第64代横綱 曙とは|外国出身初の横綱、優勝11回・654勝の成績と新入幕から15場所での昇進、引退から2024年の訃報まで【歴代横綱シリーズ】

曙 太郎(あけぼの たろう)は第64代横綱。米国ハワイ・オアフ島の出身で、東関部屋。平成5年(1993年)三月場所から平成13年(2001年)一月場所まで横綱を務め、幕内優勝11回、生涯654勝232敗181休を残した。身長203.0センチ、体重233.0キロ。当サイト運営者の田口 通廣は訃報に「曙は外国出身の初の横綱だった。曙の突きは威力があり、若貴もいっぺんに持っていかれた」と書いている。

※戦歴の数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィール(2026年9月16日確認)から写した。協会サイトの「過去の成績」は平成25年以降しか無いので、場所ごとの出来事は田口の記名記事の記述を、引用と明示して載せている。この記事には曙の写真が無い。曙の現役は田口が土俵際で撮り始めた2007年より前で、当サイトの写真アーカイブに田口が撮った曙を確認できなかったためである(一覧やSNSのカードに出るのは両国国技館の外観で、曙ではない)。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。

目次

曙の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月16日確認)

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四股名曙 太郎(あけぼの たろう)。しこ名履歴は 大海 → 曙 → 曙(つくりに点が付く)
代第64代横綱(平成5年3月〜平成13年1月)
本名・出身曙 太郎・米国ハワイ・オアフ島
生年月日昭和44年(1969年)5月8日
部屋東関
身長・体重203.0cm・233.0kg(歴代横綱の体重ランキング)
得意技突き・押し
初土俵/新十両/新入幕昭和63年三月場所/平成2年三月場所/平成2年九月場所
新三役/新大関/新横綱平成3年三月場所/平成4年七月場所/平成5年三月場所
引退平成13年一月場所
優勝幕内11回
三賞・金星殊勲賞4回・敢闘賞2回・技能賞0回。金星4個
生涯戦歴654勝232敗181休(78場所)
幕内戦歴566勝198敗181休(63場所)
出典=日本相撲協会「第64代横綱 曙 太郎」(歴代横綱・2026年9月16日確認)

所属していた東関部屋は、2026年9月16日時点の協会「相撲部屋のご紹介」に載っている45部屋の中に無い。曙が入門した当時の師匠は元高見山で、田口はその師匠との関係を引退の理由として書いている(後述)。協会の歴代横綱プロフィールには没年の記載が無いので、この記事では亡くなった日付を書いていない。

初土俵から横綱まで15場所|歩みの年表(協会の日付と田口の記録)

時期出来事出典
昭和63年三月場所初土俵(東関部屋)。しこ名履歴は 大海 → 曙 → 曙(つくりに点が付く)協会
平成2年三月場所新十両協会
平成2年九月場所新入幕。新入幕から横綱までは15場所で、田口の集計では輪島と並ぶ5番目の速さ協会・田口 31492
平成3年三月場所新三役協会
平成4年七月場所新大関協会
平成5年三月場所新横綱(第64代)。田口「曙は外国出身の初の横綱だった」。昇進前5場所に3度優勝しているのは、田口の集計では貴乃花と曙の2人だけ協会・田口 42818・18044
平成5年〜平成13年若貴と同じ時代を張った。田口「若貴・曙のころは666日連続満員御礼が続いた。7年2場所と6日である」田口 42855
平成13年一月場所引退。田口「まだ取れそうだったが、師匠(元高見山)とうまくいかなくなり、あっさり引退した」協会・田口 42818
引退後年寄曙を名のったのち、総合格闘技へ転向。その後プロレスへ移った田口 42818
2024年4月死去。田口が訃報を書いたのは4月11日で、見出しは「曙死去、54歳短過ぎる人生」だった田口 42818
「協会」は歴代横綱プロフィールの番付推移。番号は当サイトの記事ID

