第68代横綱 朝青龍とは|初土俵から4年で横綱、優勝25回・平成17年の6場所完全制覇から29歳の引退まで【歴代横綱シリーズ】

朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)は第68代横綱。モンゴル・ウランバートル出身、高砂部屋(入門は若松部屋)。平成11年(1999年)一月場所の初土俵から4年で横綱に上がり、平成15年三月場所から平成22年一月場所まで在位した。幕内優勝25回、生涯669勝173敗76休。平成17年(2005年)には年6場所すべてに優勝している。白鵬が横綱になるまで一人横綱の時代を作り、田口は「スピードと集中力、それが朝青龍の相撲だった。今、朝青龍のような相撲は見られない」と書いた。

※数字は日本相撲協会の歴代横綱プロフィール(2026年9月13日確認)から写した。協会サイトの「過去の成績」は平成25年以降しか無いので、場所ごとの成績は当サイト運営者・田口 通廣の記名記事の記述を、引用と明示して載せている。歴代横綱の一覧は初代明石から第75代大の里までに。

塩をまく横綱朝青龍
塩をまく朝青龍。田口の連載「朝青龍対白鵬29番勝負」(2026年8月)に載せたもの。写真:田口 通廣(撮影)。
目次

朝青龍の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月13日確認)

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朝青龍と師匠の高砂親方(元朝潮)
朝青龍と師匠の高砂親方(元大関朝潮)。田口のキャプション「朝青龍と高砂親方」。写真:田口 通廣(撮影)。
四股名朝青龍 明徳(あさしょうりゅう あきのり)。しこ名履歴は 朝青龍 のみ
第68代横綱(平成15年3月〜平成22年1月)
本名・出身ドルゴルスレン・ダグワドルジ・モンゴル・ウランバートル
生年月日昭和55年(1980年)9月27日
部屋若松 → 高砂(協会表示)
身長・体重184.0cm・154.0kg(歴代横綱の体重ランキング
得意技右四つ・寄り・突っ張り
初土俵/新十両/新入幕平成11年一月場所/平成12年九月場所/平成13年一月場所
新三役/新大関/新横綱平成13年五月場所/平成14年九月場所/平成15年三月場所
引退平成22年一月場所
優勝幕内25回・幕下1回・三段目1回・序二段1回
三賞・金星殊勲賞3回・敢闘賞3回・技能賞0回。金星1個
生涯戦歴669勝173敗76休(67場所)
幕内戦歴596勝153敗76休(55場所)

出典: 日本相撲協会「第68代横綱 朝青龍 明徳」(歴代横綱・2026年9月13日確認)。

初土俵から4年で横綱へ|歩みの年表(協会の日付と田口の記録)

朝青龍の出世の速さを、田口は甥の豊昇龍が関脇に上がったときに数え直している。「おじの朝青龍は序ノ口から18場所目に、新入幕から7場所目に関脇に昇進している。大関は序ノ口から22場所目、新入幕から11場所目であった。幕内初優勝は入幕12場所目であった」「現代は朝青龍のようなスピード出世であがれる力士はいない」(懐かしく思える朝青龍の相撲・2022年9月3日)。同じ記事には、高知の明徳義塾に朝赤龍(現・高砂親方)とともに留学した経歴と、「朝青龍はけして体が大きいほうではなかった。スピードと集中力で取るタイプだった」という人物評がある。

