番付編成会議は、本場所が終わったあとに次の場所の番付を決める日本相撲協会の会議である。協会は「番附編成会議は、本場所終了後3日以内に開催し、横綱・大関・十両昇進力士は直ちに発表しております。他は次回の本場所前に定められる新番附発表日に発表します。」と説明している。会議の日に表に出るのは横綱・大関・十両への昇進だけで、ほかの地位は番付発表日まで出てこない。2023年11月〜2026年7月の回を当サイトが数えると、番付発表は会議の26〜34日後で、協会の資料で日付を確かめられた16回はどれも千秋楽の3日後の水曜日だった。秋場所2026のあとの会議は9月30日(水)に開かれ、新十両2人・再十両0人が発表された。九州場所の番付発表は10月26日(月)である。
出典: 日本相撲協会「協会の使命・組織」「新十両力士一覧」「本場所の年間日程表」と協会のお知らせ(id=629・id=725ほか)(過去の資料は2026年9月26日、9月30日発表分は2026年10月2日確認)。過去の回は下の一覧、いまの十両の顔ぶれは十両力士の顔 一覧へ。
番付編成会議とは|協会の説明は「本場所終了後3日以内に開催」
協会の公式サイトの「協会の使命・組織」は、本場所について「日本相撲協会は現在、1年間に6回の本場所(一月場所、三月場所、五月場所、七月場所、九月場所、十一月場所)を挙行しており、力士の成績によって、その昇降を番附として発表しております。」と書き、そのすぐあとに番付編成会議の一文を置いている(協会はこのページで「番付」を「番附」と書いている)。開く時期は「本場所終了後3日以内」。会議で決めたことのうち、その日に発表するものと、次の番付発表日まで出さないものが分けてある。
| 会議の日に発表されるもの | 番付発表日まで発表されないもの |
|---|---|
| 横綱への昇進 大関への昇進 十両への昇進(新十両・再十両) | 関脇・小結・前頭の地位 新入幕・再入幕 十両から幕下への陥落 幕下以下の地位 |
開く日は昔から同じではない。田口は昭和26年から33年にかけての大関昇進を調べた記事で、「当時は千秋楽の翌日が番付編成会議であった。」「新大関誕生となれば、使者が部屋へ伝達に立つ。」と書いている(記事17212「大関昇進、その成績 1」・2014年8月5日)。
横綱と大関は、会議と同じ日の理事会で決まる
横綱・大関への昇進が決まると、協会はお知らせを出す。2024年以降の6回はどれも「番付編成会議および理事会を開き」と書かれていて、たとえば霧島の大関昇進は「3月25日に番付編成会議および理事会を開き、関脇 霧島(音羽山部屋)の大関昇進を決定、発表しました。」(令和8年三月場所終了時の情報)となっている。
| 会議の日 | 昇進 | 協会のお知らせの題 |
|---|---|---|
| 2024年1月31日 | 琴ノ若 大関 | 「新大関 琴ノ若 誕生」 |
| 2024年9月25日 | 大の里 大関 | 「新大関 大の里 誕生」 |
| 2025年1月29日 | 豊昇龍 横綱 | 「第74代横綱 豊昇龍 誕生」 |
| 2025年5月28日 | 大の里 横綱 | 「第75代横綱 大の里 誕生」 |
| 2025年11月26日 | 安青錦 大関 | 「新大関 安青錦 誕生」 |
| 2026年3月25日 | 霧島 大関 | 「大関 霧島 誕生」 |
横綱には、その前にもう一段ある。協会は横綱審議委員会を「協会外の有識者の委員によって構成され、主に横綱の推薦を行う機関」と説明している。田口は流れをこうまとめた。「審判部が横綱に推挙したい力士がいるとき、理事長はこれを受けて横綱審議委員会に諮問する。ここで承認されると、番付編成会議、理事会で正式に決定する。こうした流れで、今日横綱は誕生する。」(記事18236「横綱10大史1 その起源」・2017年8月10日)。大関の目安は大関昇進の条件にまとめてある。
十両への昇進だけが、横綱・大関と並んで早く出る理由
十両昇進を会議の日に出す理由は、協会のページには書かれていない。田口は2017年九月場所のあとの会議の日に、「本日十両昇進が発表された。」で始まる記事を書き、後半でこう書いた。「十両昇進が場所後の番付編成会議後発表されるようになったのは、そもそも昭和46年7月からである。つまりそれ以前は番付発表で十両昇進が判明したわけである。なぜ、十両は場所後の発表になったのか。それは、新十両は化粧まわし、締め込み、紋付羽織袴など準備が必要であるからだ。早めに発表するから早めに準備しなさい、というわけである。」(記事18276「早めの十両昇進発表の意味」・2017年9月27日)。別の記事では、昭和46年6月の改革の一つに「十両昇進力士は番付編成会議直後に発表する」を挙げている(記事22988「北玉時代8」・2020年6月4日)。
