豊昇龍の休場歴一覧|場所・日数・理由とその後の成績

豊昇龍の休場は10場所。最初は十両の2020年三月場所で、千秋楽が不戦敗になった。幕内では前頭筆頭・関脇・大関・横綱のときに休み、横綱になってからは10場所のうち5場所を休んでいる。2026年七月場所までの9場所で休みは34日、不戦敗が9番。2026年九月場所は初日から全休した(15日とも休み・2026年9月28日確認)。

協会の休場力士情報に載るのは「初日から休場いたします。」のような休場の日まで。理由は載らない。このページでは休場の理由を、当時書いた記事から原文のまま引いている。田口は2024年七月場所について「前日の首投げ相撲で右股関節を負傷したという。」と書き、2026年五月場所は休場した力士の一覧で豊昇龍の行に「右ハムストリングス損傷」と書いた。九月場所の前には「膝の手術後では無理があった。」と書いている。

場所・日数・成績の出典=日本相撲協会の豊昇龍の力士プロフィールの「過去の星取表」(2026年9月28日取得)と、協会の過去の星取表(大帳。2026年七月場所までの幕内は2026年9月20日、十両以下は9月26日、2026年九月場所は9月28日に取得)。休みと不戦敗の数は当サイトが星取の記号から数えた。

目次

豊昇龍の休場歴一覧|十両から横綱まで10場所

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序ノ口の2018年三月場所から2026年九月場所までの51場所で、休み(や)か不戦敗(■)がある場所を抜き出した。途中休場では、取組がすでに組まれていた日が不戦敗(■)になり、そのあとの日が休み(や)になる。

場所地位成績休場のしかた休不戦敗次の場所
2020年三月場所西十両九枚目8勝7敗十四日目まで8勝6敗、千秋楽に休場(琴勇輝戦が不戦敗)012020年七月場所 10勝5敗(五月場所は中止)
2021年九月場所東前頭筆頭5勝8敗2休1勝3敗で五日目から休場(高安戦が不戦敗)、八日目から再出場212021年十一月場所 7勝8敗
2023年一月場所西関脇8勝7敗6勝3敗で十日目だけ休場(霧馬山戦が不戦敗)、十一日目から再出場012023年三月場所 10勝5敗
2024年一月場所西大関10勝4敗1休10勝3敗で十四日目から休場(照ノ富士戦が不戦敗)112024年三月場所 11勝4敗
2024年七月場所西大関9勝4敗2休9勝3敗で十三日目から休場(大の里戦が不戦敗)212024年九月場所 8勝7敗
2025年三月場所東横綱5勝5敗5休新横綱の場所。5勝4敗で十日目から休場(宇良戦が不戦敗)512025年五月場所 12勝3敗
2025年七月場所東横綱1勝4敗10休1勝3敗で五日目から休場(王鵬戦が不戦敗)1012025年九月場所 13勝2敗
2026年五月場所東横綱0勝2敗13休初日に敗れ、二日目から休場(藤ノ川戦が不戦敗)1312026年七月場所 7勝7敗1休
2026年七月場所東横綱7勝7敗1休7勝6敗で十四日目から休場(霧島戦が不戦敗)112026年九月場所 全休
2026年九月場所西横綱0勝0敗15休初日から全休150—
計10場所499
日本相撲協会「豊昇龍の力士プロフィール」過去の星取表(2026年9月28日取得)から当サイトが数えた。休=「や」の数で、協会の成績表示(○勝○敗○休)の休と同じ。不戦敗は協会の表示では「敗」に入る。不戦敗の相手は協会の過去の星取表(大帳)による。

田口の記事の数え方(不戦敗を含めて休場とする)では、七月場所までで43、全休した九月場所の15を足すと58になる。五月場所のあとに「豊昇龍の五月場所までの休場数は不戦敗を含め41である。」と書いていて(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)、協会の星取から数え直しても五月場所までの8場所で41になる。

