稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)は第72代横綱。茨城県牛久市の出身で、鳴戸部屋から田子ノ浦部屋。平成29年(2017年)三月場所から平成31年(2019年)一月場所まで横綱を務め、幕内優勝2回、生涯800勝496敗97休を残した。新入幕から横綱まで73場所かかっており、当サイト運営者・田口 通廣の集計では歴代の横綱で最も長い。横綱在位は12場所で、協会の星取表を合計すると36勝36敗97休である。
※戦歴の数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィール(2026年9月16日確認)、場所ごとの勝敗は協会「過去の成績・番付」の星取表(2026年8月3日取得)から写した。写真と場所の情景は田口 通廣の撮影・記名記事による。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。

稀勢の里の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月16日確認)

| 四股名 | 稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか)。しこ名履歴は 萩原 → 稀勢の里 |
|---|---|
| 代 | 第72代横綱(平成29年3月〜平成31年1月) |
| 本名・出身 | 萩原 寛・茨城県牛久市 |
| 生年月日 | 昭和61年(1986年)7月3日 |
| 部屋 | 鳴戸 → 田子ノ浦 |
| 身長・体重 | 188.0cm・177.0kg(歴代横綱の体重ランキング) |
| 得意技 | 左四つ・寄り・突き |
| 初土俵/新十両/新入幕 | 平成14年三月場所/平成16年五月場所/平成16年十一月場所 |
| 新三役/新大関/新横綱 | 平成18年七月場所/平成24年一月場所/平成29年三月場所 |
| 引退 | 平成31年一月場所 |
| 優勝 | 幕内2回・幕下1回 |
| 三賞・金星 | 殊勲賞5回・敢闘賞3回・技能賞1回。金星3個 |
| 生涯戦歴 | 800勝496敗97休(101場所) |
| 幕内戦歴 | 714勝453敗97休(85場所) |
出典: 日本相撲協会「第72代横綱 稀勢の里 寛」(歴代横綱・2026年9月16日確認)。
新入幕から73場所かけた横綱昇進|歩みの年表
| 時期 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 平成14年三月場所 | 初土俵(鳴戸部屋)。しこ名は本名の萩原 | 協会 |
| 平成16年五月場所 | 新十両 | 協会 |
| 平成16年十一月場所 | 新入幕 | 協会 |
| 平成18年七月場所 | 新三役 | 協会 |
| 平成23年11月 | 師匠の鳴戸(元横綱 隆の里)が59歳で急死。部屋は弟子の元隆の鶴が継ぎ、田子ノ浦を襲名した | 田口 29109 |
| 平成24年一月場所 | 新大関 | 協会 |
| 平成29年一月場所 | 大関で初優勝。14勝1敗。千秋楽の結びで白鵬をすくい投げで倒した。田口「時の最強者となった」 | 協会・田口 18038 |
| 平成29年三月場所 | 新横綱(第72代)。新入幕から73場所かかっており、田口の集計では歴代で最も時間がかかった | 協会・田口 31492 |
| 平成29年三月場所 | 横綱として最初の場所で13勝2敗。本割・優勝決定戦とも照ノ富士を破って逆転優勝。これが2回目にして最後の優勝になった | 協会の星取表・田口 18100 |
| 平成29年五月場所〜平成30年七月場所 | 休場が続く。平成30年三月・五月・七月は全休 | 協会の星取表 |
| 平成30年九月場所 | 10勝5敗。横綱在位中で唯一の皆勤で勝ち越した場所 | 協会の星取表 |
