コラム・論考– category –
力士論・取組考・相撲エッセイなど独自の論考
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コラム・論考
技能派藤ノ川の上位挑戦第2ラウンド
三月場所、藤ノ川は初の上位挑戦だった。内容は予想を超えて素晴らしく、勝ち越した。地位別対戦相手の成績は以下である。横綱・大関戦 2勝2敗(2金星)関脇・小結戦 2勝2敗 平幕 4勝3敗 横綱戦2勝はすばらしい。大阪場所は優勝者と次... -
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現代にもあった小錦・多賀竜現象
蔵前国技館最後の場所となった昭和59年九月場所。この場所は平幕同士の小錦・多賀竜が優勝を争い1勝差で多賀竜が優勝した場所だった。だが、釈然としないものが残った。それは対戦相手の差による問題だった。 小錦 当時の番付が以下である。北の湖 横... -
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幕内力士の人数 昭和戦後編
大相撲は戦後の混乱期、敗戦からわずか3カ月しかたっていないなか開催された。よく開けたなというのが当時の印象だった。先場所は非公開で場所が開かれたほどである。進駐軍によって日本の古いものはみんなダメという風潮の中で、相撲は見向きもされなく... -
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改名残念物語
大相撲独特の文化に四股名がある。ほかのプロスポーツ、メジャーリーグ、プロ野球・サッカーには見られない特徴である。将棋、囲碁にもない。プロレス・ボクシングに名前の変形がある。ジャイアント馬場、ファイテング原田などである。落語は本名ではなく... -
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幕内力士の人数 昭和戦前戦中編 下
春秋園事件で脱退した力士の復帰で幕内力士の人数は戻ってきた。昭和9年春場所 39人昭和9年夏場所 40人昭和10年春場所 40人昭和10年夏場所 40人ここまでで昭和戦前戦中で幕内40人は14場所に及んだ。昭和戦前戦中で最多場所を数えた。 両国国技館 昭... -
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幕内力士の人数 昭和戦前戦中編 上
昭和は1926年12月25日に始まった。大相撲は東西合併のなか昭和2年から本場所がスタートした。地方場所が年2回西日本で開催された。最初東京場所は東京場所だけで、地方場所は地方場所だけで番付が編成された。ただ、東京場所と地方場所で番付が著しく違... -
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常ノ花の最低優勝
去る三月場所、霧島が14日目敗れても優勝が決まった。さらに千秋楽も敗れ有終の美を飾れなかった。大阪場所は大いに盛り下がった。優勝もうれしさは半減なり。かどうかは本人しかわからない。優勝は優勝だし、大関復帰を果たした。 似たようなケースが昭和... -
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幕内力士の人数 大正編
大正は1912年7月30日から1926年12月25日までである。非常に短い期間であった。また、大正天皇がどんな方であったか意外と知られていない。ここは歴史を語るところではないので触れないが、大正の大相撲本場所は大正2年から始まった。 大正2年春場所~4... -
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幕内力士の人数 明治国技館開設編
現在の幕内力士の人数は42人である。これは平成16年一月場所が始点である。その前は40人であった。2人増員のきっかけは公傷制度の廃止にあった。 公傷制度とは本場所でケガをした場合、その場所の休場は負け扱いになるが、翌場所休場した場合番付はそのま... -
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写真で見る新しい力和歌ノ富士
一月場所幕下付け出しでデビューした和歌ノ富士。モンゴル出身、春日野部屋である。この場所6勝1敗の成績を残した。三月場所は番付を東28枚目にあげてきた。ここで7戦全勝で優勝を見事達成した。その奮戦ぶりを写真で紹介してみる。 初日新隆山を寄り切... -
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裸の優勝パレード
去る三月場所、優勝パレードは異例だった。優勝霧島はまわし姿でオープンカーに乗ったのである。隣の大青山は羽織紋付きであった。三月はまだ肌寒い。娘さんからも注文がついたようである。 霧島裸の優勝パレード 機種大青山 裸の優勝パレードで思いださ... -
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大相撲にもの申す
