横綱昇進 最速ランキング|新入幕から大鵬11場所・稀勢の里は73場所

新入幕から横綱昇進までが最も短いのは、第75代横綱 大の里の9場所。田口が2021年に作った番付で最速だった大鵬の11場所より2場所少ない。その大鵬に、双羽黒の12場所、朝青龍の13場所が続く。逆に最も時間がかかったのは稀勢の里の73場所(12年以上)で、序二段まで陥落してから復活した照ノ富士は44場所、白鵬も大関時代の全休が響いて19場所かかった。下の表に千代の山以降の35人の所要場所数を短い順に並べ、場所数が少なかった時代の常陸山以降18人も参考として付けた。
▶▶ 昇進を決めた成績は横綱昇進の条件、昇進・引退の年齢は横綱の昇進年齢と引退年齢へ。

所要場所数は新入幕から横綱としての最初の場所まで。本編の対象は15日制および横綱審議委員会誕生以降=千代の山以降。表は田口が作成した番付(2021年・33人)を1人1行に組み直し、その後に昇進した豊昇龍・大の里の2人を当サイトが同じ数え方で足したもの。

目次

横綱昇進 最速ランキング|千代の山以降35人の所要場所数

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新入幕から横綱としての最初の場所までに、何場所かかったかを短い順に並べた。同じ場所数の力士は番付の並び(東→西)の順にしている。大関在位の最短は朝青龍の3場所で、これは年6場所制の大関在位では最短タイ記録である。

所要場所数横綱番付の位置
9場所大の里(2025年昇進・当サイト追加)
11場所大鵬東横綱
12場所双羽黒西横綱
13場所朝青龍東大関
14場所千代の山西大関
15場所曙東関脇
15場所輪島西関脇
16場所北の湖東小結
17場所鏡里西小結
19場所柏戸西1枚目
19場所白鵬東1枚目
20場所吉葉山東2枚目
23場所北勝海西2枚目
24場所栃ノ海西3枚目
24場所栃錦東3枚目
25場所佐田の山東4枚目
27場所豊昇龍(2025年昇進・当サイト追加)
28場所2代若乃花東5枚目
28場所大乃国西5枚目
28場所貴乃花西4枚目
31場所初代若乃花東6枚目
35場所朝潮西6枚目
36場所千代の富士西7枚目
36場所玉の海東7枚目
37場所北の富士東8枚目
44場所照ノ富士東9枚目
44場所鶴竜西8枚目
45場所旭富士西9枚目
46場所武蔵丸東10枚目
47場所3代若乃花東11枚目
47場所日馬富士西10枚目
50場所隆の里西11枚目
60場所三重ノ海西12枚目
60場所琴櫻東12枚目
73場所稀勢の里東13枚目
新入幕から横綱昇進までの所要場所数(千代の山以降35人)。出典=田口 通廣 作成の番付(33人)。大の里・豊昇龍は日本相撲協会「歴代大関」「歴代横綱」の各力士の人物ページ(2026年9月26日取得)の新入幕・新横綱の場所から当サイトが数えた

初土俵から数えると大の里は13場所

田口の番付は新入幕から数えている。入門(初土俵)から数えた場合も並べておく。年6場所が確立した1958年一月場所以降に初土俵を踏んだ横綱24人について、初土俵の場所から横綱としての最初の場所の1つ前までに開かれた本場所を当サイトが数えた。最も少ないのは大の里の13場所で、次が輪島の21場所。大の里は幕下10枚目格付出で初土俵を踏んでいる(協会の力士プロフィール)。

