貴乃花 光司(たかのはな こうじ)は第65代横綱。東京都中野区出身、藤島部屋(のち二子山部屋)。父は大関貴ノ花、兄は第66代横綱若乃花。昭和63年(1988年)三月場所に貴花田として初土俵を踏み、平成4年一月場所に19歳で初優勝、平成7年一月場所から平成15年一月場所まで横綱を務めた。幕内優勝22回、生涯794勝262敗201休。引退後は一代年寄として貴乃花部屋を率いたが、2018年9月に日本相撲協会を退職した。
※通算の数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィール(2026年9月13日確認)から写した。協会サイトの「過去の成績」は平成25年以降しか無いので、場所ごとの出来事は当サイト運営者・田口 通廣の記名記事の記述を、引用と明示して載せている。現役時代は田口の撮影期間(2007年〜)より前なので、写真は親方時代の2枚だけ。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。
貴乃花の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月13日確認)

| 四股名 | 貴乃花 光司(たかのはな こうじ)。しこ名履歴は 貴花田 → 貴ノ花 → 貴乃花 |
|---|---|
| 代 | 第65代横綱(平成7年1月〜平成15年1月) |
| 本名・出身 | 花田 光司・東京都中野区 |
| 生年月日 | 昭和47年(1972年)8月12日 |
| 部屋 | 藤島 → 二子山(藤島部屋の歴史) |
| 身長・体重 | 183.0cm・150.0kg(歴代横綱の体重ランキング) |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 初土俵/新十両/新入幕 | 昭和63年三月場所/平成元年十一月場所/平成2年五月場所 |
| 新三役/新大関/新横綱 | 平成3年七月場所/平成5年三月場所/平成7年一月場所 |
| 引退 | 平成15年一月場所 |
| 優勝 | 幕内22回・幕下2回 |
| 三賞・金星 | 殊勲賞4回・敢闘賞2回・技能賞3回。金星1個 |
| 生涯戦歴 | 794勝262敗201休(90場所) |
| 幕内戦歴 | 701勝217敗201休(75場所) |
出典: 日本相撲協会「第65代横綱 貴乃花 光司」(歴代横綱・2026年9月13日確認)。
貴花田の初優勝から一代年寄まで|歩みの年表(協会の日付と田口の記録)
| 時期 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 昭和63年三月場所 | 初土俵(藤島部屋・師匠は父の元大関貴ノ花)。しこ名は貴花田 | 協会・田口 38644 |
| 平成元年十一月場所 | 新十両 | 協会 |
| 平成2年五月場所 | 新入幕。田口「一度跳ね返されて再入幕は十一月場所であった」 | 協会・田口 37839 |
| 平成3年七月場所 | 新三役 | 協会 |
| 平成4年一月場所 | 初優勝(貴花田)。田口「この場所貴花田は初優勝して日本中を熱狂させている」 | 田口 37839・17517 |
| 平成5年三月場所 | 新大関。貴ノ花に改名。この年一月場所後、部屋は藤島から二子山へ | 協会・田口 37839・38644 |
| 平成7年一月場所 | 新横綱(第65代) | 協会 |
| 平成13年五月場所 | 14日目の武双山戦で負傷、千秋楽の優勝決定戦で武蔵丸を上手投げ。22回目にして最後の優勝。翌場所から7場所連続全休 | 田口 37839 |
| 平成14年九月場所 | 武蔵丸との最後の一番(武蔵丸の寄り切り) | 田口 37839 |
| 平成15年一月場所 | 引退。一代年寄・貴乃花 | 協会・田口 46438 |
| 平成16年2月 | 二子山部屋を継ぎ、貴乃花部屋へ。貴ノ岩・貴景勝・貴源治らを育てる | 田口 38644 |
| 平成30年(2018年)9月25日 | 協会に退職届を出し、記者会見。弟子は千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)へ | 田口 18611・38644 |
部屋の成り立ちは父の代にさかのぼる。田口の記述では、大関貴ノ花が引退後に二子山(元初代若乃花)部屋から独立して藤島部屋を興し、「部屋をつくるにあたって、おかみさんから2つの条件がだされた。いじめと工作相撲の禁止であった。だから藤島部屋の力士は皆ガチンコ相撲だった」。1993年一月場所後、初代若乃花の定年に伴って二子山部屋の弟子を託され、藤島部屋は二子山部屋に改称した(藤島部屋の歴史・2023年3月7日)。
