本名をもじった四股名には、山田川(本名・山田)、大内山(本名・大内)、佐田の山(本名・佐々田)、舛田山(本名・舛田)などがある。相撲記者の田口 通廣が、本名のはっきりしている明治以降の幕内力士から探すと、明治には見つからず、大正の山田川が最初だった。上編と下編をあわせて16人を挙げている。
※この上編は大正から戦後昭和まで。平成以降の久島海・濱ノ嶋・一山本などは下編にある。
本名をもじった四股名とは|明治以降の幕内力士から探した
本名そのままの四股名は、田口がこれまでにも取り上げてきた(増加する本名関取)。この回は、本名に字を足したり変えたりした「もじり」の四股名を集めている。
対象は、本名が比較的はっきりしている明治以降の幕内力士とした。それでも明治には、これといった例が見つからなかった。
本名をもじった四股名の力士一覧(上編)
上編に出てくる力士を、四股名と本名の順に並べる。メモは田口の記述から取った。
| 四股名 | 本名 | 時代 | メモ |
|---|---|---|---|
| 山田川 | 山田 | 大正 | 幕内在位1場所 |
| 藤田山 | 藤田 | 戦後 | 藤田と藤田山の改名を3度くり返した |
| 大内山 | 大内 | 戦後昭和 | 大関。やつでのような手の突っ張りで栃錦と死闘 |
| 吉井山 | 吉井 | 戦後昭和 | — |
| 福田山 | 福田 | 戦後昭和 | 大鵬に2勝 |
| 佐田の山 | 佐々田 | 戦後昭和 | 平幕優勝から横綱。のち市川家に婿入り |
| 白田山 | 白田 | 戦後昭和 | 71場所かかって入幕 |
| 吉の谷 | 吉谷 | 戦後昭和 | 小兵ながら闘志の力士。幕内在位7場所 |
| 舛田山 | 舛田 | 戦後昭和 | 最高位は関脇。引退後に千賀ノ浦部屋をおこした |
大正の山田川と、改名を3度くり返した藤田山
大正は山田川から始まる。本名は山田で、幕内在位は1場所で終わった。
次は戦後の藤田山で、本名は藤田。本名の藤田と四股名の藤田山のあいだで、改名を3度くり返している。
大内山|やつでのような手の突っ張りで栃錦と死闘

大内山の本名は大内で、戦後昭和の大関である。やつでのような手の突っ張りで、栃錦と死闘を演じた。
その一番は、最後に栃錦が窮余の首投げで決めた。名勝負として語られている。
佐田の山|平幕優勝から横綱へ、本名は佐々田
吉井山と福田山が続く。本名はそれぞれ吉井と福田である。福田山は大鵬に2勝しているが、田口は、そのうち一番は誤審だったと書いている。

佐田の山は、平幕優勝しながら横綱にまで登りつめた。当時は、平幕優勝した力士は大関になれないというジンクスがあった。
本名は佐々田で、のちに市川家へ婿入りしている。佐田の山の現役と理事長時代は佐田の山死去 その現役と理事長時代をふり返るでたどっている。
白田山・吉の谷・舛田山
戦後昭和はまだ続く。白田山は、入幕までに71場所かかった。本名は白田である。
吉の谷は小兵ながら闘志の力士だった。本名は吉谷で、幕内在位は7場所だった。
舛田山の本名は舛田で、最高位は関脇。引退後は千賀ノ浦部屋をおこし、舛ノ山などを育てた。
部屋は一門の外の元隆三杉に継がれ、この記事を書いた2025年6月の時点では常盤山部屋に改称している。舛の勝は、部屋が元隆三杉に引き継がれると隆の勝に改名した(隆の勝の変遷)。
下編は平成の久島海から、上下で16人
続きの四股名あれこれ 本名をもじったもの 下は、平成の久島海から始まる。小結までいった濱ノ嶋、令和の現役力士の一山本などが並び、上下あわせて16人になった。
改名の前後の四股名は力士の改名・旧四股名 一覧にまとめている。
本名をもじった四股名についてよくある質問
本名をもじった四股名には、どんな例がありますか?
山田川(本名・山田)、大内山(本名・大内)、佐田の山(本名・佐々田)、舛田山(本名・舛田)などです。上編と下編をあわせて16人が挙がっています。
本名をもじった四股名で、いちばん古いのは誰ですか?
本名のはっきりしている明治以降の幕内力士から探したところ、明治には見つからず、大正の山田川(本名・山田)が最初でした。
佐田の山の本名は何ですか?
佐々田です。平幕優勝から横綱に上がり、のちに市川家へ婿入りしています。
舛田山の本名と、引退後の歩みは?
本名は舛田で、最高位は関脇です。引退後に千賀ノ浦部屋をおこし、舛ノ山などを育てました。