休場した10場所|

2020年三月場所(十両)|千秋楽に休場、不戦敗1

西十両九枚目。十四日目まで8勝6敗で勝ち越しを決め、千秋楽の琴勇輝戦が不戦敗になった。星取は○●○●●○○○○●○●○●■。2026年の記事で「最初の休場は十両時代である。十両4場所目千秋楽に不戦敗で休場している。」と振り返っている(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)。協会の星取では、新十両の2019年十一月場所から数えて十両3場所目にあたる

2021年九月場所(前頭筆頭)|五日目から休場し、八日目に再出場

東前頭筆頭。初日に勝ったあと3連敗し、五日目の高安戦が不戦敗、六日目と七日目が休みで、八日目から再び土俵に上がった。星取は○●●●■やや○○●●●○○●で、成績は5勝8敗2休。五日目の夜、「4日目不戦敗休場の剣翔が5日目から出場したと思ったら、今度は北勝富士と豊昇龍が相次いで休場してしまった。」と書き(■秋5日目 正代驚異の強さ発揮・2021年9月16日)、場所後の総評では休場した力士の中に「途中から出場した豊昇龍」を挙げた(2021年九月場所総評・2021年9月27日)。2026年の記事では「2回目は幕内7場所目である。途中休場して再出場している。このときは1不戦敗2休であった。」とまとめている(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)。

西関脇。九日目まで6勝3敗で、十日目の霧馬山戦が不戦敗になり、十一日目から出場した。星取は○○○○●●○○●■○●●●○で、成績は8勝7敗(不戦敗は敗に数える)。十日目の記事で田口は「豊昇龍が休場した。4敗目で優勝戦線から脱落である。ただし、11日目は出場してくる。」と書き(■23初 10日目 急速に冷え込んだ優勝争い・2023年1月17日)、2026年には「関脇のとき1不戦敗で翌日から出場するという珍記録を残している。」と書いた(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)。

2024年一月場所(大関)|十四日目から休場

西大関。十三日目まで10勝3敗で、十四日目の照ノ富士戦が不戦敗、千秋楽が休みになった。成績は10勝4敗1休。十四日目の記事に「豊昇龍が休場したというのである。その結果対戦相手の照ノ富士は不戦勝となった。」と書いた(■24初14日目2敗で千秋楽にコマを進めた照・琴・2024年1月27日)。

2024年七月場所(大関)|十三日目から休場

西大関。十二日目まで9勝3敗で、十三日目の大の里戦が不戦敗、十四日目と千秋楽が休みになった。成績は9勝4敗2休。「豊昇龍が13日目から思いがけなく休場した。前日の首投げ相撲で右股関節を負傷したという。」と書いている(■24名13日目 6人に増加する元大関・2024年7月26日)。大関の9場所での休場は、この場所と一月場所の2回。田口は「豊昇龍は大関在位9場所であるが、その間2度休場している。いずれも終盤で1不戦敗1休、1不戦敗2休であった。」とまとめた(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)。

「不戦勝」と書かれた旗
「不戦勝」の旗。a href=”https://dohyounomokugekisya.net/archives/43738.html”>■24名13日目に「豊昇龍休場」と添えて載せた1枚。この日の豊昇龍の相手は大の里で、大の里の不戦勝になった(協会の過去の星取表)。

2025年三月場所(新横綱)|5勝4敗で十日目から休場

東横綱。新横綱の場所で、九日目まで5勝4敗、十日目の宇良戦が不戦敗になり、十一日目から休んだ。成績は5勝5敗5休。「5勝4敗の新横綱豊昇龍が10日目から休場した。」と書き、同じ記事で「理由はひじや首を痛めていたことだと伝えられている。しかし、最も大きな理由は負けが込んだことだろう。」とも書いている(◆25春10日目1敗同士の激突!高安、大の里を撃破・2025年3月18日)。

2025年七月場所(横綱)|1勝3敗で五日目から休場

東横綱。初日に勝ったあと二日目から3連敗し、五日目の王鵬戦が不戦敗、六日目から千秋楽まで休んだ。成績は1勝4敗10休。「豊昇龍が5日目から休場した。1勝3敗と負けがこんだことが最大の原因であることは推測できる。」と書いた(◆25名古屋5日目 豊昇龍途中休場の波紋・2025年7月17日)。同じ記事には「豊昇龍は横綱在位3場所中2場所が途中休場である。」ともある。

