2025年の引退力士一覧|照ノ富士・遠藤ら十両以上7人と、場所ごとの引退者59人・入門者63人

2025年に引退した力士は59人。一月場所から十一月場所までの6場所の合計で、田口が場所ごとに数えた人数と、日本相撲協会の「引退力士情報」を当サイトが数えた人数は同じだった。十両以上の経験者は、横綱 照ノ富士、元関脇 宝富士、元小結の阿武咲・北勝富士・遠藤、元幕内の旭大星・水戸龍の7人(協会の「引退のお知らせ」)。

このうち照ノ富士・北勝富士・宝富士・遠藤の4人は、年寄として協会に残った。入門者は63人で、引退者の59人を上回った(田口の集計)。田口は、入門者数が引退者数を上回るのは近年では珍しいと書いている。

▶ 2026年に引退した力士は、協会の発表をもとに「2026年に引退した力士一覧」にまとめている(場所ごとに追記)。

目次

2025年に引退した十両以上の力士一覧(7人)

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協会の「協会からのお知らせ」には、2025年の6場所で引退した力士のうち、十両以上の経験がある7人の引退が1人ずつ載っている。表はこの7件に、力士プロフィールの最高位を合わせて作った。お知らせに引退の理由は書かれていないので、このページにも書いていない。

引退した場所
(受理・承認の日)
四股名最高位所属部屋年寄名跡田口の記事
一月場所
(2024年12月18日)
阿武咲小結阿武松—阿武咲・豊山の出世街道
一月場所
(2024年12月25日)
旭大星前頭八枚目大島—旭大星の出世街道
一月場所
(1月17日)
照ノ富士第73代横綱伊勢ヶ濱照ノ富士→
伊勢ヶ濱
引退大相撲レポート
五月場所
(5月15日)
北勝富士小結八角大山引退大相撲レポート
九月場所
(9月19日)
水戸龍前頭十三枚目錦戸—水戸龍の出世街道
九月場所
(10月1日)
宝富士関脇伊勢ヶ濱桐山引退大相撲レポート
十一月場所
(11月1日)
遠藤小結追手風北陣遠藤は第二の輪島になれるか
出典=日本相撲協会「協会からのお知らせ」の引退のお知らせ・引退および年寄襲名(承認)のお知らせ7件と、照ノ富士の伊勢ヶ濱継承のお知らせ(2025年6月9日付)、各力士の力士プロフィール(最高位・引退場所)。2026年9月27日取得。引退した場所は協会の区分(プロフィールの「引退場所」)で、日付はお知らせにある引退届の受理か理事会の承認の日。年寄名跡はお知らせと年寄一覧(2026年9月27日取得)による。「田口の記事」は相撲記者・田口 通廣がその力士を書いた当サイトの記事。

阿武咲・旭大星は2024年12月に引退届が受理された。2人とも2025年一月場所の番付に名前があり(協会の大帳)、引退力士情報でも「令和七年一月場所引退」に入っているので、2025年の引退として数えている。

場所ごとの引退者数と入門者数|引退59人・入門63人

田口は2025年の6場所の入門者数と引退者数を、次のように数えている。引退の人数は、協会の「引退力士情報」の保存版(インターネットアーカイブ)で当サイトが数えた人数と、6場所とも同じだった。引退がいちばん多かったのは九月場所の16人。

場所入門引退うち十両
以上の経験
引退の発表日(人数)
一月場所5人12人3人2024年12月18日(1人)
2024年12月25日(1人)
1月17日(1人)
1月29日(9人)
三月場所34人7人0人3月26日(7人)
五月場所14人11人1人4月14日(1人)
5月15日(1人)
5月28日(9人)
七月場所4人8人0人7月30日(8人)
九月場所3人16人2人9月19日(1人)
10月1日(15人)
十一月場所3人5人1人11月1日(1人)
11月26日(4人)
計63人59人7人
出典=入門と引退の人数は田口 通廣の集計(2025年12月1日の記事)。引退の人数と発表日は、日本相撲協会「引退力士情報」の各場所の最後の保存版(インターネットアーカイブ。一月場所・三月場所・五月場所・七月場所・九月場所・十一月場所)で当サイトが数え、田口の数と照合した。十両以上の経験の有無は、59人全員の力士プロフィールの最高位で確かめた(2026年9月27日取得)。

引退したときの番付で59人を分けると、横綱1人・十両1人・幕下8人・三段目9人・序二段24人・序ノ口12人・番付外4人になる(引退力士情報の番付を当サイトが数えた)。十両以上の経験がない52人は、最高位も幕下以下である。

十両以上の7人のうち、関取の地位のまま引退したのは横綱の照ノ富士と、十両十二枚目だった宝富士の2人。残る5人(阿武咲・旭大星・北勝富士・水戸龍・遠藤)は、幕下か三段目に下がってから土俵を去った。

入門者が引退者を上回った2025年|田口の見方

田口はこの記事を、日本の人口減少の話から始めている。少子化に歯止めがきかず、空き家は増えていく。

人口減少を外国人労働者で補うといっても、日本がそもそも選ばれるのか。言葉が通じやすい英語圏のほうが働きやすく、日本語は難しいうえに文字の数が多すぎる、と田口は書く。

