトが足した。現役なので場所ごとに更新する。この記事は2026年9月18日時点(九月場所六日目)の内容で、進行中の九月場所は数に入れていない。写真と場所の情景は田口 通廣の撮影・記名記事による。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。

豊昇龍の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月18日確認)

| 四股名 | 豊昇龍 智勝(ほうしょうりゅう ともかつ)。しこ名履歴は豊昇龍の1つだけ |
|---|---|
| 代 | 第74代横綱(令和7年3月〜・在位中) |
| 本名・出身 | スガラグチャー・ビャンバスレン・モンゴル・ウランバートル |
| 生年月日 | 平成11年(1999年)5月22日 |
| 部屋 | 立浪(立浪親方は現在誰?歴代の系譜) |
| 身長・体重 | 188.0cm・148.0kg(歴代横綱の体重ランキング) |
| 得意技 | 右四つ・寄り・投げ |
| 初土俵/新十両/新入幕 | 平成三十年一月場所/令和元年十一月場所/令和二年九月場所 |
| 新三役/新大関/新横綱 | 令和四年三月場所/令和五年九月場所/令和七年三月場所 |
| 優勝 | 幕内2回・序二段1回 |
| 三賞・金星 | 殊勲賞0回・敢闘賞1回・技能賞2回。金星0個 |
| 生涯戦歴 | 401勝235敗40休(52場所)※令和八年九月場所時点 |
| 幕内戦歴 | 319勝187敗40休(37場所)※同上 |
出典: 日本相撲協会「第74代横綱 豊昇龍 智勝」(歴代横綱・2026年9月18日確認)と「力士プロフィール」(同日・「令和八年九月場所:六日目時点」の表示)。番付推移の元号表記は協会の書き方のまま。協会の戦歴は進行中の九月場所の休場6日を含んでいるので、下の「九月場所前まで」の合計とは休の数が違う。
この表で目を引くのは三賞の少なさである。敢闘賞1回・技能賞2回で殊勲賞は0回、金星も0個。協会の「金星」は平幕で横綱に勝った数を指すので、平幕のうちに横綱を破ったことは1度も無いことになる(幕内上位に上がった時期の横綱は照ノ富士で、田口は「豊昇龍は横綱戦0勝6敗である。対戦相手はすべて照ノ富士である」と書いている。記録でみた豊昇龍・2023年8月16日)。同じ記事で田口は「三賞に関して豊昇龍は敢闘賞1回、技能賞2回である。おじの朝青龍は殊勲賞2回、敢闘賞3回受賞している。数では負けるが、豊昇龍のほうが技能派なのかもしれない」と書いており、協会プロフィールの内訳と同じである。なお横綱昇進のときの記事(豊昇龍とモンゴル5横綱を比較・2025年2月4日)では「敢闘賞2回・技能賞1回の計3回」と内訳が入れ替わっているが、計3回は同じで、協会の星取表でも技能賞は令和3年七月場所と令和4年十一月場所の2回、敢闘賞は令和5年七月場所の1回である。
入門から横綱昇進までの年表|序ノ口から10場所で十両、新入幕から18場所で大関
| 時期 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 平成30年一月場所 | 初土俵。田口は「もともとレスリングの留学生として来日したが、相撲に魅了された」「高校卒業見込みで立浪(元旭豊)に入門した」と書いている | 協会・田口 24639 |
| 平成30年三月場所 | 序ノ口で6勝1敗。1敗は納谷(のちの王鵬)につけられたもの | 田口 18632 |
| 平成30年五月場所 | 序二段で7戦全勝優勝 | 協会・田口 18632 |
| 平成30年九月場所 | 幕下東56枚目。3勝3敗で迎えた7番相撲で納谷に首投げで勝ち、勝ち越した | 田口 18632 |
| 令和元年九月場所 | 幕下東5枚目で4勝3敗。十両昇進が決まった | 協会の星取表・田口 18953 |
| 令和元年十一月場所 | 新十両。序ノ口から10場所で、幕下以下の成績は49勝21敗 | 協会・田口 24639/35122 |
