若ノ勝は相撲少年であった。だがそれは空手または柔道とのかけも
ちであった。中学は相撲部があるところを目指して遠距離通学であ
った。最後の中学生活で千賀ノ浦(元隆三杉)部屋へ稽古にいった
ことがあった。貴景勝への特別な思いから進学は埼玉栄高校へ進学
した。高校卒業見込みの一月場所前相撲のために千賀ノ浦を改称し
た常盤山(元隆三杉)部屋に入門した。


前相撲に大青山(最高位十両筆頭)がいた。四股名は序ノ口から若
ノ勝であった。令和4年は序ノ口から幕下まで駆け上がったが、初
の幕下で負け越した。5場所で25勝10敗だった。大青山とは序ノ口、
序二段、三段目で戦って1勝2敗であった。欧勝海戦があったが敗
れている。
令和5年は三段目からの再スタートとなった。番付を幕下に戻し定
着した年になった。2回負け越しがあったが、この年は25勝17敗の
成績を残した。羽出山と対戦して勝利した。大青山・朝白龍に敗れ
ている。大青山にはここまで1勝3敗である。
令和6年は幕下27枚目から出発した。幕下7枚目まで番付を上げて
きた。この年は27勝15敗の成績を残した。朝白龍に1勝2敗、草野
(義ノ富士)に1敗、若碇(藤ノ川)に1勝している。朝白龍には
ここまで通算1勝3敗である。

令和7年一月場所は東幕下筆頭で十両をかけた場所になった。まず
十両の大翔鵬に勝利した。2番相撲は草野(義ノ富士)に敗れ、1
勝1敗になった。その後勝ちが先行して4勝2敗で勝ち越した。7
番相撲は十両3枚目の剣翔に当てられたが、不調のため5勝目につ
なげた。十両まで18場所かかった。ここまで82勝44敗だった。
新十両の場所は7勝8敗で惜敗した。続く十両2場所目はケガに襲
われた。右リスフラン靱帯損傷で3日目から休場した。幕下陥落と
なって2場所かかって十両に復帰した。

再十両は3場所すべて勝ち越した。令和8年一月場所、再十両2場
所目には相撲人生初の優勝を経験した。12勝3敗の成績だった。場
所後常磐山部屋は元貴景勝が継承し、湊川部屋としてスタートした。
十両3枚目に番付を上げてきた。そこで11勝4敗の好成績をあげ、
文句なしに入幕を決めた。4年1場所かかった。
若ノ勝 栃木県出身 湊川部屋 22歳
178センチ 145キロ 突き押し相撲