発表されるのは上がる側だけで、十両から落ちる力士の名前は会議の日には出ない。同じ記事で田口は、その日の発表から逆にたどって「十両に昇進したのは舛の勝改め隆の勝と再十両の貴源治の2人であった。ということは西筆頭、4勝3敗の北太樹、東2枚目、5勝2敗の翔猿は幕下据え置きで西13枚目、7勝8敗の矢後は十両に留まったと推測できる。」と書いている。十両に上がったあとの月給は力士の給料はいくら?番付別の月給にまとめてある。
誰が決めるのか|協会が公開しているのは審判部の役割と「編成担当」まで
会議に誰が出るのか、協会は公式サイトに名簿を出していない。2026年9月26日に「協会の使命・組織」「職務分掌」と令和5〜7年度の事業報告書を読んだが、出席者の記載は見つからなかった。協会の資料から言えるのは次の4点である。
- 「協会の使命・組織」は審判部を「本場所相撲における勝敗の判定及び取組の作成を行う部署」と説明している。番付の作成は、この説明には入っていない。
- 「職務分掌」では、理事のうち3人の職務に「審判部長」とあり、藤島(元大関・武双山)の欄だけが「審判部長(編成担当)」となっている。令和6年度・7年度の事業報告書では、同じ藤島の職務は「審判部副部長(編成担当)」だった。この「編成」が番付編成と取組編成のどちらを指すのかは、どの資料にも書かれていない。
- 令和7年度の事業報告書には、2025年5月29日の理事会の決議事項として「番付編成要領一部変更の件」が載っている。番付の編成には「番付編成要領」という決まりがあることになるが、要領の本文は協会のサイトで見つけられなかった。
- 横綱・大関の昇進は、上の表のとおり会議と同じ日の理事会で決まる。
昔の会議の顔ぶれは田口の記事に出てくる。昭和25年に横綱審議委員会ができたいきさつを追った記事で、田口は「これを受けて協会は、1月29日の取締、理事監事、検査役が出席する番付編成会議で次の結論に至った。」と書いた(記事26107「横綱審議委員会のあり方」・2020年11月27日)。2018年当時の会議については、十一月場所のあと「来場所の予想番付をめぐって横綱の位置が2通りの予想が出ている。」という状況で、「実際は現審判部がどういう考え方をするかにかかっている。」と書いている(記事18675「全休と0勝どちらが上」・2018年12月1日)。
過去の番付編成会議と新十両の一覧|2023年11月〜2026年7月の17回
協会の資料で日付を確かめられた16回は、すべて千秋楽の3日後の水曜日だった。17回で十両に上がったのは新十両33人、再十両のべ27人(23人)で、1回あたりの新十両は0人から4人まで。番付発表は会議の26〜34日後に来ている(いずれも当サイトが数えた)。
| 会議・発表の日 | 新十両 | 再十両 | 次の場所 | 番付発表 |
|---|---|---|---|---|
| 2023年11月29日 | 尊富士・欧勝海 | 白鷹山・栃武蔵 | 令和6年一月場所 | 12月25日 |
| 2024年1月31日 | なし | 若隆景・對馬洋 伯桜鵬・北はり磨 | 令和6年三月場所 | 2月26日 |
| 2024年3月27日 | 阿武剋・栃大海 風賢央 | 千代丸 | 令和6年五月場所 | 4月30日 |
| 2024年5月29日 | 嘉陽・生田目 | 藤青雲 | 令和6年七月場所 | 7月1日 |
| 七月場所後 (日付未確認) | 大青山・木竜皇 | 欧勝海 | 令和6年九月場所 | 8月26日 |
| 2024年9月25日 | 若碇・安青錦 琴栄峰 | 栃大海・千代丸 生田目 | 令和6年十一月場所 | 10月28日 |
| 2024年11月27日 | 羽出山 | 木竜皇 | 令和7年一月場所 | 12月23日 |
| 2025年1月29日 | 若ノ勝・草野 大辻 | 風賢央・日翔志 | 令和7年三月場所 | 2月25日 |
| 2025年3月26日 | 宮乃風・夢道鵬 三田 | 大奄美 | 令和7年五月場所 | 4月28日 |
| 2025年5月28日 | なし | 大辻・荒篤山 | 令和7年七月場所 | 6月30日 |
| 2025年7月30日 | 旭海雄・朝翠龍 朝白龍・西ノ龍 | 朝乃山 | 令和7年九月場所 | 9月1日 |
| 2025年10月1日 | 日向丸・藤凌駕 | 北の若・若ノ勝 | 令和7年十一月場所 | 10月27日 |
| 2025年11月26日 | 出羽ノ龍・一意 | 旭海雄 | 令和8年一月場所 | 12月22日 |
| 2026年1月28日 | 寿之富士・藤天晴 | 島津海 | 令和8年三月場所 | 2月24日 |