三月場所、霧島が14日目、千秋楽連敗しての優勝だった。その結果、成績は12勝3敗だった。これでも優勝賞金は1000万円である。これではいけない。優勝が決まっても最後まで気を引き締めて臨んでいただきたい。栃錦は優勝が決まった千秋楽、大内山と死闘と... -
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写真で見る藤ノ川の技能
去る三月場所、盛り下がる大相撲の流れのなかでひときわ救いとなったのが藤ノ川である。大の里、豊昇龍の両横綱を倒し、技能賞を受賞した。小兵の相撲巧者藤ノ川はまだ入幕5場所目である。その5場所に発揮された技能を写真で振り返ってみよう。 25年7月... -
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2026年版幕内年齢番付
幕内年齢番付を作成した。ここでいう幕内はきたる五月場所幕内在位が予想される力士である。年齢は2026年3月31日現在とした。その結果番幕内年齢番付は以下になった。 幕内最年少は藤ノ川となった。今年21歳になった。今や銭の取れる力士として小兵ながら... -
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大相撲の質問と回答
★大関に上がるときは3場所33勝以上必要なのに、どうして落ちるときは2場所連続負け越しなのか まさに大関は矛盾した制度の上に成り立っている。落ちるときは関脇以下よりゆるやかである。これを合理的に説明することはとうてい不可能である。 ★引分はど... -
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2026年版幕下の四股名
2026年一月場所番付に基づき四股名を調査した。対象は元関取を加え、十両昇進を決めた3人を除く117人である。幕下はある程度体も技術もできてくる。四股名はどのようなものか。 ★下の名前で出ています 関取では明生が下の名前である。引退した北勝富士は... -
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現代大相撲学生出身事情
現代の大相撲は学生出身抜きでは語れない。ここでいう学生出身は相撲部に所属し、なおかつ卒業した者をいう。また、専門誌の三月場所予想番付の関取以上を対象とした。学生出身の第1号横綱は輪島であった。輪島は日本大学在学中に大相撲に入門した。とい... -
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現在の番付と5年前の番付を比較
10年一昔というが、その中間である5年前はどうか。今から5年前というと2021年の一月場所にあたる。大栄翔が前頭筆頭で初優勝し、翠富士が新入幕を果たした場所である。横綱は白鵬と鶴竜だが、全休している。両横綱とも晩年で引退は近かった。5年前の番... -
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大相撲マネー事情
★関取の収入源はどのくらいあるのですか。 月給、力士褒賞金、優勝・三賞賞金、懸賞金(幕内だけ)、巡業手当(非公表)などがあります。 月給及び年収は以下です。横綱300万円 年収3600万円大関250万円 年収3000万円関脇・小結180万円 年収2160万円平... -
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この1年の新3強
この1年というのは2025年三月場所から2026年一月場所までである。この6場所新3強豊昇龍・大の里・安青錦はどういう成績・実績をあげたか。豊昇龍にとっては横綱1年間に相当する。残念ながら優勝はまだない。優勝同点が2回ある。優勝は大の里3回、安... -
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新入幕までの所要場所数番付
新入幕までの所要場所数番付を作成した。対象は一月場所番付の幕内力士である。なお前相撲はカウントしなかった。あくまで7番相撲以上を取る本場所をカウントした。それが以下である。 トップクラスは幕下10枚目格付出及び15枚目格付出が占めた。最短新入... -
コラム・論考
今年の土俵の目撃者を振り返って
今年はルーターの故障によって5日ほど空白がありましたが、それ以外は土俵の目撃者を日々更新してきました。大相撲の面白さ、興味深さ、調査、分析、問題点を探るなどをテーマとしてきました。また、足を使いこの目で見た各場所の観戦記をお届けしてきま... -
コラム・論考
今年の土俵から
優勝力士は覚えているが、次点力士は忘れられていく。大相撲はトップしか表彰しないのだから無理もない。なお、次点同点の場合は番付上位とした。今年の次点は以下である。 一月場所 前3王鵬 12勝3敗三月場所 前4高安 12勝3敗五月場所 横綱豊昇龍... -
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2025年版幕下のホープ