2026年五月場所(横綱)|初日に敗れ、二日目から休場

東横綱。初日に高安に敗れ、二日目の藤ノ川戦が不戦敗、三日目から千秋楽まで休んだ。成績は0勝2敗13休。二日目の夜、「豊昇龍が休場した。それも本日早々と決定した。高安戦後まともに歩ける状態ではなかった。右脚を痛めて相撲を取れる状態ではなく、休場はやむを得なかった。」と書いた(◆26夏2日目 満員御礼に水さす2横綱1大関の休場・2026年5月11日)。場所後の記事では休場した力士とけがを並べ、豊昇龍の行に「右ハムストリングス損傷」とある(七月場所待ったなしの両横綱・2026年6月1日)。6月には「思わぬケガで2日目から休場した。横綱で3回目、通算8回目にあたる。」とも書いている(豊昇龍と若隆景の休場回数・2026年6月26日)。

2026年七月場所(横綱)|7勝6敗で十四日目から休場

東横綱。十三日目まで7勝6敗で、十四日目の霧島戦が不戦敗、千秋楽が休みになった。成績は7勝7敗1休。十四日目の記事で「14日目、豊昇龍が突然休場した。かなり早い朝の段階でニュースが流れた。理由は何とでもつけられるが、最大の理由は負けが込んだからである。」と書いた(◆名14日目 横綱の地力なき豊昇龍が休場・2026年7月25日)。同じ記事には「横綱になって9場所だが、4場所が休場である。連続休場は初である。」ともある。

2026年七月場所、熱海富士に敗れた豊昇龍(右)
2026年七月場所 十三日目、熱海富士に敗れた豊昇龍(右)。翌日から休場した。写真:田口 通廣(撮影)。記録を伸ばした豊昇龍・大の里に「熱海富士に敗戦後休場した豊昇龍(右)」として載せた1枚。

2026年九月場所(横綱)|初日から全休

西横綱。協会の休場力士情報に「初日から休場いたします。」と出た(令和8年9月11日の更新)。千秋楽まで15日とも休みで、協会の力士プロフィールは0勝0敗15休と表示している(2026年9月28日確認)。田口は場所前の9月5日に「豊昇龍はひざの手術をしたため不安がつきない。」と書き(5場所連続横綱優勝なし・2026年9月5日)、9月11日には「予想通り豊昇龍が休場した。膝の手術後では無理があった。」と書いた(横綱豊昇龍をめぐる休場・優勝記録・2026年9月11日)。同じ記事には「豊昇龍は横綱在位10場所目を迎えた。休場場所は実に5場所に及んだ。」とある。翌日の場所前の記事は「豊昇龍休場により大の里の一人横綱になる。」と始まる(2026年九月場所直前考・2026年9月12日)。

休場明けの成績|次の場所に出て勝ち越せなかったのは2場所

休場した次の場所の成績は、上の一覧の右端に並べた。次の場所に出場して勝ち越せなかったのは2021年十一月場所(7勝8敗)と2026年七月場所(7勝7敗1休)の2場所で、2026年七月場所は十四日目から休場している。横綱になった2025年は、三月場所で休んだあとの五月場所が12勝3敗、七月場所で休んだあとの九月場所が13勝2敗だった。2026年は五月場所と七月場所を続けて途中で休み、九月場所は全休した。

横綱としての休場率|九月場所までの10場所で32.0%

横綱に上がった2025年三月場所から2026年七月場所までの9場所(135日)で、休みが29、不戦敗が4。不戦敗を含めると33日で、24.4%になる(当サイト計算)。全休した九月場所の15日を足すと、10場所(150日)で48日、32.0%になる。七月場所のあとに「豊昇龍の横綱休場率は不戦敗を含め24%である。大の里の横綱休場率は不戦敗を含め27%である。」と書いた(記録を伸ばした豊昇龍・大の里・2026年8月3日)。大の里の休場は大の里の休場歴一覧にまとめている。

