千代の山は戦後相撲界の期待のホープだった。戦後日本の古いもの
はみんなだめという風潮であった。大相撲も例外ではなかった。大
衆の心は相撲から離れていった。加えて食糧事情が悪かった。なお
「千代ノ山」の時期があったが、ここでは「千代の山」に統一させ
ていただく。
千代の山は期待に応えてスピード出世した。5場所で十両入り。十
両2場所で入幕した。新入幕で10戦全勝している。優勝決定戦制度
はまだなかった時代である。横綱羽黒山が10勝で優勝している。

横綱審議委員会が設置され、千代の山は推挙第1号になった。成績
は11勝4敗ー8勝7敗ー14勝1敗優勝であった。この成績のどこが
横綱に値するのだろう。まだ明確な昇進基準はなかったが、現代な
らありえない。横綱昇進の迷走はすでに始まっていた。
横綱になった千代の山は優勝ができない。それだけではない。横綱
5,6場所目に連続途中休場してしまった。ふがいなさにヤジが飛
ぶありさまであった。生真面目な千代の山は相当悩み、責任を感じ
ていた。部屋の藤島(元安藝ノ海)親方を通し、横綱返上を申し入
れた。大関からやり直したい、というのである。前例のない横綱返
上問題が相撲界及び世間を騒がせた。師匠である出羽海(元常ノ花)
は留意をうながし、再起を期すことで終着した。

千代の山の横綱時代の平幕との対戦成績は144勝34敗であった。金
星配給率は19%である。1場所7番平幕戦があれば1.3個提供する
ことになる。琴錦、朝潮、安念山に3個金星を提供している。なお、
横綱返上問題後千代の山は26場所務め(フル出場16場所)、3回優
勝している。