| 平成31年一月場所 | 三日目まで出場。4日目の2019年1月16日、協会の理事会が引退と年寄 荒磯の襲名を承認した。田口は三日目の夜に「稀勢の里の横綱人生はすでに終焉を迎えているのは間違いない」と書いている | 協会のお知らせ・田口 18716 |
| 2019年9月29日 | 両国国技館で引退相撲。田口が現地で見ている。「入場するのに1時間くらいかかってしまった」 | 田口 18948 |
| 2021年 | 荒磯として田子ノ浦部屋から独立。部屋は茨城県阿見町に建てる計画だった | 田口 29109 |
| 2026年9月16日時点 | 協会「相撲部屋のご紹介」の二所ノ関部屋の師匠は「二所ノ関 寛」=横綱 稀勢の里・本名 萩原 寛 | 協会 |
横綱になるまでにかかった場所数を田口が数えた表で、稀勢の里は73場所である。大鵬の11場所を先頭に千代の山以降の33人を並べた表の、いちばん下にいる。「横綱を待望されながら、稀勢の里が横綱になったのは、新入幕から73場所を要してからだった。12年以上かかっての遅咲きだった。致命的な負傷さえなければと今でも惜しまれる」(横綱昇進 最速ランキング)。
ただし、遅かったのは昇進の時期であって、昇進を決めた成績ではない。田口は横綱審議委員会ができて以降の32人について、昇進直前5場所の勝敗を比べている。最高は貴乃花の66勝9敗、次が輪島と千代の富士の63勝。「第4位に位置するのが朝青龍と並んで61勝14敗の稀勢の里である。こうしてみると稀勢の里の成績は抜群である。1場所平均12勝で60勝になる。稀勢の里は堂々たる横綱昇進であったことが証明された」(稀勢の里横綱昇進、その成績・2017年1月28日)。
横綱12場所の星取表|36勝36敗97休(協会の過去の星取表より)
| 場所 | 勝 | 敗 | 休 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 平成29年三月場所 | 13 | 2 | 0 | 新横綱。本割・決定戦とも照ノ富士を破って優勝 |
| 平成29年五月場所 | 6 | 5 | 4 | 途中休場 |
| 平成29年七月場所 | 2 | 4 | 9 | 途中休場 |
| 平成29年九月場所 | 0 | 0 | 15 | 全休 |
| 平成29年十一月場所 | 4 | 6 | 5 | 途中休場 |
| 平成30年一月場所 | 1 | 5 | 9 | 途中休場 |
| 平成30年三月場所 | 0 | 0 | 15 | 全休 |
| 平成30年五月場所 | 0 | 0 | 15 | 全休 |
| 平成30年七月場所 | 0 | 0 | 15 | 全休 |
| 平成30年九月場所 | 10 | 5 | 0 | 皆勤 |
| 平成30年十一月場所 | 0 | 5 | 10 | 途中休場 |
| 平成31年一月場所 | 0 | 4 | 0 | 三日目まで出場し引退 |
| 合計 | 36 | 36 | 97 | 横綱在位12場所 |
この表には、数字を突き合わせると出てくることがひとつある。横綱12場所の休の合計97は、協会プロフィールの生涯戦歴にある休97とぴったり同じである。つまり公式の数字の上では、稀勢の里の休場はすべて横綱になってからのものということになる。田口も横綱1年目の時点で「大関時代までは1回の休場(不戦敗)しかしていなかったが、稀勢の里の横綱休場率は一挙に膨大した」と書いている(稀勢の里横綱の通信簿・2018年1月30日)。
皆勤したのは新横綱の平成29年三月場所と、平成30年九月場所の2場所だけである。田口は横綱在位3場所の時点で休場率を計算し、「横綱在位 3場所/皆勤 1場所/出場機会 45/休場数 13/不戦敗 2/休場率 33.3%」と並べたうえで、「3回に1回は休場していることになる」と書いた(稀勢の里の横綱休場率・2017年7月18日)。この記事の順位は当時の集計で、いまの数字ではない。