| 令和2年七月場所 | 十両6枚目で10勝5敗。6人の優勝決定戦に出た。十両4場所は33勝27敗 | 田口 24639/35122 |
| 令和2年九月場所 | 新入幕(西前頭16枚目)。21歳 | 協会・田口 24639 |
| 令和3年七月場所 | 西前頭5枚目で10勝5敗。初めての技能賞 | 協会の星取表 |
| 令和4年一月場所 | 東前頭6枚目で11勝4敗 | 協会の星取表・田口 34377 |
| 令和4年三月場所 | 新三役(西小結)。千秋楽に琴ノ若に勝って8勝7敗。上位での勝ち越しはこれが初めてだった | 協会・田口 34377 |
| 令和4年十一月場所 | 西関脇で11勝4敗。2回目の技能賞 | 協会の星取表 |
| 令和5年七月場所 | 東関脇で12勝3敗の初優勝。敢闘賞 | 協会の星取表・田口 40206 |
| 令和5年九月場所 | 新大関。新入幕から18場所、24歳。モンゴル出身では7人目の大関 | 協会・田口 40206/40372 |
| 令和6年十一月場所 | 大関で13勝2敗。ここまでの最高成績 | 協会の星取表・田口 46528 |
| 令和7年一月場所 | 大関で12勝3敗。優勝決定巴戦を制して2回目の優勝 | 協会の星取表・田口 46528 |
| 令和7年1月29日 | 番付編成会議および理事会で横綱昇進が決まった(第74代)。大関在位は9場所、25歳 | 協会 特別ページ・田口 46269 |
| 令和7年1月30日・31日 | 30日に立浪部屋で綱打ち、31日に明治神宮で奉納土俵入り | 協会 特別ページ |
| 令和7年三月場所 | 新横綱 | 協会 |
| 2026年9月18日時点(九月場所六日目) | 九月場所は初日から休場中。協会の力士プロフィールは六日目時点で0勝0敗6休 | 協会 力士プロフィール・田口 54901/55001 |

入門のころから注目されていた。田口は序ノ口時代について「序ノ口では勝つたびに記者たちに囲まれている姿を大阪で見てきた。それほど注目の存在であった」と書き、幕下に上がった平成30年九月場所の7番相撲については「この一番国技館で見た。立ち合い、納谷の左が入ってかいなを返すと豊昇龍の体が浮いた。出る納谷を次の一瞬豊昇龍が首をとって腰にのせるような首投げ。それが見事に決まった」と残している(紙一重の勝負と時の運をモノにした豊昇龍・2018年10月17日)。序ノ口の1敗も前相撲の黒星も相手は納谷で、田口は「納谷との出世争いも関心を集めてきた」と書いている。
十両昇進は令和元年九月場所の幕下東5枚目・4勝3敗で決まった。田口は「4勝3敗なら通常は上がらない。だが、嘉風の引退と十両からの降格力士が多く、ラッキーな十両昇進となった」と書き、昇進決定を受けての「目標はおじさん朝青龍より上に行きたい」という発言を記事の題にしている(豊昇龍の朝青龍超え発言・2019年10月8日)。序ノ口から十両まで10場所。田口の比較では「おじ朝青龍より1場所多いが、スピ-ド出世であった」。幕下以下の成績は49勝21敗、十両4場所は33勝27敗である(豊昇龍の出世街道・若隆景・豊昇龍を比較)。

入幕から三役定着までの3年は、田口の記事では技の話が多い。「入幕したころは軽量に泣かされたことがあった。だが、上位に定着できるようになると、技の相撲が生きてきた」として、内掛け・外掛け・とったり・一本背負い・肩すかし・切り返し・渡し込み、それに上手投げ・すくい投げ・掛け投げ・下手投げの写真を2本の記事に並べている(写真で見る豊昇龍の技の数々 上・下・2022年8月)。新三役は令和4年三月場所の西小結で、田口は「千秋楽、優勝圏内の3敗琴ノ若に勝って勝ち越した。小結で勝ち越した意味は大きい。また、上位での勝ち越しはこれが初めてであった」と書いている(豊昇龍の今後・2022年4月28日)。

