千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)は第58代横綱。北海道松前郡福島町出身、九重部屋。昭和56年(1981年)九月場所から平成3年(1991年)五月場所まで横綱を務め、幕内優勝31回、53連勝、史上初の通算1000勝(最終1045勝)を残した。体重126キロの軽量で、田口は「幕内の平均体重が145キロの中、125キロという軽量で達成してきた」と書いている。引退後は九重親方として部屋を率い、2016年7月31日に61歳で亡くなった。
※通算の数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィール(2026年9月13日確認)から写した。協会サイトの「過去の成績」は平成25年以降しか無いので、場所ごとの出来事は当サイト運営者・田口 通廣の記名記事の記述を、引用と明示して載せている。現役時代は田口の撮影期間(2007年〜)より前なので、写真は九重親方時代の1枚だけ。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。
千代の富士の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月13日確認)

| 四股名 | 千代の富士 貢(ちよのふじ みつぐ)。しこ名履歴は 秋元 → 大秋元 → 千代の富士 |
|---|---|
| 代 | 第58代横綱(昭和56年9月〜平成3年5月) |
| 本名・出身 | 秋元 貢・北海道松前郡福島町 |
| 生年月日 | 昭和30年(1955年)6月1日 |
| 部屋 | 九重 |
| 身長・体重 | 183.0cm・126.0kg(歴代横綱の体重ランキング) |
| 得意技 | 右四つ・上手投げ |
| 初土俵/新十両/新入幕 | 昭和45年九月場所/昭和49年十一月場所/昭和50年九月場所 |
| 新三役/新大関/新横綱 | 昭和53年七月場所/昭和56年三月場所/昭和56年九月場所 |
| 引退 | 平成3年五月場所 |
| 優勝 | 幕内31回・幕下1回 |
| 三賞・金星 | 殊勲賞1回・敢闘賞1回・技能賞5回。金星3個 |
| 生涯戦歴 | 1045勝437敗159休(125場所) |
| 幕内戦歴 | 807勝253敗144休(81場所) |
出典: 日本相撲協会「第58代横綱 千代の富士 貢」(歴代横綱・2026年9月13日確認)。
25歳の初優勝から36歳目前の引退まで|歩みの年表(協会の日付と田口の記録)
| 時期 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 昭和45年九月場所 | 初土俵(九重部屋)。しこ名は本名の秋元、のち大秋元 | 協会 |
| 昭和49年十一月場所 | 新十両 | 協会 |
| 昭和50年九月場所 | 新入幕 | 協会 |
| 昭和53年七月場所 | 新三役 | 協会 |
| 昭和56年一月場所 | 関脇で初優勝。田口「千代の富士の初優勝は25歳のときである。それから約10年第一人者として時代を築いてきた」。北の湖との優勝決定戦を制した(瞬間最高視聴率65.3%) | 田口 17869・46438 |
| 昭和56年三月場所 | 新大関 | 協会 |
| 昭和56年九月場所 | 新横綱(第58代)。田口「千代の富士の優勝に1年間で関脇-大関-横綱での優勝がある」 | 協会・田口 17868 |
| 昭和58年七月〜59年一月場所 | 隆の里と4場所連続の千秋楽相星決戦(1勝3敗)。九月場所は東西両横綱の全勝決戦 | 田口 50886 |
| 昭和63年五月〜十一月場所 | 五月場所7日目から53連勝。七月・九月は連続全勝優勝。十一月場所千秋楽、大乃国に寄り倒されて止まる(昭和最後の相撲) | 田口 22174 |
| 現役晩年 | 史上初の通算1000勝。それまでの最多は北の湖の951勝 | 田口 17868・31087 |
| 平成3年五月場所 | 引退。田口「実に36歳前まで現役であった」「引退するときの『体力の限界』はインパクトのある本音として記憶に残っている」 | 協会・田口 17869 |
| 引退後 | 年寄・九重として九重部屋を継ぐ。一代年寄の話は「名称が一代で消える部屋を避けるため、断っている」 | 田口 17868 |
| 平成28年(2016年)7月31日 | 死去、61歳 | 田口 17868 |
横綱になった昭和56年について、田口は「千代の富士の優勝に1年間で関脇-大関-横綱での優勝がある。北の湖も1年間で関脇-大関-横綱を経験しているが、優勝は関脇と大関のみである」と書いている。一月場所の関脇での初優勝から、同じ年のうちに大関でも横綱でも優勝した。昭和58年からの2年は隆の里との千秋楽相星決戦が4場所続いた。田口の記述では「隆の里対千代の富士の対戦成績は隆の里の16勝12敗で終わっている。千代の富士にとって隆の里はいやな存在であった」(隆の里対千代の富士の相星4大決戦・2026年2月14日)。