| 2026年3月25日 | 大花竜 | 栃大海・白鷹山 炎鵬 | 令和8年五月場所 | 4月27日 |
| 2026年5月27日 | 嵐富士 | なし | 令和8年七月場所 | 6月29日 |
| 2026年7月29日 | 丹治・時不動 | 生田目 | 令和8年九月場所 | 8月31日 |
| 2026年9月30日 | 旭富士・竜鳳 | なし | 令和8年十一月場所 | 10月26日 |
- 表の日付は新十両の発表日である。協会は会議のあと「直ちに発表」と書いており、会議の日がお知らせで分かる回のうち一覧と重なる4回(2024年9月25日・2025年1月29日・2025年5月28日・2026年3月25日)は、お知らせの会議の日と一覧の発表日が同じだった(当サイトが照合)。
- 令和6年九月場所ぶん(2024年七月場所のあとの回)は、一覧の保存版もお知らせも見つからず、日付を協会の資料で確かめられなかった。四股名は番付トピックスによる。
- 令和7年十一月場所ぶんの一覧は、4人とも備考欄が空いていた。協会の番付トピックスは北の若・若ノ勝を再十両としているので、表はそちらに合わせた。若ノ勝は令和7年三月場所ぶんの一覧に新十両として載っている。
- 一覧の旧しこ名欄を読めた回で、十両に上がるときに四股名を改めた7人は、新しい名で書いた。協会の一覧の旧しこ名欄は、栃大海=塚原、琴栄峰=琴手計、宮乃風=宮城、朝翠龍=石崎、日向丸=長村、藤凌駕=五島、藤天晴=福崎。
- 北はり磨は協会の表記のまま。協会は「※インターネットで表示できない漢字が使われている四股名はひらがなで表示しております。」と注記している。
新十両が1人も出なかった回が2回ある。令和6年三月場所ぶん(2024年1月31日)について、協会の番付トピックスは「※新十両なしは、令和3年5月場所以来。」と書いている。もう1回は令和7年七月場所ぶん(2025年5月28日)で、一覧に載ったのは再十両の大辻・荒篤山だけだった。いちばん多かったのは令和7年九月場所ぶん(2025年7月30日)の4人で、旭海雄・朝翠龍・朝白龍・西ノ龍が一度に上がった。
年ごとの人数は、田口が2023年10月の記事で「2023年の新十両は13人になった。これは2022年の新十両10人より増加した。」と数えている(記事41031「新十両をめぐる話題」・2023年10月20日)。場所の年で数える同じやり方で上の表を数えると、2024年の6場所は12人、2025年の6場所は13人、2026年は九月場所までの5場所で8人になる。
田口は一回ごとの会議も書き残している。2022年七月場所のあとの回について「場所後、番付編成会議で金峰山、菅野改め栃武蔵の新十両、貴健斗の十両復帰が決定した。」と書いた(記事35809「2022年7月十両めぐる幕下の熱い戦い 下」・2022年8月3日)。この栃武蔵は、上の表の2023年11月29日の回に再十両として載っている。
秋場所2026のあとの番付編成会議|9月30日(水)に開かれた
秋場所2026(千秋楽9月27日(日))のあとの会議は9月30日(水)に開かれた。新十両は旭富士・竜鳳、再十両はなしである。
発表日と四股名は日本相撲協会の「新十両力士一覧」で確認した。同一覧の備考欄は空欄のため、新十両2人・再十両なしの区分は「共同通信の9月30日配信記事(ライブドアニュース掲載)」に基づく。田口も同日の新十両にまつわる話題で旭富士と竜鳳の昇進を取り上げた(2026年10月2日確認)。
| 日付 | できごと |
|---|---|
| 9月27日(日) | 秋場所 千秋楽 |
| 9月30日(水) | 番付編成会議 昇進者はこの日に発表 |
| 10月26日(月) | 九州場所 番付発表 |
| 11月8日(日) | 九州場所 初日 |
| 11月22日(日) | 九州場所 千秋楽 |
関脇以下の地位が公表されるのは10月26日の番付発表である。それまでの見通しは来場所の番付予想(場所ごとに更新)で扱う。関脇・小結の範囲は相撲の三役とはにある。
田口が書いた新十両と番付編成|題に語を含む12本
田口のアーカイブには、題に「新十両」「十両昇進」「番付編成」を含む記事が12本ある(当サイトの記事データベースを2026年9月26日に検索)。古い順に、一節ずつそのまま引く。
- 提案!相撲内容を番付編成に加味(記事17371・2015年2月19日)「今、番付編成は勝ち越し1点につき1枚上昇が原則である。」
- 十両昇進までの幕下所要場所数(記事17526・2015年8月16日)「三段目まではすいすいと出世できても、壁となるのが幕下時代である。」
- 宇良以前に土俵をわかした新十両(記事17817・2016年6月12日)「七つの必殺技を持ち、9年半の月日をかけ、ついに十両昇進を果たしたのは平成23年七月場所であった。」