十一月場所後出羽ノ龍と幕下優勝の一意(かずま)が新十両を決めた。出羽ノ龍は今年1年27勝15敗だった。一意は一月・三月場所は全休だった。五月場所序ノ口から再スタートして27勝1敗。3場所優勝して十両入りを決めた。彼らは2026年の新十両だが、今年2... -
コラム・論考
実力本位の番付
昭和40年一月場所から部屋別総あたり制が始まった。元双葉山の時津風理事長の英断で実現した。その場所後大関佐田の山の横綱が決定した。一月場所の上位の番付と成績は以下だった。 大鵬 11-4 横綱 柏戸全休栃ノ海8-7 張出佐田の山13-2 大関翌場所↓... -
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十一月場所テレビ事情
大相撲テレビ放送は初日早々波乱の幕開けだった。17時3分から地震情報に切り替わったのである。要するに後半は総合及びBSでは放送されなかったわけである。いや厳密には放送された局がある。NHKのBS4Kである。これを録画していれば見ることはできる。ただ... -
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架空年間三賞
今年も架空年間三賞を選ぶ季節がやってきた。今年年6場所実際に三賞を受賞した力士は以下である。のべ24人が受賞している。 殊勲賞 敢闘賞 技能賞一月場所 該当力士なし 霧島・金峰山 王鵬三月場所 該当... -
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2025年入門者数と引退者数
人口減少は着実にやってきている。少子化も歯止めがきかない。空き家は増加していく。人口減少を外国人労働者で補うといっても日本はそもそも選択されるか。言葉が通じやすい英語圏のほうが働きやすい。日本語は難しいだけでなく、文字の数が多すぎるので... -
コラム・論考
大相撲知られざる?実情
大相撲の電光掲示板では幕内と十両の間に中入という文字がある。また十両最後の一番で行司はこれにて中入~と口にする。中入とは何か。十両の取組が終わって幕内の取組が始まるまでの休憩時間である。実際は幕内土俵入り、横綱土俵入りが終わってからが休... -
コラム・論考
大相撲〇〇の始まり
多くの相撲ファンが大相撲を楽しむ手段はテレビ中継であろう。今はブルーレイがあるから録画をとって見直すことも可能である。大相撲を中継しているのはNHKである。これが当たり前になった。ではこのあたり前はいつから始まったかご存じだろうか。 北の富... -
コラム・論考
幕内体重ビッグ5
現代は重量大相撲時代である。大相撲には体重制がないだけに有利に働く。入幕のころは軽量に泣いた豊昇龍は今や149キロとなった。貴乃花は曙の破壊力抜群の突き押しに対抗するために体重を増加させていった。現代の幕内重量級ビッグ5は誰か。 伯桜鵬 192... -
コラム・論考
興味深かった古式大相撲と現代大相撲
日本相撲協会財団設立法人100周年記念百周年場所古式大相撲と現代大相撲に行ってきた。チケットはすでに完売していた。開場は11時だったが15分前の入場となった。席は指定席だから早く行ってもどうってことはないと思いがちである。 そうではない。格安ア... -
コラム・論考
全日本力士選手権大会を探る
相撲仲間のT氏が全日本力士選手権大会に行ってきた。全日本力士選手権大会はある時期から観戦者は明治神宮の関係者だけになった。それ以前は誰でも入れた。だから近年は記憶から消えていた。T氏は筆者と本場所を一緒に観戦するK氏のはからいとお力添え... -
コラム・論考
琴勝峰の変遷
琴勝峰が新入幕を果たしたのは令和2年七月場所であった。五月場所がコロナウイルスで中止になったあとに開催された本場所であった。再入幕照ノ富士が幕尻優勝した場所でもあった。琴勝峰は20歳と若武者であった。学生出身ならできない年齢である。 新入幕... -
コラム・論考
大相撲メカの変更予定
自分の周辺の大相撲にかかわることが変化しそうである。まだ先のことでいつということははっきりしていない。具体的にいうとパソコンとテレビである。 Windows 10のサポートは、2025年10月14日(火)に終了する。以降、MicrosoftはWindows 10向けのセキュ... -
コラム・論考
崩れる大相撲の法則
東京場所は一月場所、五月場所、九月場所と3場所ある。以前はこの順に人気があった。一月場所はほかにスポーツがないため相撲を見ることが多かった。風薫る5月は季節的によかった。今の5月はやや暑い。9月は台風があってやっかいな場所であった。 しか... -
コラム・論考
暑さ続くなかの秋場所
予想していたこととはいえ、秋場所は暑い季節になる。8月下旬、猛暑が続いている。昔は暑さ寒さも彼岸までといったが、今は通用しない。昨年も暑い秋場所だった。恰好が夏と変わらなかった。 阿炎に敗れる豊昇龍 暑い中の大相撲開催のなか豊昇龍は大丈夫... -
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三段目までの最年少力士