曙・貴花田・若花田は同期である。田口は「下のころは彼ら3人の出世争いが見ものだった。貴花田は最年少記録をつくっていった。曙の体をいかした突き押しの破壊力を増していった。若花田は体が小さく技能派であった」と振り返り、「入幕・初優勝は貴花田が先行した。大関・横綱は曙が先に昇進した」と書いている(なつかしく思える若貴・曙の時代・2024年4月15日)。横綱に上がったのは平成5年三月場所で、貴乃花の昇進(平成7年一月場所)より2年早い。

新入幕から横綱までにかかった場所数を田口が数えた表では、曙は15場所である。大鵬の11場所、双羽黒の12場所、朝青龍の13場所、千代の山の14場所に次ぐ5番目で、輪島と並ぶ(横綱昇進 最速ランキング)。昇進を決めた直前5場所については、田口が別の記事で「5場所間に3度優勝しているのは貴乃花と曙だけである」と書いている(稀勢の里横綱昇進、その成績)。

優勝11回と、曙に迫った力士たち(協会の戦歴と田口の集計)

項目数字出どころ(記事ID)
幕内優勝11回協会プロフィールの戦歴。田口は訃報に「優勝11回一代の英雄」と書いた(42818)
生涯戦歴654勝232敗181休(78場所)協会プロフィール
幕内戦歴566勝198敗181休(63場所)協会プロフィール
三賞・金星殊勲賞4回・敢闘賞2回・金星4個技能賞は0回(協会プロフィール)
新入幕から横綱まで15場所田口の集計では大鵬11・双羽黒12・朝青龍13・千代の山14に次ぐ5番目。輪島と同じ(31492)
貴闘力との対戦貴闘力の15勝29敗田口「初顔から3連勝した。大関曙に1勝1敗であった。横綱曙に21勝11敗であった。7個が金星であった」(42873)
出島との対戦曙の6勝7敗曙が負け越した相手。優勝決定戦を含む。田口「横綱曙は関脇出島に屈している」(42873)
水戸泉との対戦曙の11連勝田口「曙がついに1度も負けなかった相手がいた。水戸泉である。それも曙が前頭から横綱までに達成している」(42873)
優勝回数・戦歴・三賞・金星は協会プロフィール。対戦成績は田口 通廣の集計

曙の死去のあと、田口はライバルとの対戦成績を数え直した記事を書いている。そこで名前が挙がるのが貴闘力である。「曙に対して15勝29敗である。初顔から3連勝した。大関曙に1勝1敗であった。横綱曙に21勝11敗であった。7個が金星であった」。逆に曙が負け越した相手は出島で、「曙の6勝7敗である。この中には優勝決定戦が含まれている。横綱曙は関脇出島に屈している。出島に5連敗しているときの5連敗目であった」。そして一度も負けなかった相手が水戸泉で、11連勝している(曙に迫った力士 完敗した力士・2024年4月17日)。

この記事で田口は、優勝決定戦の扱いにも触れている。「優勝決定戦は番外で通算勝利、幕内勝利に加えられることはない。それはそれでいい。しかし、両力士の対戦成績に加えて支障が出るものではない」。上の出島の6勝7敗は、その考え方で決定戦を含めて数えたものである。協会が公表している生涯戦歴654勝232敗181休には決定戦は入っていない。

666日連続満員御礼|若貴・曙の時代とは何だったか

曙が横綱だった8年は、大相撲がいちばん入場券の取れなかった時代と重なる。田口はこう書いている。「今相撲人気は過熱である。しかし、若貴・曙のころは666日連続満員御礼が続いた。7年2場所と6日である。おそらく今後破られることはない記録になるのでは」。そして「チケットは国技館窓口販売だけの時代だった。チケットを求めるお客さんが国技館のまわりを何周もしていた。若貴・曙の時代はチケット受難であった」と続く(なつかしく思える若貴・曙の時代)。いまの入場券の取り方とは、並ぶ場所からして違う。