田口は九月場所の前に「横綱豊昇龍の休場数は不戦敗を入れて48休場している。フル出場していれば150日だから、横綱休場率は32%である。」と書いている(横綱豊昇龍をめぐる休場・優勝記録・2026年9月11日)。150日は横綱10場所ぶんの日数で、48は七月場所までの33日に九月場所の15日を足した数になる(当サイトの計算。)。九月場所は15日とも休んだので、協会の星取から数えた10場所の数(48日・32.0%)と一致する。上の一覧の「計」の49(全場所の休みの合計で、九月場所の15を含む)とは別の数である。

序ノ口からの全場所の星取表

初土俵は2018年一月場所(前相撲)で、星取表は序ノ口の三月場所から2026年九月場所まで。休みか不戦敗のある10場所は成績を太字にした。

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場所地位成績星取休不戦敗優勝・三賞
2018年三月場所西序ノ口十九枚目6勝1敗-○-○●--○-○○-○--
2018年五月場所西序二段四十二枚目7勝0敗○-○--○-○○-○-○--序二段優勝
2018年七月場所東三段目四十二枚目6勝1敗●--○○--○○--○--○
2018年九月場所東幕下五十六枚目4勝3敗○--○-○-●●-●-○--
2018年十一月場所東幕下四十九枚目6勝1敗-○-○-○-○●-○--○-
2019年一月場所西幕下二十一枚目5勝2敗-●-○○--●-○○---○
2019年三月場所西幕下七枚目4勝3敗-○●--●-●-○-○-○-
2019年五月場所西幕下四枚目4勝3敗-○○-●--●●-○--○-
2019年七月場所西幕下二枚目3勝4敗-○●-○●--○-●--●-
2019年九月場所東幕下五枚目4勝3敗-○-○-●●-●-○--○-
2019年十一月場所西十両十三枚目7勝8敗○○●○○●○●●●○●●●○
2020年一月場所東十両十四枚目8勝7敗●○●○○○○●●○○●○●●
2020年三月場所西十両九枚目8勝7敗○●○●●○○○○●○●○●■1
2020年七月場所東十両六枚目10勝5敗●●○○○○○●●○○○○●○
2020年九月場所西前頭十六枚目8勝7敗○●●○○●●○●○●●○○○
2020年十一月場所東前頭十三枚目7勝8敗○○○●●●○○●○●○●●●
2021年一月場所東前頭十四枚目9勝6敗●●●●●○○○○○○○○○●
2021年三月場所西前頭九枚目8勝7敗●○●●○○○●○○○●○●●
2021年五月場所東前頭五枚目7勝8敗○●●●○●●○○○●●○●○
2021年七月場所西前頭五枚目10勝5敗○○●○○●○●○○○●○●○技能賞
2021年九月場所東前頭筆頭5勝8敗2休○●●●■やや○○●●●○○●21
2021年十一月場所西前頭五枚目7勝8敗○●●●●○○○●●○●●○○
2022年一月場所東前頭六枚目11勝4敗○●○●○●○○○●○○○○○
2022年三月場所西小結8勝7敗●●○○●○○●●●○○●○○
2022年五月場所東小結8勝7敗●○○●○○○●○●●○●○●
2022年七月場所東小結9勝6敗○●●●●○□○○○●○○○●
2022年九月場所西関脇8勝7敗●○○○○●●●●○●○○●○
2022年十一月場所西関脇11勝4敗○○○●○○○○○○○●●●○技能賞
2023年一月場所西関脇8勝7敗○○○○●●○○●■○●●●○1
2023年三月場所西関脇10勝5敗●●○○●○○○○○○●○○●
2023年五月場所西関脇11勝4敗□○●○○●□○●○●○○○○
2023年七月場所東関脇12勝3敗○○●○○○○○○●○●○○○幕内優勝・敢闘賞
2023年九月場所西大関8勝7敗○●●●○○●●●○○○●○○
2023年十一月場所西大関10勝5敗○○○○○●○●●○○●●○○
2024年一月場所西大関10勝4敗1休○○○○●●○○○○○○●■や11
2024年三月場所西大関11勝4敗●○○○○●○○●○○○○●○
2024年五月場所東大関10勝5敗●●○○○○●○●○○○○○●
2024年七月場所西大関9勝4敗2休●○○●○○●○○○○○■やや21
2024年九月場所西大関8勝7敗●○●●○●○○○○●●○●○
2024年十一月場所西大関13勝2敗○○○○○○●○○○○○○○●
2025年一月場所西大関12勝3敗○○○○●○○●●○○○○○○幕内優勝
2025年三月場所東横綱5勝5敗5休●○○○●○○●●■ややややや51
2025年五月場所東横綱12勝3敗○○●●○○○○○○○●○○○
2025年七月場所東横綱1勝4敗10休○●●●■やややややややややや101
2025年九月場所西横綱13勝2敗○○○○○○○○○○○●●○○
2025年十一月場所西横綱12勝3敗●○○○○●○○○○○○○●□
2026年一月場所東横綱10勝5敗○○●○○○○●●○○●●○○
2026年三月場所東横綱11勝4敗○○○●○○○●○○○●○●○
2026年五月場所東横綱0勝2敗13休●■ややややややややややややや131
2026年七月場所東横綱7勝7敗1休○○●○○●○○●●○●●■や11
2026年九月場所西横綱0勝0敗15休ややややややややややややややや15
出典=日本相撲協会「豊昇龍の力士プロフィール」過去の星取表(2026年9月28日取得)。記号は協会の凡例どおり(○勝ち ●負け □不戦勝 ■不戦敗 や休み)。幕下以下は1場所7番で、取組の無い日は「-」。2018年三月場所〜2026年九月場所の51場所は、協会の過去の星取表(大帳。2026年七月場所までの幕内は2026年9月20日、十両以下は9月26日、2026年九月場所は9月28日に取得)の序ノ口・序二段・三段目・幕下・十両・幕内と照らし合わせ、全51場所で一致した。2020年五月場所は中止で、協会の星取表にも無い。