力士の将来性をはかる要素として若さがある。年齢が若いということは先があることになる。また、成長が見込まれることになる。三段目までの最年少力士は誰か。七月場所番付をもとに8月20日時点の年齢を出してみた。 幕内藤ノ川 20歳 伊勢ノ海(元北勝鬨... -
コラム・論考
夏巡業に思う
夏巡業といえばひと昔前は東北・北海道を中心に行われたものである。武蔵川(元出羽ノ花)理事長の時代である。そのため七月場所は1週間早くスタートした。札幌巡業ではビール園にいけばお相撲さんがいたものである。山稽古といってにわか土俵を体育館の... -
コラム・論考
令和平幕優勝事情
去る七月場所、平幕の琴勝峰が優勝して幕を閉じた。令和に入って9回目の平幕優勝であった。令和はすでに37場所経過した。平幕優勝率は24%になる。1年で1.5場所あることになる。 令和の始まりとともに平幕優勝は始まった。優勝者は朝乃山であった。千秋... -
コラム・論考
重量級大相撲を生き抜く奴ら
現代は重量級大相撲時代である。150キロ級は珍しくない。ひと昔前は150キロといえば巨漢だった。北の富士・玉の海は130キロ台だった。重量級大相撲で生き抜く奴らがいる。 ◆114キロ翠富士 最高位前1 幕内最軽量。それでいて幕内を維持している。2025年七... -
コラム・論考
20歳以下の新入幕力士続編
以前20歳以下の新入幕力士を13回に渡り連載した。そのときは阿武咲が最後の力士だった。その後誕生した20歳以下の新入幕力士がいる。彼らについて触れてみたい。 ■琴勝峰去る七月場所で初優勝した。2020年七月場所、20歳で入幕したから期待は大きかった。... -
コラム・論考
伝統の四股名
九月場所、錦木が幕内に復帰しそうである。錦木は伊勢ノ海部屋の所属力士である。この部屋は伝統的な四股名をつける傾向がある。先の若碇改め藤ノ川もそうである。錦木はどうか。 幕内力士は江戸時代に集中している。天明 錦木 最高位大関文化 錦木 最... -
コラム・論考
旧宮城野勢の新たなる戦い
白鵬が正式に協会を退職して1カ月になる。いまさらながら宮城野部屋の復興がならなかったのはもったいなかった。北青鵬の悪質で陰湿な弟弟子への暴行は、自らの行き場をなくしただけでなく、師匠を失職させる結果につながった。まことに罪深いことをしで... -
コラム・論考
新鋭2人の上位初挑戦
来たる七月場所2人の新鋭が上位に初挑戦する。新しい力が横綱・大関・関脇に挑むことになる。よく古豪と新鋭の対戦が見所になる、という。もっとも両横綱は若く、古豪ではない。七月場所の新鋭2人に焦点をあててみよう。 専門誌の予想番付では西小結が予... -
コラム・論考
番付驚愕今昔
五月場所、東小結6勝9敗だった高安が七月場所番付で西にまわっただけには驚愕した。ほかの6勝9敗の力士の番付はどうか。玉鷲 ▼1,5平戸海▼1.5尊富士▼2翠富士▼2正代 ▼3琴勝峰▼16-4-5正代以外は▼1~▼2である。 高安 最初に驚かされた6勝9敗は... -
コラム・論考
大相撲界から消えたモノ
◆宮城野部屋 昨年の大阪場所では「がんばれ宮城野部屋」の声援や応援紙があった。だが、宮城野部屋は復活することはなくなった。思いがけず白鵬が退職してしまった。宮城野部屋の復活の見通しがたたないまま時間だけが経過してしまったからである。時津風... -
コラム・論考
両国国技館の未来
現在大相撲の常設館は両国にある両国国技館である。昭和60年から使用開始された。当時は新国技館がセールスポイントだった。ポスターデザインも両国新国技館だった。また、大相撲が両国に帰ってきたというイメージだった。 その前は蔵前国技館で東京場所が... -
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四股名あれこれ 本名をもじったもの 下
前回藤田山に触れずじまいだったため、加筆修正させていただいた。位置は山田川のあとである。また安念山はこの四股名で優勝もして馴染み深いが、2代目羽黒山として扱った。本名安念である。個人的には安念山のほうが、親しみがあった。 久島海 久島海か... -
コラム・論考
四股名あれこれ 本名をもじったもの 上
本名の四股名は過去扱ってきた。今回は本名をもじった四股名を紹介したい。対象は本名が比較的はっきりしている明治以降の幕内力士とした。それでも明治は特に見つからなかった。 大内山 大正は山田川で始まった。本名は山田である。幕内在位1場所で終わ... -
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元旭富士が育てた幕内力士 下
元2代目若乃花の間垣から託された弟子のなかに若三勝がいた。十両昇進とともに照ノ富士と改名した。照ノ富士は入幕後、要7場所で初優勝し要8場所で大関に昇進した。ここまでは見事だったが、ケガで大関の座を14場所であけわたした。 その後、休場がらみ... -
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元旭富士が育てた幕内力士 上
元旭富士の定年が7月に迫っている。伊勢ヶ濱部屋はすでに弟子の照ノ富士に譲った。定年後再雇用宮城野として協会に残り部屋を見守ることになる。伊勢ヶ部屋といえば多くの関取を輩出した。特に2横綱を育てたことは名伯楽として讃えていい。改めて振り返... -