時期出来事出典
平成11年一月場所初土俵(若松部屋)協会
平成12年九月場所新十両協会
平成13年一月場所新入幕協会
平成13年五月場所新三役。田口「序ノ口から18場所目に、新入幕から7場所目に関脇に昇進」協会・田口 36277
平成14年九月場所新大関。田口「大関は序ノ口から22場所目、新入幕から11場所目」協会・田口 36277
平成15年三月場所新横綱(第68代)。田口「連続優勝して横綱を決め、勝ち残りで控えにいた時は感きわまっていた姿が忘れられない」協会・田口 36277
平成16年〜17年年間78勝、翌年84勝で6場所すべて優勝。田口「このころの朝青龍は一人横綱であった」田口 49437
平成19年八月夏巡業を休みモンゴルでサッカーをしていたことが問題になり、協会は8月1日に出場停止2場所・謹慎・減俸の処分。九月・十一月場所を欠場田口 17546
平成20年一月場所復帰。13日目に琴光喜を下手投げ、千秋楽は白鵬との1敗同士の相星決戦(白鵬が上手投げで優勝)田口 17546
平成21年一月・九月場所いずれも千秋楽の本割で白鵬に敗れ、優勝決定戦で白鵬に勝って23回目・24回目の優勝田口 54638
平成22年一月場所13勝2敗で25回目の優勝。場所後に暴行問題が明らかになり引退。29歳協会・田口 54638・17308
平成22年10月3日引退相撲。太刀持ち日馬富士・露払い朝赤龍で最後の土俵入り田口 17532
「協会」は歴代横綱プロフィールの番付推移。番号は当サイトの記事IDで、本文中にリンクがある

年間84勝・6場所完全制覇|一人横綱の時代(田口「横綱の年間72勝以上」より)

朝青龍が年間72勝以上を挙げた年は3回ある。田口は横綱の年間成績を連載で数えており、朝青龍の3年ぶんを場所順にこう記している(横綱の年間72勝以上 9・2025年10月9日)。

6場所の成績(一月→十一月)年間備考
平成16年(2004年)15戦全勝優勝-15戦全勝優勝-13勝優勝-13勝優勝-9勝-13勝優勝78勝優勝5回
平成17年(2005年)15戦全勝優勝-14勝優勝-15戦全勝優勝-13勝優勝-13勝優勝-14勝優勝84勝6場所すべて優勝
平成21年(2009年)14勝優勝-11勝-12勝-10勝-14勝優勝-12勝73勝優勝2回(いずれも白鵬との優勝決定戦)
田口 通廣の集計。田口は「横綱に昇進した平成15年は途中休場により成し遂げられなかった」とも記している

平成17年の84勝は6場所すべてで優勝した年で、「このころの朝青龍は一人横綱であった」。武蔵丸が引退した平成15年十一月場所のあと、白鵬が横綱に上がる平成19年七月場所まで、朝青龍だけが横綱だった。田口が2022年5月に横綱の勝率・優勝率・出場率を常陸山以降で比べた表では、朝青龍は横綱勝率0.836(10位)、横綱優勝率0.55(当時2位)、横綱出場率0.873(10位)に置かれている(照ノ富士の横綱記録・2022年5月30日の比較表)。

白鵬との29番と、平成20年一月場所の相星決戦

朝青龍と白鵬は優勝決定戦を含めて29回戦った。田口は2026年8月にこの29番を5回に分けて振り返っている(朝青龍対白鵬29番勝負 15)。白鵬が関脇以下だった時期は朝青龍の7勝3敗。最後の2年(平成21年〜22年一月)は白鵬の7勝2敗で、朝青龍の勝ち2つはどちらも優勝決定戦だった。

田口が「忘れえぬ大勝負」に挙げるのが、2場所の出場停止から戻った平成20年一月場所である。13日目の琴光喜戦は「出てくる琴光喜の出足を利用し、回り込みながらはなった技は単なる下手投げではなかった。的確な表現を使うならそれはダイビングアンダースルーともいうべき技だった」。千秋楽は白鵬と1敗同士の相星決戦になり、「真っ向からの右四つの力勝負に観客は息をこらえて見据えた。両者一歩も引かない。朝青龍が吊りにいかんとする。吊り切れない。その瞬間、白鵬の上手投げが決まった」(朝青龍 忘れえぬ大勝負・2015年9月6日)。

平成20年一月場所13日目、琴光喜を下手投げで破る朝青龍の連続写真
平成20年一月場所13日目、琴光喜戦の連続写真。田口が「ダイビングアンダースルー」と呼んだ下手投げ。写真:田口 通廣(撮影)。
平成20年一月場所千秋楽、白鵬との相星決戦の連続写真
同じ場所の千秋楽、白鵬との1敗同士の相星決戦。右四つの力勝負のすえ白鵬の上手投げ。写真:田口 通廣(撮影)。