- 早めの十両昇進発表の意味(記事18276・2017年9月27日)「本日十両昇進が発表された。」
- 十両昇進をめぐる幕下の戦い(記事32948・2022年1月27日)「幕下力士が目指すのはまず十両である。十両は一人前扱いされ、月給が支払われる。」
- 令和新十両・再十両事情(記事34460・2022年5月2日)「新十両は令和で27人誕生している。1場所平均1.5人である1年でも9人しかなれない狭き門である。」
- 新十両の優勝【昭和編】(記事36980・2022年10月21日)「新十両であるから当然前の場所は幕下である。それが元幕内もいる十両で優勝するのだから簡単なことではない。」
- 新十両の優勝【平成編】(記事37053・2022年10月26日)「21人の新十両優勝力士が生まれた。約12%の誕生率である。」
- 令和新十両事情(記事37113・2022年10月30日)「十両になれば締め込み、化粧まわし、紋付羽織袴を新調できるし、月給をもらえる。無給から資格者・一人前になれるわけである。」
- 新十両をめぐる話題(記事41031・2023年10月20日)「入門したらだれしもまず、新十両を目指す。だがけして広き門ではない。」
- 明治東西制番付編成事情(記事41593・2023年12月12日)「東は東だけで、西は西で編成するのだから東西の成績に差がつけば難しくなる。」
- 新十両を目指す幕下の年齢構成(記事42245・2024年2月15日)「十両は月給がある。締め込みがカラーになる。化粧まわしをつけて土俵入りができる。羽織袴が着られる。要するに養成員から資格者になるわけである。」


写真はどちらも田口 通廣が撮影した実写。舛の勝は、元のファイル名(170923十四日目…)とキャプションから2017年九月場所十四日目の撮影。豊昇龍は撮影日が分からないため、掲載記事の公開日を書いた。
番付編成会議についてよくある質問
Q. 番付編成会議はいつ開かれますか?
日本相撲協会は「本場所終了後3日以内に開催」と説明しています。協会の資料で日付を確かめられた2023年11月から2026年7月までの16回は、すべて千秋楽の3日後の水曜日でした(当サイトが数えた)。秋場所2026のあとの会議は9月30日(水)に開かれました。
Q. 番付編成会議で発表されるのは何ですか?
横綱・大関・十両への昇進です。協会は「横綱・大関・十両昇進力士は直ちに発表しております。他は次回の本場所前に定められる新番附発表日に発表します。」と書いています。関脇以下の地位や十両からの陥落は、番付発表日まで発表されません。
Q. 新十両はいつ発表されますか?
番付編成会議の日です。協会の新十両力士一覧には「令和8年7月29日発表」のように発表日が書かれ、上の一覧の16回はどれも番付発表の26〜34日前でした(当サイトが数えた)。九州場所2026の新十両は9月30日(水)に発表されました。
Q. 番付編成会議には誰が出席しますか?
協会は出席者の名簿を公式サイトで公開していません(当サイトが2026年9月26日に確認した範囲)。協会の説明では、審判部は「本場所相撲における勝敗の判定及び取組の作成を行う部署」で、職務分掌には「審判部長(編成担当)」という職務があります。ただし審判部の説明に番付の作成は入っておらず、「編成」が番付編成と取組編成のどちらを指すのかも書かれていません。横綱・大関の昇進は、会議と同じ日の理事会で決まります。
Q. なぜ十両昇進だけ場所のあとすぐに発表するのですか?
協会のページには理由が書かれていません。田口は、十両昇進が場所後の会議のあとに発表されるようになったのは昭和46年7月からだとして、「新十両は化粧まわし、締め込み、紋付羽織袴など準備が必要であるからだ。早めに発表するから早めに準備しなさい、というわけである。」と書いています(記事18276・2017年9月27日)。
Q. 十両から落ちる力士はいつわかりますか?
番付発表日です。会議の日に発表されるのは昇進した力士だけです。田口は2017年の会議の日に、昇進した2人の名前から「十両に留まったと推測できる」力士をたどっています(記事18276)。
Q. 九州場所2026の番付発表はいつですか?
10月26日(月)です。初日は11月8日(日)、千秋楽は11月22日(日)で、会場は福岡国際センターです(協会「本場所の年間日程表」、2026年9月26日確認)。
▶ あわせて読みたい:十両力士の顔 一覧|全28人の名鑑/大相撲 来場所の番付予想/2026年九月場所の私製番付/大関昇進の条件/相撲の三役とは/番付の見方・読み方/相撲の階級・番付の序列 一覧