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蔵前国技館
6月21日、蔵前国技館を語るというテーマで呼ばれている。大相撲文化掲載用とのことである。今の両国国技館は昭和60年から使用されて現在に至っている。41年目に入っている。蔵前国技館を知っている者は年々減少していく。筆者も隅々まで知っているわけで... -
コラム・論考
大相撲ショート2025年6月
白鵬退職会見の陰に隠れたが、行司の木村銀治郎が解雇になった。理由は力士会の積立金の使い込みであった。その額は2000万円以上だという。このニュースを聞いたとき、力士会に積立金があったということを知った。それを行司が管理している仕組みも初耳だ... -
コラム・論考
優勝5傑
公式の優勝制度は大正15年に始まった。優勝制度は様々なドラマを展開してくれた。劇的なドラマは元千代の山の九重が出羽一門から破門独立した直後、弟子の大関北の富士が初優勝を成し遂げたことであった。当時大鵬が6連覇中であった。優勝を記録からみて... -
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多いままの再雇用者
最近元貴景勝の湊川の激ヤセが話題になった。湊川の年寄株は元大徹が再雇用の途中で譲ったカタチになった。同様に尾車は元琴風が再雇用中に琴恵光に、荒磯の元若嶋津は再雇用のときに琴勇輝に移行した。以前、再雇用元竹葉山が石浦に間垣を譲ったことがあ... -
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3強ここ1年の成績
まずここ1年というのは2024年七月場所から2025年五月場所までである。1年間大の里、豊昇龍、琴櫻はどういう成績を築いていったのか。あらためて検証してみよう。 大の里新横綱として勢いが増している。期待も大きく成長途上である。しかし、それは今後の... -
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公開稽古総見記
5月2日、公開稽古総見が行われた。あいにく天候は雨になる予報であった。ただ、8時入場予定まではもちそうであった。両国に着いたのは6時50分くらいであった。相撲仲間のKM氏と南門で一緒になった。列は南門を曲がって長蛇の列であった。天候が思わ... -
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四股名あれこれ ~の・ノ・乃海5
◆続昭和戦後 3代目玉の海 最高位横綱大関までは玉乃島であった。横綱昇進にあたって玉の海の四股名を希望した。当時NHKの解説者だった玉の海梅吉氏は、玉乃島で慣れ親しんできたのに今さら玉の海にしなくても、と諭した。 <玉の海> だが、横綱の意... -
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四股名あれこれ ~の・ノ・乃海4
◆昭和戦後 2代目玉乃海 最高位関脇荒法師と呼ばれ、金色のまわしで戦後最初の九州本場所で優勝した。ただし、横綱・大関戦は皆無であった。栃錦をよく負かし、11勝16敗の対戦成績だった。片男波部屋をおこし、横綱玉の海を育てた。 玉乃海には空白の約9... -
コラム・論考
四股名あれこれ ~の・ノ・乃海3
◆昭和戦前晴ノ海 最高位前12 幕内5人目の越ノ海 最高位前6 初代玉ノ海 最高位関脇怪力でならした力士。横綱双葉山に勝ったことがある。師匠玉錦亡きあとニ所ノ関を継いで二枚鑑札となった。玉ノ海の二所ノ関は一大方針を打ち出した。幕内にまでなっ... -
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四股名あれこれ ~の・ノ・乃海2
引き続き江戸・東京相撲の最高位幕内力士の四股名~の・ノ・乃海をみていこう。 ◆明治鯱ノ海 最高位小結幕内上位に位置し、小結に10場所在位した。幕内成績99勝78敗30分9預を残した。 初代西ノ海 番付に横綱が載るきっかけをつくった横綱である。横綱は... -
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四股名あれこれ ~の・ノ・乃海1
~の・ノ・乃海に限定した四股名ついて調査してみた。対象は江戸・東京相撲の最高位幕内力士である。現役では2代目佐田の海、英乃海、志摩ノ海、湘南乃海、美ノ海である。令和に入幕した力士は志摩ノ海以降である。まだ誰も小結に到達していない共通点が... -
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靖国巡業にみた大相撲人気
靖国神社の相撲場で14日巡業が行われた。靖国神社相撲場は地下鉄の九段下からいった。けっこう距離があって歩く。すでに長蛇の列であった。8時25分に並んだが先頭ははるかかなたであった。 今までは木々に囲まれた自然のなかに並んだことはある。そこを出... -