平成21年は一月と九月の2度、千秋楽の本割で白鵬に敗れながら優勝決定戦で勝って23回目・24回目の優勝を手にした。田口は「このころ朝青龍は白鵬に勝ちにくくなっていた」と書き、九月場所の決定戦は「すくい投げでしとめた」と記している(29番勝負 5)。

平成22年一月場所の25回目の優勝と引退、10月の引退相撲

平成22年一月場所、日馬富士を下手投げで破る朝青龍の連続写真
平成22年一月場所、日馬富士を下手投げ。田口の「連続写真で見る朝青龍のスピードと集中力」より。この場所が最後の場所になった。写真:田口 通廣(撮影)。
平成22年一月場所千秋楽、25回目の優勝の表彰式に立つ朝青龍
平成22年一月場所千秋楽(2010年1月24日)の表彰式。田口のキャプション「優勝朝青龍」。25回目にして最後の優勝。写真:田口 通廣(撮影)。

平成22年一月場所は13勝2敗で25回目の優勝。千秋楽の白鵬戦については「横綱同士の一番は白鵬の気合いが違った。寄り倒しで朝青龍を圧倒した」(29番勝負 5)。場所後に一般人への暴行問題が明らかになり、朝青龍は引退した。田口はこれを「形は自主引退だが実際は辞めさせられた。29歳だった」と書き、師匠の高砂親方の「やってから後悔するのが朝青龍」という言葉を記している(同記事・朝青龍の事件は部屋教育の限界を暗示・2014年12月5日)。協会のプロフィールの引退場所は平成22年一月場所である。

田口が惜しむのは記録の行方でもある。「白鵬が大鵬の最高優勝32回に並んだ。だが、あるいは朝青龍が事実上の強制引退がなければ、先に並んだ可能性があったかもしれない」(同記事)。29歳での引退時点で優勝25回は、田口が「時代を築いたあるいは築かんとした横綱中の横綱」として挙げる12人(常ノ花・玉錦・双葉山・羽黒山・栃錦・初代若乃花・玉の海・北の湖・千代の富士・貴乃花・朝青龍・白鵬)の一人に数えられている(横綱優勝ワースト17・2025年6月26日)。

朝青龍の引退相撲での最後の土俵入り。太刀持ち日馬富士、露払い朝赤龍(2010年10月3日)
2010年10月3日の引退相撲、最後の土俵入り。太刀持ち日馬富士、露払い朝赤龍(朝青龍あの日あのとき)。写真:田口 通廣(撮影)。

引退相撲は2010年10月3日。田口は「この引退相撲で土俵にキスをしたりするなど役者ぶりをみせた。終了後の別の会場でおこなわれたパーティーでは人・人・人であふれかえっていた」と記し、最後の土俵入り・断髪・モンゴル出身力士が勢ぞろいした場面を写真で残している(同記事)。

朝青龍についてよくある質問

Q. 朝青龍は何代目の横綱ですか?
第68代です。平成15年三月場所に昇進し、平成22年一月場所を最後に引退しました(協会プロフィール)。前が第67代武蔵丸、次が第69代白鵬です。

Q. 優勝は何回ですか?
幕内優勝25回です。大関で2回、横綱で23回。ほかに幕下・三段目・序二段で1回ずつ優勝しています。

Q. 年6場所すべて優勝したのはいつですか?
平成17年(2005年)です。田口の集計では一月から順に15勝・14勝・15勝・13勝・13勝・14勝で年間84勝でした。

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Q. モンゴル出身の横綱は何人いますか?
朝青龍が最初で、白鵬・日馬富士・鶴竜・照ノ富士・豊昇龍と続き6人です。外国出身の横綱8人の表は歴代横綱一覧に、現役関取の出身地は出身地一覧にあります。

Q. なぜ引退したのですか?
平成22年一月場所のあとに暴行問題が明らかになり、引退しました。田口は「形は自主引退だが実際は辞めさせられた」と書いています。

Q. 豊昇龍との関係は?
第74代横綱豊昇龍のおじです(田口 36277)。

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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