順位横綱初土俵から初土俵新入幕新横綱横綱の代
1大の里13場所2023年5月2024年1月2025年7月第75代横綱
2輪島21場所1970年1月1971年1月1973年7月第54代横綱
3朝青龍25場所1999年1月2001年1月2003年3月第68代横綱
4曙30場所1988年3月1990年9月1993年3月第64代横綱
5白鵬38場所2001年3月2004年5月2007年7月第69代横綱
6貴乃花41場所1988年3月1990年5月1995年1月第65代横綱
7豊昇龍42場所2018年1月2020年9月2025年3月第74代横綱
8双羽黒45場所1979年3月1984年9月1986年9月第60代横綱
9北の湖46場所1967年1月1972年1月1974年9月第55代横綱
10北勝海50場所1979年3月1983年9月1987年7月第61代横綱
11大乃国58場所1978年3月1983年3月1987年11月第62代横綱
11旭富士58場所1981年1月1983年3月1990年9月第63代横綱
13武蔵丸59場所1989年9月1991年11月1999年7月第67代横綱
142代若乃花60場所1968年7月1973年11月1978年7月第56代横綱
15照ノ富士61場所2011年5月2014年3月2021年9月第73代横綱
163代若乃花62場所1988年3月1990年9月1998年7月第66代横綱
17玉の海66場所1959年3月1964年3月1970年3月第51代横綱
17千代の富士66場所1970年9月1975年9月1981年9月第58代横綱
19日馬富士70場所2001年1月2004年11月2012年11月第70代横綱
20鶴竜74場所2001年11月2006年11月2014年5月第71代横綱
21琴櫻(第53代)85場所1959年1月1963年3月1973年3月第53代横綱
22稀勢の里89場所2002年3月2004年11月2017年3月第72代横綱
23隆の里91場所1968年7月1975年5月1983年9月第59代横綱
24三重ノ海97場所1963年7月1969年9月1979年9月第57代横綱
初土俵から横綱昇進までの所要場所数(1958年以降に初土俵を踏んだ横綱24人)。初土俵・新入幕・新横綱の場所は日本相撲協会「歴代大関」「歴代横綱」の各力士の人物ページ(2026年9月26日取得)。場所数・順位は当サイトが数えた。2011年三月場所と2020年五月場所(中止)は数えず、2011年五月の技量審査場所は数える。前相撲の場所も1場所と数える

同じ数え方で初土俵から引退までを数えると、琴櫻(第53代)は協会の人物ページの「生涯戦歴(◯場所)」より1場所多くなる。どの場所でずれるかは協会の数字から決められないので、この表の琴櫻の場所数は実際より1多い可能性がある(大関昇進スピード ランキングの検算と同じ)。

参考|常陸山以降の東京横綱18人(場所数が少なかった時代)

年2場所・年4場所といった時代は、そもそも1年に消化する場所数が違う。上の表と同じ土俵では比べられないので、田口は別表の参考として置いている。この表には「男女ノ川の協会脱退期を除く」と注記がある。

所要場所数横綱番付の位置
5場所大錦東横綱
7場所栃木山西横綱
7場所照國東大関
9場所羽黒山西大関
10場所安藝ノ海西関脇
10場所常陸山東関脇
11場所東富士東小結
12場所2代梅ヶ谷西小結
13場所鳳東1枚目
14場所双葉山西1枚目
14場所常ノ花東2枚目
15場所3代西ノ海西2枚目
17場所太刀山東3枚目
20場所2代西ノ海西3枚目
20場所武蔵山東4枚目
21場所前田山西4枚目
23場所男女ノ川東5枚目
26場所玉錦西5枚目
新入幕から横綱昇進までの所要場所数(常陸山以降の東京横綱18人・参考)。男女ノ川の協会脱退期を除く。出典=田口 通廣 作成の番付

この表の出どころ

上の2つの表は、この記事に載せている田口作成の番付画像を1人1行に起こしたものである。転記が正しいかは2つの方法で確かめた。ひとつは、田口が本文で書いている数字(大鵬が最速、次いで双羽黒、稀勢の里は73場所、照ノ富士は44場所、白鵬は19場所)と表の値が一致すること。もうひとつは、本編33人と参考18人を足した51人が、横綱で優勝なしの記録で使っている番付の51人と顔ぶれが一致することである。

差は2人だけで、どちらも各記事の但し書きどおりだった。照ノ富士はこの記事に載っていて優勝なしの記事には無い(あちらは現役を除外している)。宮城山はその逆である。

2026年10月に、2021年より後に横綱へ上がった豊昇龍(第74代)と大の里(第75代)を足した。数え方は田口の番付と同じで、新入幕の場所から横綱としての最初の場所の1つ前までに開かれた本場所を数え、中止になった2011年三月場所と2020年五月場所は数えない。この数え方で、1958年以降に新入幕を踏んだ横綱27人(柏戸から照ノ富士まで)を日本相撲協会「歴代大関」「歴代横綱」の各力士の人物ページ(2026年9月26日取得)の番付推移から数え直すと、27人とも田口の番付の場所数と一致した。