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番付10年ひと昔
人生では10年ひと昔という。それは番付においてもいえるかもしれない。来たる五月場所の10年前は2015年の五月場所である。照ノ富士が関脇で初優勝した場所である。場所後大関に昇進した。横綱は白鵬、日馬富士、鶴竜であった。 <照ノ富士初優勝> 幕内は... -
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11人の全勝優勝力士
全勝優勝。それは完全優勝といっていい。元安藝ノ海の永田氏は言う。「全勝と1敗は大変な違いだよ」その全勝優勝を3回以上達成した力士は11人しかいない。公式優勝制度は大正15年からである。そのため常ノ花は優勝8回全勝2回とした。 双葉山 8回羽黒... -
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2025年4月幕内年齢番付
幕内の年齢番付を作成した。幕内は来たる五月場所番付で幕内が予想される力士とした。年齢は2025年4月30日現在とした。同年齢は生まれた年月日が遅い力士を上位にした。それが以下である。 20代が24人、30代以上が18人である。幕内はけっこう若返った。若... -
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安藝ノ海昭和50年の相撲界を斬る
安藝ノ海といえば双葉山の連勝記録を69でストップした力士である。それまで稽古をしたことがなかった。双葉山から声がかかったが、盲腸炎で稽古どころではなかった。盲腸炎のおかげで双葉山に勝てたというわけだ。 <安藝ノ海のブロマイド> 双葉山の連勝... -
コラム・論考
増加する本名関取
元栃錦の春日野理事長時代、本名力士にりっぱな四股名をつけるよううながしたことがあった。当時蔵間,板井などがいた。冗談だが、蔵間山(鞍馬山)、大板井(大痛い)にでもしますか、と言われた。また北尾を双羽黒と名づける方向性を示したのは春日野だ... -
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3強1年間の成績
三月場所は大の里の3回目の優勝で幕を閉じた。大の里の優勝はここ1年で3回達成したことになる。優勝は小結・関脇・大関と出世のたびに優勝したわけである。ここ1年は昨年の五月場所から今年の三月場所までの6場所である。 <大の里> 3回優勝したら... -
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幕下の外国出身力士事情 下
引き続き幕下の外国出身力士に触れていこう。全員モンゴルである。 旭海雄大島(元旭天鵬)部屋 24歳最高位幕下8 幕下成績20勝8敗旭海雄は高校のとき15歳で来日し、高校相撲大会に参加した。大学は日本体育大学に進学した。大学の同期に大の里、阿武剋... -
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幕下の外国出身力士事情 上
幕下には外国出身力士が9人いる。といっても全員モンゴル出身である。幕下の一大勢力である。大翔鵬は元関取だが、8人は関取を目指しての戦いが続いている。彼らの可能性をみていこう。 琴拳龍 佐渡ヶ嶽(元琴ノ若)部屋 21歳 最高位幕下8 幕下成績4... -
コラム・論考
令和幕内・元幕内力士引退事情
一月場所、照ノ富士の突然の引退には驚かされた。照ノ富士の引退の陰に隠れたが、阿武咲の元幕内力士も引退した。阿武咲は幕下で場所前に引退した。令和に入ってどのくらいのペースで幕内・元幕内力士は引退したのか、調査してみた。 <安美錦の引退相撲>... -
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2025年2月版大相撲Q&A
Q,立浪部屋は名門なのですか。 A,豊昇龍が横綱に昇進しました。これは立浪部屋では双葉山、羽黒山、双羽黒に次ぐ4人目の横綱です。出羽海部屋は9人横綱を出していますが、昭和以降では5人です。双葉山、羽黒山に大関名寄岩で立浪三羽烏と呼ばれました。... -
コラム・論考
優勝豊勝龍の相撲内容を採点する 下
引き続き豊昇龍の相撲内容を採点していこう。採点基準は5点満点でどれだけ自分の力を発揮したかを基準とした。細部の点数もいれて0.5単位で採点した。 九日目2●(突き落とし)平戸海 十日目4〇(上手出し投げ)大栄翔 十一日目4,5〇(寄り倒し)千代翔馬... -
コラム・論考
優勝豊勝龍の相撲内容を採点する 上
一月場所豊昇龍が優勝決定巴戦を制し、12勝3敗で優勝した。大関在位9場所目の大関初優勝であった。豊勝龍の相撲内容はどうであったか。一番一番をつぶさに採点してみた。 採点は5点満点でどれだけ自分の力を発揮したかを基準とした。細かい点数もいれて... -
コラム・論考
減少し始めた力士数
一月場所、突然三段目の枚数が80枚に変わった。三段目付け出しに碇潟が加わったので161人になったことになる。思えば三段目が100枚から90枚になったのは2022年五月場所からであった。三段目90枚は2年5場所しかもたなかったことになる。 それだけではない... -