優勝22回の中身と武蔵丸との52番|田口の集計より
22回の優勝を成績別に分けると、田口の集計で次のようになる(優勝20回台朝青龍・北の湖・貴乃花の好成績・2025年2月15日)。13勝以上に限ると28回で、田口は北の湖30回・貴乃花28回・朝青龍26回と並べた。14勝1敗で優勝できなかった場所が2回あるのは「同部屋の貴ノ浪と2度優勝決定戦を行い敗れている」ためである。
| 優勝時の成績 | 回数 |
|---|---|
| 15勝(全勝) | 4回 |
| 14勝 | 10回 |
| 13勝 | 7回 |
| 12勝 | 1回 |
| 合計 | 22回 |
同時代の最大の相手は武蔵丸だった。幕内本割で52番戦い、武蔵丸から見て19勝33敗。大関武蔵丸対横綱貴乃花は6勝18敗と貴乃花が大きく勝ち越し、両者が横綱になってからは武蔵丸の7勝3敗。優勝決定戦は4度すべて貴乃花が勝った。田口が「平成13年14日目の武双山戦で貴乃花は致命的な負傷をした。千秋楽は負傷のなかで本割で武蔵丸に敗れた。だが、優勝決定戦では上手投げで武蔵丸に勝利した。その瞬間貴乃花は鬼の形相であった。出場の代償は大きかった。翌場所から貴乃花は7場所連続全休した」と書いた一番が、22回目にして最後の優勝である(武蔵丸 対 貴乃花の対戦成績・2022年12月25日)。
この7場所連続全休は、田口の集計で横綱の連続休場のワースト記録になっている。休場日数で105、場所数で7場所(大相撲の休場とは)。日本人横綱の優勝はこの平成13年五月場所のあと長く途絶え、田口は2015年8月の時点で「日本人横綱の優勝は貴乃花最後の優勝となった2001年五月場所という約14年前のことである」と書いている(貴乃花がいたころの日本人力士の優勝)。
引退後|一代年寄・貴乃花部屋、2018年の協会退職

引退後は一代年寄・貴乃花となり、2004年2月に父の二子山部屋を継いで貴乃花部屋とした。貴ノ岩・貴景勝・貴源治らを育てている(藤島部屋の歴史)。田口は優勝20回台の北の湖・貴乃花について「北の湖・貴乃花は一代年寄となっている。優勝20回以上が一代年寄の条件とささやかれた」と書いている(46438)。
2018年9月25日、協会に退職届を出し、同日17時から会見を開いた。田口は当日の記事で本人の説明を整理し、弟子は元隆三杉の千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)へ移籍させることになった経緯を記したうえで、「こんなカタチで貴乃花が協会を去るのは、けして好ましいことではない」と結んでいる(激震!貴乃花が協会に退職届け提出)。前年からの協会との対立の経緯は同時期の田口の記事に詳しいが、人物紹介の範囲を超えるのでここでは扱わない。
貴乃花についてよくある質問
Q. 貴乃花は何代目の横綱ですか?
第65代です。平成7年一月場所に昇進し、平成15年一月場所で引退しました(協会プロフィール)。前が第64代曙、次が第66代の兄・若乃花です。
Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝22回。全勝優勝4回。ほかに幕下優勝2回です。最後の優勝は平成13年五月場所の武蔵丸との優勝決定戦でした。
Q. 貴花田・貴ノ花・貴乃花は同じ人ですか?
同じ人です。協会のしこ名履歴は「貴花田 → 貴ノ花 → 貴乃花」。大関昇進のときに貴ノ花に改め、その後貴乃花になりました。父の大関も貴ノ花を名乗っていました。
Q. 連続休場が多かったのはなぜですか?
平成13年五月場所14日目の負傷のあと7場所連続で全休しました。休場日数105は田口の集計で横綱の連続休場ワーストです(大相撲の休場とは)。
Q. 土俵入りの型は?
雲龍型です。型の違いは不知火型の横綱一覧に。
Q. 今は協会にいますか?
いません。2018年9月に退職しました。貴乃花部屋の弟子は常盤山部屋に移りました。
▶ 歴代横綱シリーズ:歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで/第35代 双葉山/第48代 大鵬/第51代 玉の海/第52代 北の富士/第55代 北の湖/第58代 千代の富士/第64代 曙/第68代 朝青龍/第69代 白鵬/第70代 日馬富士/第71代 鶴竜/第72代 稀勢の里/第73代 照ノ富士/第74代 豊昇龍/第75代 大の里/日本人横綱の一覧
▶ 田口の貴乃花論:優勝20回台朝青龍・北の湖・貴乃花の好成績/武蔵丸 対 貴乃花の対戦成績/貴乃花がいたころの日本人力士の優勝/藤島部屋の歴史/大相撲の休場とは(連続休場ワースト)/3人になった貴乃花の置き土産