豊昇龍の休場についてよくある質問

Q. 豊昇龍は何回休場した?
A. 10場所です。十両の2020年三月場所(千秋楽の不戦敗)から、全休した2026年九月場所まで。七月場所までの9場所で休みは34日、不戦敗は9番で、九月場所は15日とも休みました(協会の星取表から当サイトが数えた・2026年9月28日確認)。

Q. 豊昇龍の休場の理由は?
A. 協会の休場力士情報は休場の日だけで、理由は載りません。田口の記事では、2024年七月場所が「前日の首投げ相撲で右股関節を負傷したという。」、2025年三月場所が「理由はひじや首を痛めていたことだと伝えられている。しかし、最も大きな理由は負けが込んだことだろう。」、2026年五月場所が「右ハムストリングス損傷」、2026年九月場所が「膝の手術後では無理があった。」です。2025年七月場所は「1勝3敗と負けがこんだことが最大の原因であることは推測できる。」、2026年七月場所は「理由は何とでもつけられるが、最大の理由は負けが込んだからである。」と書いています。ほかの4場所は、当サイトの田口の記事に理由が書かれていません。

Q. 豊昇龍は2026年九月場所を休場した?
A. しました。協会の休場力士情報に「初日から休場いたします。」とあり(9月11日更新)、千秋楽まで15日とも休みました(0勝0敗15休・2026年9月28日確認)。

Q. 横綱になってから何回休場した?
A. 横綱10場所のうち5場所です(2025年三月・七月、2026年五月・七月・九月)。10場所で休みは44日・不戦敗は4番で、不戦敗を含めた休場率は32.0%です(七月場所までの9場所では24.4%。当サイト計算)。

Q. 休場したあと同じ場所で再出場したことは?
A. 2回あります。2021年九月場所は五日目から休んで八日目から、2023年一月場所は十日目だけ休んで十一日目から出場しました。

▶ あわせて読みたい:第74代横綱 豊昇龍とは|横綱在位の星取表と優勝/横綱豊昇龍をめぐる休場・優勝記録/豊昇龍と若隆景の休場回数/大相撲の休場とは|休場の多い力士ランキング(2013年以降の幕内)/大の里の休場歴一覧

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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