コラム・論考
3強のここ1年間の成績
2024年の年間最多勝は琴櫻だった。成績は66勝24敗だった。次点が1勝差で大の里だった。だが、1年間は一月場所から十一月場所に限定しない場合もある。昨年三月場所から今年の一月場所も1年間である。そこで、豊昇龍、琴櫻、大の里の3強の成績を調査し... -
コラム・論考
2024年土俵の目撃者を振り返って
2024年は366日ありました。そのうち365日執筆してきました。本場所のないときでも農閑期はありません。話題性や問題点を探ります。ときには思わぬ記録に時間をかけて調査しました。 今年、年間最多勝レースは人気がありました。番付では幕内体重番付、私製... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち 番外編
三賞を7回獲得した力士を記録のメモ帳として最後にあげておく。 三根山 殊5敢2時津山 殊3敢4富士錦 殊2敢4技1栃ノ海 殊1敢0技6豊山 殊3敢4豊山は3場所連続ダブル受賞である。 <豊山> 清國 殊3敢0技4福の花 殊0敢7藤ノ川 ... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち23
◆三賞獲得19回 安芸乃島 殊7敢8技4三賞19回獲得は最高記録である。強豪関脇かつ幕内人生11年以上のなせる数字である。安芸乃島は入幕から最後の三賞まで幕内在位は69場所であった。 安芸乃島の入幕は昭和63年三月場所である。翌場所十両落ちしたが、1... -
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三賞多数獲得者たち22
◆三賞獲得18 琴錦 殊7敢3技8琴錦は2代目である。初代は佐渡ヶ嶽部屋の創始者である。四股名は初代琴錦の故郷である香川県の観音寺にある琴弾八幡宮に由来している。2代目琴錦が入幕したのは平成元年五月場所だった。初の三賞は1年後の平成2年五月... -
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三賞多数獲得者たち21
ここから三賞受賞者獲得ビッグ3の登場となる。 魁皇 殊10敢5技0魁皇の殊勲賞10回は朝潮と並んでトップタイである。魁皇は殊勲の力士といえる。魁皇は平成5年五月場所入幕した。このときは力及ばず十両に落ちた。再入幕は十一月場所だった。 平成6年... -
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明日のホープ
今年(2024年)は大の里が入幕した。三賞は8連続受賞した。それだけではない。関脇以下で2回優勝した。スピード出世し、入幕6場所後に大関に昇進した。大型ホープにわいた1年になった。 大の里に続く明日のホープは誰か。今年(2024年)関脇・小結に最... -
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永眠北の富士その力士・親方・解説者の一生5
大相撲を生で観戦できる人数は限られている。大多数はテレビで観戦である。それだけに大相撲中継の内容、特に解説者は大切になる。相撲理念、相撲哲学をもっている方は興味深い。あるいは体験した者でなければわからないことを伝えるのもいい。大相撲中継... -
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今年(2024年)の土俵から下
七月場所、照ノ富士が10回目の優勝を成し遂げた。これまで10回以上優勝した者は13人しかいない。双葉山、栃錦、初代若乃花、大鵬、北の富士、輪島、北の湖、千代の富士、曙、貴乃花、武蔵丸、朝青龍、白鵬である。常ノ花は公式優勝制度では8回である。照... -
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今年(2024年)の土俵から上
一月場所、北青鵬が突然途中休場した。今思うとこれは出場停止の意味合いが強かった。弟弟子への暴行が公になったのは場所後だった。宮城野(元白鵬)部屋が閉鎖に追い込まれ、親方・力士が伊勢ヶ濱部屋に移籍することになった。 <北青鵬> 一月場所、... -
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三賞多数獲得者たち20
貴闘力 殊3敢10技1貴闘力は敢闘賞を10回受賞している。これは最多敢闘賞でまさに敢闘あふれる相撲であった。ちなみに福の花・旭天鵬は三賞を7回受賞しているがすべて敢闘賞である。 入幕は平成2年九月場所であった。そこでまず敢闘賞を受賞した。22歳... -
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永眠北の富士その力士・親方・解説者の一生4
引退した北の富士は独立して井筒部屋をおこした。元千代の山の九重は出羽海(元出羽ノ花)部屋から破門波紋独立した。その際自分についてきてくれた北の富士を快く送り出し独立させた。ところが一転する事態が起きた。 <九重> 九重が急逝したのである。5... -
