大相撲

阿武咲・小柳改め豊山の出世街道

2017年5月4日

五月場所、阿武咲・小柳改め豊山が新入幕を
果たした。両力士とも期待される逸材として
下のころから注目を集めてきた。阿武咲・
小柳改め豊山はここまでどんな出世街道を
歩んできたのかみていこう。
阿武 小柳1A
阿武咲はわずか11場所で十両昇進を決定した。
2年かかっていない。スピード出世である。
その要因は少年のころから相撲を取り続けて
きたことが大きい。何より一般の力士より
相撲歴が長い。さらに、好きで取り組むか
いやいや取り組むかでは、段違いである。
何より、少年の頃から相撲を取ることは、
心身ともに相撲っ子となって根付く。ほかの
スポーツ、例えば水泳・サッカー・フィギュ
アスケートなどでも早くから取り組んだ者に
も見られる特徴である。輪島・遠藤も相撲
少年であった。
140516六日目幕下 440阿武対堀切
<H26年五月場所 阿武咲(左)対堀切(後の阿炎)>
 
阿武咲で特筆すべきは、序ノ口から十両昇進
までただの1度も負け越しがないのである。
序ノ口以降11場所連続勝ち越しで十両入り
したのである。これは白鵬、稀勢の里もでき
ない快挙である。白鵬は序ノ口と三段目で
負け越し、稀勢の里は三段目と幕下で負け
越している。現役では栃煌山、栃ノ心が数少
ない勝ち越しだけの十両昇進達成者である。
160325十三日目十両幕下以下 145
<H28年三月場所デビューした小柳>
 
新しい制度として三段目付出制度が始まった。
その最初の適用となったのが小柳と石橋(後
の朝乃山)である。昨年(平成28年)の三月
場所で小柳は三段目付出でデビューした。
そしてその場所で優勝した。快進撃は続き、
翌場所の五月場所で幕下優勝し、番付を大き
く上げた。小柳が底力を見せたのは、九月
場所幕下東筆頭のときである。いきなり3連
敗で窮地においこまれた。しかし、そこから4
連勝し、盛り返して十両入りを決定的にした。 
阿武 小柳2A
十両入りした阿武咲はまだ18歳であった。
若さと勢いでどこまで成長するかと期待され
たが、十両では一進一退であった。1度は
幕下にまで陥落した。結局新十両から2年
2場所という、長い期間をかけて新入幕を
果たした。この間十両優勝は1回もなかった。
阿武咲の相撲がどこまで幕内で通用するか
注目である。
150111初日幕下以下 667
H27年一月 新十両の阿武咲>
 
小柳は3場所で十両を通過している。3場所
の成績は28勝だから、1場所平均9.3勝であり、
ゆるやかに番付をあげていった印象である。
十両優勝はない。農大-時津風部屋という
路線からなじみの豊山に改名した。三段目
付出以後目下7場所連続勝ち越し中である。
五月場所、豊山の新たな戦いが始まる。
1611213初日幕下 284
<H28年十一月 新十両の小柳>

昼間は暑かった。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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