田口による所要場所数の読み解き

照ノ富士は大関降格後、番付を序二段まで
落としながら幕内に復活した。それだけでは
ない。ついには横綱にまでのぼりつめたので
ある。照ノ富士の新入幕は2014年三月場所で
ある。それから44場所かけて横綱に昇進した。
実に7年以上かけての横綱であった。

照ノ富士
<照ノ富士>

横綱は新入幕からどれくらいの場所数をかけ
て昇進するのか、調べてみた。対象は15日制
及び横審議誕生以降の千代の山以降とした。
場所数が少なかった時代の常陸山以降の東京
横綱は参考としてあげておく。それが以下で
ある。数字は新入幕から横綱昇進までにかか
った所要場所数である。

大鵬は入幕した年に優勝し、優勝した1年後
は新横綱だった。期待の新星は予想を超える
スピード出世だった。これに次ぐのが双羽黒
である。優勝経験がない横綱、横綱の途中で
師匠と対立して協会を辞めていったイメージ
が強かったが、意外とスピード出世だった。
ただ、千代の富士に頭をおさえられた存在
だった。

大鵬
<大鵬>

朝青龍のときは横綱の端境期だった。武蔵丸
は晩年で休場が多かった。朝青龍に対抗でき
る者はいなく、あっさり横綱昇進を決めた。
大関在位は3場所だった。これは年6場所制
の大関在位では最短タイ記録である 。記録男
白鵬は大関時代、ケガで全休したことが影響
し、新入幕から19場所かかった。

朝青龍
<朝青龍>

新入幕後十両落ちした力士が8人いる。北の
湖、栃ノ海、2代目若乃花、貴乃花、千代の
富士、照ノ富士、隆の里、琴櫻である。隆の
里は新入幕後通算7場所十両にいた。千代の
富士は幕下にまで落ちている。千代の富士は
投げ中心でよく脱臼していた。照ノ富士は
十両4場所、幕下4場所三段目3場所序二段
1場所を経て奇跡の横綱昇進を達成した。

その照ノ富士より時間がかかったのが、旭
富士、武蔵丸、3代目若乃花、日馬富士、
隆の里、琴櫻、三重ノ海、稀勢の里である。
稀勢の里の行くところ常に人が集まる。横綱
になった稀勢の里の人気はもの凄かった。
横綱を待望されながら、稀勢の里が横綱に
なったのは、新入幕から73場所を要してから
だった。12年以上かかっての遅咲きだった。
致命的な負傷さえなければと今でも惜しま
れる。

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稀勢の里本場所最後の土俵入り
<稀勢の里本場所最後の土俵入り>

横綱昇進までの所要場所数についてよくある質問

Q. 新入幕から最速で横綱に昇進したのは誰ですか?
大の里です。新入幕から9場所で横綱に上がりました(2025年七月場所の新横綱)。田口が2021年に作った番付では大鵬の11場所が最速で、大鵬は入幕した年に優勝し、その1年後には新横綱でした。

Q. 大関から横綱まで最短だったのは誰ですか?
朝青龍で、大関在位はわずか3場所。これは年6場所制の大関在位では最短タイ記録です。

Q. 逆に横綱昇進まで最も時間がかかったのは誰ですか?
稀勢の里で、新入幕から73場所(12年以上)を要しました。照ノ富士は序二段まで落ちてから復活し、44場所かけて昇進しています。

Q. 初土俵から最速で横綱に昇進したのは誰ですか?
1958年以降に初土俵を踏んだ横綱では大の里で、初土俵から13場所でした。幕下10枚目格付出で初土俵を踏んでいます。

▶ 横綱審議委員会の成り立ちは→横綱審議委員会(横審)とは|昭和25年の3横綱総崩れと格下げ騒動から生まれた経緯
▶ 横綱昇進直後の稀勢の里が優勝した大会は→日本大相撲トーナメント第41回(2017年)|新横綱稀勢の里が優勝、国技館で初の土俵入り

▶ 横綱データ:昇進を決めた成績は横綱昇進を決めた成績 | 昇進年齢・引退年齢は横綱の昇進年齢と引退年齢 | 引退年齢の一覧は横綱の引退年齢番付 | 勝率・優勝率・出場率は横綱の勝率・優勝率・出場率ランキング

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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