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2024年版幕下のホープ 下
引き続き今年(2024年)好成績だった幕下力士をみていこう。元関取以外の好成績者は以下である。 旭海雄 33勝9敗 済出羽大海28勝8敗8休若ノ勝 27勝15敗玉欧山 27勝15敗 済肥後ノ海26勝16敗 6場所未満で勝ち越し12以上聖白鵬 24勝4敗(4場所)... -
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永眠北の富士その力士・親方・解説者の一生3
燃える要素がある時の北の富士は強い。昭和42年三月場所初優勝からかなり時間が経過した昭和44年七月場所が燃えるきっかけになった。時代は進み、柏戸はこの場所引退した。大鵬は晩年に入っていた。そんな中で新大関清國が優勝した。清國に新横綱の期待が... -
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2024年架空年間三賞
現在はないが、年間三賞はかつて日刊スポーツが制定していた。大関の登竜門となり、誰が受賞するか楽しみであった。受賞者は一月場所初日、土俵で表彰された。今年(2024年)の架空年間三賞を選出してみた。 まず、今年の三賞受賞者を振り返ってみる。 ... -
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2024年版幕下のホープ 上
2024年版の幕下のホープを展開してみる。2023年に引き続き、1年間の幕下及び幕下以下の年間勝成績を基準にした。十一月場所幕下在位力士を対象とした。なお、元関取は対象外とした。それが以下である。 旭海雄 33勝9敗出羽大海28勝8敗8休若ノ勝 27勝... -
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永眠北の富士その力士・親方・解説者の一生 2
出羽海(元出羽ノ花)から破門された九重(元千代の山)部屋は高砂一門に入った。高砂(元前田山)が九重を迎え入れたからである。昭和42年の三月場所、独立した九重部屋が初めて迎えた本場所であった。当時番付は、横綱が大鵬、佐田の山、柏戸、大関が北... -
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永眠北の富士その力士・親方・解説者の一生 1
近年解説者として姿を見せることがなくなった北の富士さん。十一月場所中、突如訃報が伝えられた。82歳の生涯であった。80歳以上生きた横綱としては6人目であった。力士・親方・解説者としての一生を改めて振り返ってみる。 北の富士は昭和39年一月場所入... -
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1場所2度以上休場した力士8
ここからはなじみの力士が登場する。現役が含まれる。 平成31年一月場所 十2隆の勝○●■ややややや○●■やややや現役である。2度休場した場所は入幕3場所目である。初土俵以降初めての休場であった。今度の十一月場所、幕内在位32場所で最高位は関脇である... -
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三賞多数獲得者たち19
◆三賞獲得14回 朝潮 殊10敢3技1朝潮は近畿大学出身で幕下2場所、十両2場所で突破して入幕した。昭和53年十一月場所のことである。朝潮が関脇以下でいた場所は27場所である。それでいて14回三賞に輝いている。 朝潮は殊勲賞を10回受賞している。これは... -
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1場所2度以上休場した力士7
前回平成4年三月場所の若花田で終わっている。もう一人いる。 平成4年三月場所 前17琴稲妻○○○●■やややややや●■やや幕内在位60場所、最高位小結であった。幕内では2回目の休場場所であり、最後の休場場所であった。12勝の大関若乃花・貴ノ浪に勝って殊... -
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三賞多数獲得者たち18
◆三賞獲得14回 鶴ヶ嶺 殊2敢2技10鶴ヶ嶺は非常に息の長い力士であった。24歳で入幕し38歳で引退した。その中でこつこつ三賞を積み重ねてきた。はでな受賞歴はないが、初めて三賞受賞数14回に到達した力士であった。 入幕は昭和28年春場所であった。当時... -
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優勝物語 有終の美を飾れなかった主な優勝力士 下
優勝決定戦がなく、千秋楽有終の美を飾れなかった主な力士のテーマは最終回を迎えた。 まずは千代の富士の弟弟子北勝海である。関脇・大関・横綱で各1回経験している。関脇のときは保志(本名)の四股名であった。昭和61年3月 13勝2敗 ●小結小錦初優...