大関昇進は令和5年七月場所の初優勝(東関脇・12勝3敗)で決まった。田口は「名古屋の宿舎に使者を迎えての口上は『大関の名を汚さぬよう、気魄一閃(きはくいっせん)の精神で努力いたします』であった。モンゴルでは朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、霧島についで7人目の大関である」と書いている(新大関豊昇龍論・2023年7月26日)。新入幕から18場所、24歳。この時点で「9所連続小結・関脇」「その前の平幕の場所を含め10場所連続勝ち越し」と田口は数えている(40372)。
大関9場所の成績|91勝41敗3休、直前3場所33勝12敗で横綱へ
| 場所 | 番付 | 勝 | 敗 | 休 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 令和5年九月場所 | 西大関 | 8 | 7 | 0 | 新大関 |
| 令和5年十一月場所 | 西大関 | 10 | 5 | 0 | |
| 令和6年一月場所 | 西大関 | 10 | 4 | 1 | |
| 令和6年三月場所 | 西大関 | 11 | 4 | 0 | |
| 令和6年五月場所 | 東大関 | 10 | 5 | 0 | |
| 令和6年七月場所 | 西大関 | 9 | 4 | 2 | |
| 令和6年九月場所 | 西大関 | 8 | 7 | 0 | |
| 令和6年十一月場所 | 西大関 | 13 | 2 | 0 | 大関での最高成績 |
| 令和7年一月場所 | 西大関 | 12 | 3 | 0 | 優勝(2回目)。この場所後に横綱昇進 |
| 合計 | 91 | 41 | 3 | 9場所 |
この合計は田口の数字と一致する。田口は横綱昇進の直後に「豊昇龍の大関時代は9場所である。成績は91勝41敗3休である。休場を除くと勝率6割8分9厘である。1場所10.3勝平均である」と書き、「横綱直結する12勝以上は2回である。負け越しはないが、1ケタ勝利は3回である」と続けている(横綱の大関時代 豊昇龍編・2025年4月13日)。当サイトが協会の星取表9場所を足した91勝41敗3休と、勝・敗・休の3つとも同じである。
昇進を決めた成績についても田口は数字で書いている。直前5場所は「52勝21敗2休」で、横綱審議委員会ができた千代の山以降の39人と並べて30位(豊昇龍の大関時代を比較する・2025年2月16日)。直前3場所は「33勝12敗」(豊昇龍を検証・2025年3月27日)。当サイトが上の表から数えると、直前5場所は52勝21敗2休、直前3場所は33勝12敗で、どちらも田口の数字と合う。田口は同じ記事で「これで横綱昇進によく賛成できたな、という印象である」と書いており、大関在位9場所については「43人中21番タイ」、大関時代の勝率0.689は「43人中35位」と位置づけている(46448)。
大関時代の対戦相手について、田口は「大関時代対戦成績で負け越した現役相手が4人いる」として熱海富士3勝5敗・琴櫻3勝5敗・高安0勝2敗・錦木1勝2敗を挙げ、「逆に大栄翔に8勝、若元春に7勝と1度も負けなかった」と書いている(47239)。横綱昇進の週の記事では、モンゴル出身の先輩5横綱と比べて「横綱デビュー年齢」25歳は朝青龍・白鵬の22歳より遅く日馬富士・鶴竜の28歳より若いこと、「横綱以前の優勝回数」2回は「優勝の重みでは豊昇龍は先人に及ばない」ことを並べている(46269)。
横綱9場所の星取表|71勝35敗29休(2026年九月場所前まで・協会の過去の星取表より)
| 場所 | 番付 | 勝 | 敗 | 休 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 令和7年三月場所 | 東横綱 | 5 | 5 | 5 | 新横綱。初日に阿炎に敗れ、5勝4敗のあと休場 |
| 令和7年五月場所 | 東横綱 | 12 | 3 | 0 | 千秋楽の結びで全勝の大の里を破った |
| 令和7年七月場所 | 東横綱 | 1 | 4 | 10 | 途中休場 |