2回の優勝と、横綱としての数字
| 項目 | 数字 | 出どころ(記事ID) |
|---|---|---|
| 幕内優勝 | 2回 | 平成29年一月場所(大関)と三月場所(横綱)。協会プロフィール |
| 生涯戦歴 | 800勝496敗97休(101場所) | 協会プロフィール |
| 幕内戦歴 | 714勝453敗97休(85場所) | 協会プロフィール |
| 横綱在位 | 12場所 | 平成29年3月〜平成31年1月。協会プロフィール |
| 横綱としての成績 | 36勝36敗97休 | 協会の過去の星取表12場所を当サイトで合計した(2026年8月3日取得) |
| 三賞・金星 | 殊勲賞5回・敢闘賞3回・技能賞1回。金星3個 | 協会プロフィール |
| 新入幕から横綱まで | 73場所 | 田口の集計では歴代で最も長い。12年以上かかった(31492) |
| 昇進を決めた5場所 | 61勝14敗 | 田口の比較では朝青龍と並ぶ4番目の好成績。1位は貴乃花の66勝9敗(18044) |

1回目の優勝は大関だった平成29年一月場所である。田口はその千秋楽をこう書いている。「千秋楽結びの一番両者激突。立ち合いに白鵬が圧倒し、稀勢の里を西土俵に寄り立てる。稀勢の里、危ない。優勝者が千秋楽に星を落とすのか。だが、稀勢の里は今まで見たこともないような驚異の粘りで、すくい投げで逆転した」。14勝1敗で、その1年の成績は74勝16敗。「同時に時の最強者となった」(時の最強者となった稀勢の里・2017年1月22日)。
2回目は新横綱の三月場所である。田口は千秋楽の記事で「1敗照ノ富士、2敗稀勢の里。直接対決で優勝を争うのだが、稀勢の里の左肩は、重症だからまず相撲にならない、と誰しも思う。筆者も思う」と前置きし、優勝決定戦の決着をこう書いた。「照ノ富士、今度はもろ差しで寄り立てる。稀勢の里苦戦。負けたか。だが、次の瞬間、思い切った捨て身の小手投げに、照ノ富士の巨体は横転した。まさかの逆転優勝である」。同じ記事の最後は、喜びではなく心配で終わっている。「稀勢の里はまだ新米横綱である。力士生命を危険にさらすのは忍びない。どうかケガの完治を第一優先に努めていただきたい」(大波乱!稀勢の里が逆転優勝・2017年3月26日)。この2場所目が、最後の優勝になった。
牛久のパレードと、引退相撲の断髪式(田口が現地で見たもの)

横綱昇進のあと、出身地の茨城県牛久市でパレードがあった。田口は現地にいる。「駅前には稀勢の里の手形の記念碑がりっぱに飾られていた。横断幕やステッカー、横綱の土俵入りの写真などで駅も町も祝賀ムードにあふれていた」。パレードは午後1時に駅前を出発。「待つこと4時間以上。来た、ついに来た。パトカーに先導され、稀勢の里が笑顔で手をふっている姿が目に入ってきた」。市役所では市民栄誉賞の表彰を受け、「会場はまるで人の海である。まったく動けない、一歩も進めない状況である」(稀勢の里、牛久で熱狂的パレード・2017年2月18日)。
2019年9月29日の引退相撲も、田口は国技館で見ている。列は正門から南門を曲がってさらに先まで伸びていて、入場に1時間かかったという。「稀勢の里最後の土俵入りを満員のお客さんは固唾をのんで心待ちにしている。しばらく間があったが、ついにその時がきた。稀勢の里が登場。どよめきがおきる」。田口はその型を梅ヶ谷型と書き、「せりあがりが最大の見せ場。もう見られないと思い、目に焼き付けた」と続けた。
断髪式で田口が書き留めているのは、慣例と違ったことである。「引退大相撲の断髪式では向きを正面、東、向こう正面、西の4方向に向きを変えることが慣例になっていたが、稀勢の里はそれをしなかった。不動のまま正面を見据え、進行していった。女性のはさみもなかった」。はさみを入れた中には、モンゴルから来た元日馬富士がいた。「スピードか圧力か。現役時代は好勝負を展開した両雄が時を超え、はさみをいれる、いれられる立場にいた」。止め鋏は師匠の田子ノ浦(元隆の鶴)だった(大盛況の中、稀勢の里髷との別れの日・2019年9月30日)。