田口は同じ記事で「昭和三代人気力士は双葉山・初代若乃花・貴ノ花である。その貴ノ花の二人の息子が相撲界入りしたのだから大変な話題になった」と前置きしたうえで、曙についてこう書いた。「ひと昔前には巨人伝説があった。横綱朝潮には限りなく大きな期待があった。今巨人伝説は聞かない。曙に巨人伝説を思いださせられた」。203センチという身長は、そのまま相撲の内容になった。協会が記録している得意技は突き・押しである。

引退、そして2024年の訃報

平成13年一月場所で引退した。協会プロフィールの番付推移はここで終わる。田口はその引き際について「貴乃花が台頭してくると曙は2番手になった。曙は11回優勝した。まだ取れそうだったが、師匠(元高見山)とうまくいかなくなり、あっさり引退した」と書いている。引退後は年寄曙を名のったが、その後は総合格闘技に転向し、成績があがらずプロレスへ移った(曙死去、54歳短過ぎる人生・2024年4月11日)。

2024年4月、その訃報が届く。田口は「曙が亡くなった。あまりにも若過ぎる人生だった」と書き出し、「優勝11回一代の英雄の目は永遠に閉じられた。さようなら曙」と結んだ。通夜には、かつてのライバル若乃花が弔問に訪れている(なつかしく思える若貴・曙の時代)。報道では、亡くなったのは4月上旬で54歳。4月11日に明らかになり、日本相撲協会も発表した(デイリースポーツ・2024年4月11日。2026年9月27日確認)。死去の日付そのものは公表されておらず、協会の歴代横綱プロフィールにも没年の欄が無いので、この記事でも日付は書けない。

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曙についてよくある質問

Q. 曙は何代目の横綱ですか?
第64代です。平成5年三月場所に昇進し、平成13年一月場所で引退しました(協会プロフィール)。前が第63代旭富士、次が第65代貴乃花です。

Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝11回です。三賞は殊勲賞4回・敢闘賞2回、金星は4個でした。

Q. 外国出身で初めての横綱ですか?
田口は訃報で「曙は外国出身の初の横綱だった」と書いています。協会プロフィールの出身地は米国ハワイ・オアフ島です。

Q. 身長と体重は?
協会の表示は203.0センチ・233.0キロです(歴代横綱の体重ランキング)。

Q. 横綱になるまで何場所かかりましたか?
新入幕から15場所です。田口の集計では大鵬11・双羽黒12・朝青龍13・千代の山14に次ぐ5番目で、輪島と同じでした(横綱昇進 最速ランキング)。

Q. いつ亡くなりましたか?
2024年4月上旬、54歳でした。4月11日に明らかになり、日本相撲協会も発表したと報じられています(デイリースポーツ)。死去の日付そのものは公表されていません。田口が訃報を書いたのも4月11日で、見出しは「曙死去、54歳短過ぎる人生」でした。

Q. なぜこの記事には曙の写真が無いのですか?
当サイトの写真は運営者・田口 通廣が撮ったものに限っています。田口が撮り始めたのは2007年からで、曙の現役(平成5年〜13年)はそれより前です。他の人が撮った現役時代の肖像は使いません。一覧やSNSのカードに出るのは田口が撮った両国国技館の外観で、曙の写真ではありません。

▶ 歴代横綱シリーズ:歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで/第35代 双葉山/第48代 大鵬/第51代 玉の海/第52代 北の富士/第55代 北の湖/第58代 千代の富士/第65代 貴乃花/第68代 朝青龍/第69代 白鵬/第70代 日馬富士/第71代 鶴竜/第72代 稀勢の里/第73代 照ノ富士/第74代 豊昇龍/第75代 大の里

▶ 田口の曙論:曙死去、54歳短過ぎる人生/なつかしく思える若貴・曙の時代/曙に迫った力士 完敗した力士/横綱昇進 最速ランキング/歴代横綱の体重ランキング

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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