| 令和7年九月場所 | 西横綱 | 13 | 2 | 0 | 優勝同点。優勝決定戦で大の里に敗れた |
| 令和7年十一月場所 | 西横綱 | 12 | 3 | 0 | 優勝同点。優勝決定戦で安青錦に敗れた |
| 令和8年一月場所 | 東横綱 | 10 | 5 | 0 | |
| 令和8年三月場所 | 東横綱 | 11 | 4 | 0 | 霧島との直接対決に敗れた |
| 令和8年五月場所 | 東横綱 | 0 | 2 | 13 | 初日に高安に敗れ、二日目から休場 |
| 令和8年七月場所 | 東横綱 | 7 | 7 | 1 | 十三日目まで出場して休場 |
| 合計 | 71 | 35 | 29 | 9場所 |
この合計は、田口が七月場所後に書いた数字と一致する。「豊昇龍の横綱時代の成績は71勝35敗29休である。横綱勝率は0.670である。1場所10勝に相当する」(豊昇龍・大の里横綱時代の苦手・2026年7月29日)。当サイトが協会の星取表9場所を足した71勝35敗29休と、勝・敗・休の3つとも同じである。三月場所までの7場所についても田口は「トータル64勝26敗15休」と書いており(豊昇龍と横綱初優勝が遅かった横綱を比較・2026年4月1日)、表の上から7行を足した数と合う。
協会の数字どうしでも検算できる。協会の特別ページ「第74代横綱 豊昇龍 誕生」には令和7年一月場所終了時の生涯戦歴として330勝200敗5休(42場所)が載っており、2026年9月18日の歴代横綱プロフィールは401勝235敗40休(52場所)である。差は当サイトの引き算で71勝35敗35休・10場所。勝と敗は上の表の合計と同じで、休の35は表の29休に、力士プロフィールが「六日目時点」として示す九月場所の6休を足した数に等しい。
表を上から追うと、休のある場所が4場所、皆勤が5場所(いずれも当サイトが星取表を数えた。九月場所は含めていない)。7勝以下で終わった場所は4場所で、田口は「豊昇龍はこれで7勝以下の成績が4回となった。横綱在位は9場所で4回は44%を占める」と書いている(豊昇龍・大の里の横綱1ケタ勝利・2026年8月27日)。七月場所の7勝7敗1休については「これは昭和47年一月場所一人横綱の北の富士が記録している」と、同じ成績の先例も添えている(同)。休場を不戦敗ごと数える田口の集計では、九月場所前の記事で「横綱豊昇龍の休場数は不戦敗を入れて48休場している。フル出場していれば150日だから、横綱休場率は32%である」となる(横綱豊昇龍をめぐる休場・優勝記録・2026年9月11日)。この48が表の29休に各場所の不戦敗と九月場所の15日を足した形にあたる、というのは当サイトの読みで、田口はそう書いていない。
幕内優勝2回と優勝同点2回|横綱としての優勝はまだ無い
| 回 | 場所 | 番付 | 成績 | この場所のこと | 出どころ |
|---|---|---|---|---|---|
| 1回目 | 令和5年七月場所 | 東関脇 | 12勝3敗 | 初優勝。敢闘賞も受賞し、場所後に大関昇進 | 協会の星取表・田口 40206/40372 |
| 2回目 | 令和7年一月場所 | 西大関 | 12勝3敗 | 優勝決定巴戦を制した。場所後に横綱昇進 | 協会の星取表・田口 46528/46608 |
| 場所 | 番付 | 成績 | 優勝同点で終わった経緯 | 出どころ |
|---|---|---|---|---|
| 令和7年九月場所 | 西横綱 | 13勝2敗 | 横綱同士の優勝決定戦で大の里に敗れた | 協会の星取表・田口 49451/49704 |
| 令和7年十一月場所 | 西横綱 | 12勝3敗 | 優勝決定戦で安青錦に敗れた | 協会の星取表・田口 51051 |