引退後|荒磯部屋の独立から、二所ノ関部屋の師匠へ

引退後は荒磯を名のり、2021年に田子ノ浦部屋から独立した。田口はその時点でこう書いている。「部屋は出身地である牛久に隣接する茨城県の阿見町に建設予定である。2019年一月場所で引退したときは秋葉原と浅草橋の間あたりに部屋を構えるといわれたが、広さを優先したようである。約300平方メートルの土地に土俵を2面つくるという。力士4人を連れての独立である」(元稀勢の里の荒磯部屋の位置付け・2021年5月28日)。
同じ記事で田口は、この部屋の系統をたどっている。二所ノ関部屋から花籠(元大ノ海)が分家し、花籠から初代若乃花の二子山が出て、二子山から隆の里の鳴戸が出た。その鳴戸の直弟子が稀勢の里である。「つまり、荒磯部屋は分家(花籠=大ノ海)の分家(二子山=初代若乃花)の分家(鳴戸=隆の里→田子ノ浦=隆の鶴)の分家にあたる」。一門の全体像は二所ノ関一門の部屋一覧にある。
2026年9月16日時点で協会「相撲部屋のご紹介」の二所ノ関部屋を開くと、師匠の欄は「二所ノ関 寛(にしょのせき)」、しこ名は「横綱 稀勢の里」、本名は萩原 寛、生年月日は昭和61年7月3日生と出る。プロフィールの生年月日と一致する。
稀勢の里についてよくある質問
Q. 稀勢の里は何代目の横綱ですか?
第72代です。平成29年三月場所に昇進し、平成31年一月場所で引退しました(協会プロフィール)。前が第71代鶴竜、次が第73代照ノ富士です。
Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝2回です。大関だった平成29年一月場所と、新横綱の三月場所です。ほかに幕下優勝が1回あります。
Q. 横綱としての成績は?
在位12場所で36勝36敗97休です(協会の星取表12場所を合計)。皆勤したのは平成29年三月場所と平成30年九月場所の2場所でした。
Q. 横綱になるまで何場所かかりましたか?
新入幕から73場所、12年以上です。田口の集計では歴代の横綱で最も長い時間がかかりました(横綱昇進 最速ランキング)。
Q. 休場が多かったのはいつからですか?
協会の数字の上では、生涯の休97はすべて横綱在位中のものです。大関までの休場について田口は「1回の休場(不戦敗)しかしていなかった」と書いています(18390)。
Q. 今は何をしていますか?
2026年9月16日時点で、協会「相撲部屋のご紹介」の二所ノ関部屋の師匠が「二所ノ関 寛」=横綱 稀勢の里です。2021年に荒磯として独立したのが始まりです。
Q. 引退したのはいつですか?
2019年1月16日、平成31年一月場所の4日目です。この日の理事会で、協会が引退と年寄 荒磯の襲名を承認しました(日本相撲協会「引退および年寄襲名のお知らせ」・2026年9月25日確認)。
Q. 引退相撲はいつでしたか?
2019年9月29日、両国国技館です。田口が現地で見ており、最後の土俵入りと断髪式の様子を書いています(髷との別れの日)。
▶ 歴代横綱シリーズ:歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで/第35代 双葉山/第48代 大鵬/第51代 玉の海/第52代 北の富士/第55代 北の湖/第58代 千代の富士/第64代 曙/第65代 貴乃花/第68代 朝青龍/第69代 白鵬/第70代 日馬富士/第71代 鶴竜/第73代 照ノ富士/第74代 豊昇龍/第75代 大の里
▶ 田口の稀勢の里論:時の最強者となった稀勢の里/稀勢の里横綱昇進、その成績/牛久で熱狂的パレード/大波乱!稀勢の里が逆転優勝/稀勢の里涙の表彰式/稀勢の里の横綱休場率/稀勢の里横綱の通信簿/3日目稀勢の里の終焉/髷との別れの日/元稀勢の里の荒磯部屋の位置付け