大相撲

朝青龍あの日あのとき

2015年8月23日

スピードと集中力、それが朝青龍の相撲だった。今、朝
青龍のような相撲は見られない。朝青龍が事実上の強制
引退がなければ、白鵬の連勝に、優勝回数に影響を与え
ていたことは容易に想像できる。

朝青龍の引退相撲は2010年10月3日であった。この引退
相撲で土俵にキスをしたりするなど役者ぶりをみせた。
終了後の別の会場でおこなわれたパーティーでは人・人・
人であふれかえっていた。お騒がせ横綱朝青龍最後の雄
姿をご覧いただきたい。、
朝1
<太刀持ち日馬富士、露払い朝赤龍 >         <  朝青龍最後の土俵入り>
朝2
<父>           < 北の湖理事(当時)>    <白鵬>
朝3
<日馬富士>        <朝赤龍>        <九重親方(元千代の富士)>
朝4
<師匠高砂(元朝潮>)
朝5
<花束贈呈>               <愛娘から花束>
 朝6

<息子と>                 <最後にファンに挨拶する朝青龍>
朝7
<土俵にキスする朝青龍>   <パーティー会場でお客を迎える朝青龍><最後の別れ>
朝8
<モンゴル出身力士が勢ぞろい>            <モンゴル関取からプレゼント贈呈>

 

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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