では大相撲界はどうか。これまでと少しだけ様相が違ってきた、として田口が示したのが上の表である。「入門者数が引退者数を上回ったのである。近年では珍しい。」と書き、就職場所といわれる三月場所だけでなく、五月場所も入門者数が上回ったことを挙げている。

五月場所の新序出世披露(田口 通廣撮影)
五月場所新序出世披露

引退では照ノ富士・阿武咲・北勝富士・遠藤など、大物や人気者が目立ったと田口は見ている。入門した力士については「入門では五島改め藤凌駕が去る十一月場所新十両優勝を成し遂げている。」と書いた。藤凌駕は十一月場所に西十両十三枚目で13勝2敗だった(協会の大帳)。

十一月場所の番付は、関取70人・幕下120人・三段目160人・序二段204人・序ノ口44人だった(田口の記事による)。5つの段を足すと598人で、協会の大帳で数えた人数も598人になる(当サイトの計算。田口の原文は合計を728人としている)。

田口は、年寄の数は最大で105人で、関取の70人より多いことにも触れている。東西が合併したとき、双方の年寄がそのまま合わさったのが始まりだという。

国技館(田口 通廣撮影)
国技館

田口はプロ野球とも比べている。支配下選手は1球団70人までで、育成選手はこの枠に入らない。育成選手は3ケタの背番号で、二軍の試合にしか出られない。

ただ、プロ野球には自由契約があるが、大相撲には無い。田口は、ベテランの森麗がいまも現役であることにも触れている(2025年12月1日の記事の時点)。

最後は力道山の話である。力道山はプロレス100年の大系を考え、少年ファンを大切にした。田口は、日本の人口減少と少子化がそのプロレス100年の大系さえ崩していき、大相撲も例外ではなくなっていくと見る。

ファンの獲得と力士のなり手を増やすことに取り組む時がいつか来る、と田口は書く。そのとき理事長は誰になっているか、と結んでいる。

十両以上の7人の最高位と歩み

初土俵・新十両・新入幕・最高位・戦歴は協会の力士プロフィール、引退したときの番付は引退力士情報の保存版のもの(2026年9月27日取得)。場所の年は西暦に直した。

阿武咲(元小結・阿武松部屋)|2024年12月18日に引退

2013年一月場所に初土俵、2015年一月場所に新十両、2017年五月場所に新入幕。最高位は小結で、幕内戦歴は297勝287敗46休(42場所)、生涯戦歴は473勝422敗59休(71場所)。一月場所の引退で、引退したときの番付は東幕下三枚目。

田口は「令和幕内・元幕内力士引退事情」(2025年2月21日)で「照ノ富士の引退の陰に隠れたが、阿武咲の元幕内力士も引退した。」と書き、「阿武咲は幕下で場所前に引退した。」と続けている。2017年には「将来の大関候補に浮上した阿武咲」も書いた。

旭大星(元幕内・大島部屋)|2024年12月25日に引退

2008年一月場所に初土俵、2014年七月場所に新十両、2018年五月場所に新入幕。最高位は前頭八枚目で、幕内戦歴は19勝23敗18休(4場所)、生涯戦歴は483勝434敗80休(100場所)。一月場所の引退で、引退したときの番付は西三段目二十枚目。

田口は新入幕を決めたときの「旭大星の出世街道」(2018年5月1日)で、「序ノ口から新十両になるまで37場所かかった。」と書いている。

照ノ富士(横綱・伊勢ヶ濱部屋)|1月17日に引退

照ノ富士最後の土俵入り(田口 通廣撮影)
照ノ富士最後の土俵入り(田口 通廣撮影・「照ノ富士引退大相撲レポート」から)

2011年五月技量審査場所に初土俵、2013年九月場所に新十両、2014年三月場所に新入幕。最高位は第73代横綱で、幕内戦歴は366勝207敗197休(52場所)、生涯戦歴は523勝275敗231休(82場所)。一月場所の引退で、引退したときの番付は東横綱。

協会は2025年1月17日の理事会で引退と年寄 照ノ富士を承認し、6月9日付で年寄 伊勢ヶ濱の継承襲名と伊勢ヶ濱部屋の継承を承認した(協会のお知らせ)。引退相撲の正式な名前は「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」で、田口がレポートを書いている。

田口は場所前の「2025年はどうなる 照ノ富士の引退はあるのか」(2025年1月2日)で「照ノ富士の引退はあるのか。十分に考えられる。」と書き、引退のあとの「令和幕内・元幕内力士引退事情」(2025年2月21日)では「一月場所、照ノ富士の突然の引退には驚かされた。」と書いた。横綱としての歩みは「第73代横綱 照ノ富士とは」にまとめた。

北勝富士(元小結・八角部屋)|5月15日に引退

北勝富士(右)と師匠八角(田口 通廣撮影)
北勝富士(右)と師匠八角(田口 通廣撮影・「北勝富士引退大相撲レポート」から)