2回の優勝はどちらも12勝3敗で、横綱昇進のときに田口は「豊昇龍の最高成績は昨年十一月場所の13勝2敗である。ほかに優勝成績は関脇時代の12勝優勝と去る一月場所の12勝優勝である」「こうしてみると豊昇龍には未知の領域がある。それは14勝、全勝である」と書いた(豊昇龍未知の領域・2025年2月23日)。横綱としての最高成績は令和7年九月場所の13勝2敗で、この場所は十二日目に安青錦に全勝を止められ(◆25秋12日目)、千秋楽の優勝決定戦で大の里に敗れた。田口は「これをもって豊昇龍は復活したと言っていいのか」と問い、「豊昇龍はまだ横綱の力量に及ばない。これが結論である」と書いている(豊昇龍の力量・2025年10月10日)。
横綱として優勝の無い場所は、九月場所前で9場所である。田口は「これは8場所横綱優勝がなく、9場所目に優勝した鶴竜の記録を超えた」として、横綱初優勝が遅かった先例に照國18場所目・千代の山13場所目・朝潮12場所目・柏戸12場所目を挙げている(記録を伸ばした豊昇龍・大の里・2026年8月3日)。同じ比較を初優勝前までの横綱成績で並べた記事では「比較してみると豊昇龍は横綱初優勝が遅かった先輩横綱にまさっていた」とも書いている(51406)。優勝回数については「ついに優勝回数では霧島に抜かれた」(横綱7場所優勝なし!豊昇龍の優勝はあるか・2026年5月3日)、九月場所前には「霧島・安青錦にすでに通算優勝回数で抜かれている」(54901)とある。横綱9場所目までの優勝の無さは第71代横綱 鶴竜の面に、初優勝が遅かった横綱の型は第72代横綱 稀勢の里の面にもつながる。
安青錦に1勝6敗|横綱になってからの対戦成績と金星の配給
| 相手 | 豊昇龍から見た成績 | 田口の記述 |
|---|---|---|
| 安青錦 | 1勝6敗 | 優勝決定戦を含む。「5連敗した時期があった。最大の天敵といっていい」 |
| 霧島 | 1勝4敗 | 七月場所の対戦は豊昇龍の不戦敗。「出場しても勝てたかどうか」 |
| 藤ノ川 | 0勝3敗 | 「1度も勝っていない相手」。不戦勝1を含む |
| 伯乃富士・義ノ富士・熱海富士・大栄翔 | 各2勝2敗 | 「伊勢ヶ濱部屋が3人占めている」 |
大の里との対戦は、田口が令和7年十一月場所前に「優勝決定戦を含め、豊昇龍の7勝3敗(不戦敗あり)である」と数えている(豊昇龍優勝の条件・2025年11月1日。この時点の数字)。横綱がそろった直後の記事では「これまで大の里と豊昇龍が優勝を争ったことは1度もない」と書き、令和7年五月場所の千秋楽について「大の里14勝、豊昇龍11勝3敗で千秋楽結びの一番で対戦した。優勝はすでに大の里のものであった。それでも豊昇龍は意地を見せ、大の里の全勝優勝をはばんだ」と記している(優勝を争ったことがない大の里と豊昇龍・2025年8月7日)。大関時代には「大の里に立ちふさがる壁は豊昇龍しかいない」(大の里に立ちふさがる豊昇龍・2024年7月7日)と書いた相手でもある。
金星の配給は田口が場所ごとに数えている。新横綱の三月場所は「金星3個を配給し、5勝4敗で休場してしまった」(47041)、令和8年三月場所終了時点で「横綱7場所目になるが、金星配給は15個に及んでいる。1場所2個以上になる」(豊昇龍と大の里の金星配給数・2026年3月25日)、七月場所後の平幕戦の敗戦率は「27%」(54026)。田口はこの数字を「けしてほめられる数字ではない」と評している。金星の仕組みは同じ記事から辿れる。
2026年9月18日時点(九月場所六日目)|九月場所は初日から休場中
令和8年九月場所(2026年9月13日初日)は初日から休場している。協会の力士プロフィールは「令和八年九月場所:六日目時点」として西横綱・0勝0敗6休と表示し、田口は場所前の9月11日に「豊昇龍が休場した」「豊昇龍は横綱在位10場所目を迎えた。休場場所は実に5場所に及んだ」と書き(54901)、翌日の場所前考で「豊昇龍休場により大の里の一人横綱になる」と記している(2026年九月場所直前考)。休場の理由や体の状態はこの記事では扱わない。この場所の勝敗は上の星取表にまだ入れておらず、千秋楽のあとに表と合計を更新する。日ごとの土俵は田口の◆26秋初日からの日次記事で追える。
