炎鵬の復活劇

最初に公開稽古総見について触れておく。雨が降りしきる中大勢の
相撲ファンがかけつけた。ファンクラブ及び同行者優先であった。
正門でK夫人と出会った。5分後待ち合わせたN氏と落ち合った。7
時前だったが、ファンクラブの列は長蛇になっていた。意外とファ
ンクラブの方は多かったことになる。

館内に入ったとき、幕下の精鋭の稽古が始まっていた。さらに十両・
幕内へと進んだ。この日の稽古だけではどうこう言えない。申し合
いならなおさらである。稽古は日々の積み重ねである。

それでも見えた部分があった。それは横綱大の里、高安が土俵に姿
を見せなかったことである。大の里は会場に姿は見せていた。大の
里は大丈夫なのか。万全ではないのか。気になった。また、大関に
復帰した霧島が意欲的だった。

閑話休題

炎鵬はかつて幕内で活躍し、技の相撲で魅せてきた。足取り、かい
な捻り、上手捻り、下手投げなど多彩な技を繰り出した。技能賞を
受賞したことがあった。大関豪栄道に勝ったことがあった。阿炎の
足を取って高々と持ち上げたことがあった。

阿炎に足取り

十両炎鵬が頚部椎間板ヘルニアのため途中休場したのは令和5年五
月場所だった。幕下に転落してから6場所連続全休が続いた。番付
は下がり序ノ口からの再出発となった。令和6年七月場所のことで
あった。この時29歳。序ノ口から三段目までの4場所はすべて6勝
1敗で進み、24勝4敗の好成績を残した。

三段目時代

幕下は7場所かかった。負け越しは2場所で、1場所は途中休場で
あった。左腓骨(ひこつ)を剥離骨折によるものであった。惜しか
ったのは今年(令和8年)の一月場所である。幕下11枚目6勝で七
番相撲を迎えた。勝てば幕下優勝と同時に十両再昇進が決まる。だ
が、延原に敗れ土俵で大の字になるほど失ったモノは大きかった。

幕下優勝を逃した炎鵬

先場所再チャレンジし、5勝2敗で再十両を決めた。幕下時代の成
績は32勝14敗3休であった。令和7年五月場所、朝白龍と対戦して
敗れている。2年5場所の幕下以下の年月であった。五月場所は31
歳で迎える。炎鵬の人気はさらに加速しそうである。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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