2015年三月場所に初土俵、2016年七月場所に新十両、2016年十一月場所に新入幕。最高位は小結で、幕内戦歴は360勝338敗37休(49場所)、生涯戦歴は424勝368敗39休(61場所)。五月場所の引退で、引退したときの番付は西幕下三枚目。

協会は5月15日の理事会で引退と年寄 大山の襲名を承認した。田口は「北勝富士引退大相撲レポート」(2026年5月30日)で、北勝富士には「入門以降負け越しなしで入幕したこと」という記録があると書き、「これは貴乃花・朝青龍・白鵬もなしえていない実績である。」と添えている。引退相撲の正式な名前は「北勝富士引退年寄大山襲名披露大相撲」である。

水戸龍(元幕内・錦戸部屋)|9月19日に引退

2017年五月場所に初土俵、2018年一月場所に新十両、2022年九月場所に新入幕。最高位は前頭十三枚目で、幕内戦歴は27勝44敗4休(5場所)、生涯戦歴は332勝332敗42休(50場所)。九月場所の引退で、引退したときの番付は西幕下七枚目。

田口は新入幕のときの「水戸龍の出世街道」(2022年9月1日)で、水戸龍は十両に上がってからが長かったとして、「実に27場所かかった。」と書いている。

宝富士(元関脇・伊勢ヶ濱部屋)|10月1日に引退

2009年一月場所に初土俵、2010年九月場所に新十両、2011年七月場所に新入幕。最高位は関脇で、幕内戦歴は544勝626敗(78場所)、生涯戦歴は678勝720敗(99場所)。九月場所の引退で、引退したときの番付は東十両十二枚目。

協会は10月1日の理事会で引退と年寄 桐山の襲名を承認した。田口の「宝富士引退大相撲レポート」(2026年5月31日)によると、宝富士は断髪式のあとのあいさつで、休場なく相撲人生を送れたことと支えてくれた人たちへの感謝を話し、年寄 桐山として相撲界に恩返しをしたいと語った。

遠藤(元小結・追手風部屋)|11月1日に引退

遠藤(田口 通廣撮影)
遠藤(田口 通廣撮影・「5年前の番付」から)

2013年三月場所に初土俵、2013年七月場所に新十両、2013年九月場所に新入幕。最高位は小結で、幕内戦歴は480勝482敗73休(69場所)、生涯戦歴は527勝494敗88休(75場所)。十一月場所の引退で、引退したときの番付は東幕下三枚目。

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協会は11月1日の理事会で引退と年寄 北陣の襲名を承認した。引退相撲の「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」は、2027年1月30日(土)に両国国技館で開く(協会のお知らせ)。田口も「5年前の番付」(2026年8月10日)で「遠藤は来年一月場所後に引退相撲を行う。」と書いている。

断髪式・引退相撲の予定と田口のレポート

7人のうち、照ノ富士・北勝富士・宝富士の引退相撲は2026年に開かれ、田口がレポートを書いている(照ノ富士=1月31日の記事・北勝富士=5月30日の記事・宝富士=5月31日の記事)。遠藤の引退相撲は2027年1月30日(土)に両国国技館で開かれ、協会がお知らせで告知している。

阿武咲・旭大星・水戸龍の断髪式は、協会のお知らせに告知が無い(2026年9月27日確認)。断髪式の一日の流れとはさみの順番は「断髪式とは」にまとめた。

ほかの年の引退力士

田口がその年の入門者数と引退者数を場所ごとに数えた記事は次のとおり。2026年は、協会の発表をもとに当サイトが場所ごとにまとめている。

令和に入ってから引退した幕内・元幕内の力士は「令和幕内・元幕内力士引退事情」、2020年に引退した蒼国来・豊ノ島・栃煌山らは「引退力士あれこれ」で田口が書いている。

2025年の引退力士についてよくある質問

Q. 2025年に引退した力士は誰ですか?
十両以上の経験者は阿武咲・旭大星・照ノ富士・北勝富士・水戸龍・宝富士・遠藤の7人です(協会のお知らせの発表順)。幕下以下を含めると、2025年の6場所で59人が引退しました(田口の集計。協会の引退力士情報の人数と同じ)。

Q. 2025年に引退した力士は何人ですか?
59人です。場所ごとには一月場所12人・三月場所7人・五月場所11人・七月場所8人・九月場所16人・十一月場所5人でした。

Q. 2025年に引退して親方になった力士は?
照ノ富士・北勝富士・宝富士・遠藤の4人です。今の年寄名は、照ノ富士が伊勢ヶ濱、北勝富士が大山、宝富士が桐山、遠藤が北陣です(協会の年寄一覧・2026年9月27日取得)。

Q. 遠藤の引退相撲はいつですか?
2027年1月30日(土)に両国国技館で開かれます(協会のお知らせ「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」)。

Q. 2025年の入門者は何人でしたか?
田口の集計で63人です。三月場所の34人がいちばん多く、年間では引退者の59人を上回りました。

▶ あわせて読みたい:2026年に引退した力士一覧/断髪式とは|引退相撲で髷を切る一日の流れ/年寄株の空きと定年が近い親方の一覧/番付編成会議とは/令和幕内・元幕内力士引退事情

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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