豊昇龍についてよくある質問
Q. 豊昇龍は何代目の横綱ですか?
第74代です。令和7年三月場所に昇進し、在位中です(協会プロフィール)。前が第73代照ノ富士、次が第75代大の里です。
Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝2回です。令和5年七月場所(関脇)と令和7年一月場所(大関)で、横綱としての優勝は2026年9月18日時点(九月場所六日目)でまだありません。ほかに序二段優勝が1回あります。
Q. 横綱としての成績は?
2026年九月場所前までの9場所で71勝35敗29休です(協会の星取表9場所を当サイトが合計)。皆勤は5場所、休場のあった場所は4場所です。
Q. 朝青龍とはどういう関係ですか?
おじです。田口は「豊昇龍は朝青龍のおいとして注目されてきた」と書き、序ノ口から十両までの場所数や十両の成績を朝青龍と並べて比べています(豊昇龍の出世街道)。朝青龍の面は第68代横綱 朝青龍に。
Q. どんな相撲を取る力士ですか?
協会プロフィールの得意技は右四つ・寄り・投げです。三賞は技能賞2回・敢闘賞1回で、田口は「豊昇龍のほうが技能派なのかもしれない」と書き(40372)、内掛け・一本背負い・とったりなどの技を写真で2本の記事にまとめています(35886・35934)。
Q. 休場は何回ありますか?
横綱在位9場所のうち休場のあった場所は4場所です(当サイトが星取表を数えた)。2026年9月18日時点(九月場所六日目)で、進行中の九月場所も初日から休場しています。
Q. 横綱昇進はいつ決まりましたか?
令和7年1月29日の番付編成会議および理事会で決まりました(協会「第74代横綱 豊昇龍 誕生」)。昇進前の大関は9場所で、直前3場所は33勝12敗でした(協会の星取表を当サイトが合計。田口 47041 の数字と同じ)。
Q. 苦手にしている相手は?
田口の集計では横綱になってから安青錦に1勝6敗、霧島に1勝4敗、藤ノ川に0勝3敗です(横綱時代の苦手・2026年7月29日時点)。
▶ 歴代横綱シリーズ:歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで/第35代 双葉山/第48代 大鵬/第51代 玉の海/第52代 北の富士/第55代 北の湖/第58代 千代の富士/第64代 曙/第65代 貴乃花/第68代 朝青龍/第69代 白鵬/第70代 日馬富士/第71代 鶴竜/第72代 稀勢の里/第73代 照ノ富士/第75代 大の里
▶ 田口の豊昇龍論:紙一重の勝負と時の運をモノにした豊昇龍/朝青龍超え発言/出世街道/豊昇龍の今後/写真で見る技の数々 上・下/新大関豊昇龍論/記録でみた豊昇龍/モンゴル5横綱と比較/大関時代を比較する/未知の領域/15番勝負 上・下/豊昇龍を検証/横綱の大関時代 豊昇龍編/豊昇龍の力量/横綱初優勝が遅かった横綱と比較/横綱時代の苦手/横綱1ケタ勝利/休場・優勝記録