53連勝と31回の優勝|記録の位置づけ(田口の集計より)
53連勝は横綱34場所目、32歳から33歳にかけてのことである。田口は「年6場所時代の横綱では、かなり異例である。大鵬も北の湖もこの年齢になる前に引退している」と書く。連勝は昭和63年五月場所7日目の花の湖戦から始まり、七月場所は15戦全勝(24回目の優勝・5回目の全勝優勝)、九月場所で初めて連続全勝優勝、十一月場所で大鵬の45連勝を超えた。止めたのは千秋楽の横綱大乃国。「立ち合い左上手を浅く取った大乃国が千代の富士を半身に追い込み、終始圧倒した。最後は体を預け寄り倒した」「昭和最後の相撲であった」(千代の富士の53連勝・2020年4月23日)。双葉山・大鵬・白鵬は平幕に連勝を止められたが、千代の富士だけは横綱に止められている(田口 17868)。
| 記録 | 数字 | 位置づけ(記事ID) |
|---|---|---|
| 幕内優勝 | 31回 | 当時は大鵬の32回に次ぐ2位。現在は白鵬45回・大鵬32回に次ぐ3位(30972) |
| 全勝優勝 | 7回 | 北の湖と並ぶ。白鵬16・双葉山8・大鵬8に次ぐ(47182) |
| 連勝 | 53連勝 | 大鵬の45連勝を抜き、当時は双葉山69連勝に次ぐ2位。のちに白鵬が63連勝(22174) |
| 通算勝利 | 1045勝 | 史上初の1000勝。北の湖951勝を更新。のちに魁皇1047勝・白鵬1187勝(31087) |
| 30歳以降の優勝 | 19回 | 田口「30歳以上の優勝が19回は最高の数値である」(17868) |
| 優勝決定戦 | 6戦全勝 | 田口「千代の富士は6度優勝決定戦を行っているが、1度も負けていない」(17869) |
| 横綱優勝率 | 0.482 | 田口の算出で6位(31337) |
31回の優勝の陰で次点に終わった力士を、田口は一覧にしている。前期は北の湖、中期は大乃国と北尾(双羽黒)が4度、後期は同じ部屋で対戦のない弟弟子の北勝海。「千代の富士の陰で最も苦労したのが、旭富士である。12勝-11勝-14勝優勝-12勝-12勝で横綱になれなかった」(千代の富士の陰に隠れた男達・2016年8月2日)。その旭富士がのちに照ノ富士を育て、北勝海は八角として協会の理事長を務めている。
引退と九重親方時代、2016年の死去
平成3年五月場所で引退。田口は「達成できた要因は力士生命の長さであった。実に36歳前まで現役であった。年6場所では考えられない年齢までベストを尽くした」と書いている。優勝31回の功績で一代年寄の話があったが、「名称が一代で消える部屋を避けるため、断っている」。年寄・九重として九重部屋を率いた。
2016年7月31日、61歳で亡くなった。田口は翌日の記事で、「千代の富士の現役は栄光に包まれていた。誰の目にもはっきり映るのは31回の優勝と53連勝であろう」「このところ、北の湖-千代の富士と大横綱が立て続けに61歳という若さで逝去している」と記した(千代の富士、その栄光と死・2016年8月1日)。同じ記事には横綱の没年順の表がある。
千代の富士についてよくある質問
Q. 千代の富士は何代目の横綱ですか?
第58代です。昭和56年九月場所に昇進し、平成3年五月場所で引退しました(協会プロフィール)。前が第57代三重ノ海、次が第59代隆の里です。
Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝31回。白鵬45回、大鵬32回に次ぐ歴代3位です。全勝優勝は7回です。
Q. 連勝記録は?
53連勝です。昭和63年十一月場所千秋楽に大乃国に敗れて止まりました。双葉山69・白鵬63に次ぎます。
Q. 体重はどれくらいでしたか?
協会の表示は126.0kg。歴代横綱の中でも軽い方です(体重ランキング)。
Q. 土俵入りの型は?
雲龍型です。型の違いは不知火型の横綱一覧に。
Q. いつ亡くなりましたか?
2016年(平成28年)7月31日、61歳でした。
▶ 歴代横綱シリーズ:歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで/第35代 双葉山/第48代 大鵬/第51代 玉の海/第52代 北の富士/第55代 北の湖/第64代 曙/第65代 貴乃花/第68代 朝青龍/第69代 白鵬/第70代 日馬富士/第71代 鶴竜/第72代 稀勢の里/第73代 照ノ富士/第74代 豊昇龍/第75代 大の里/全勝優勝3回以上の力士一覧
▶ 田口の千代の富士論:千代の富士、その栄光と死/千代の富士の陰に隠れた男達/千代の富士の53連勝/隆の里対千代の富士の相星4大決戦/千代の富士との比較でみる30歳以降の白鵬/白鵬・大鵬・千代の富士の好成績回数/九重部屋、それは時代に翻弄された部屋