大相撲

早めの十両昇進発表の意味

2017年9月27日

本日十両昇進が発表された。幕下の十両昇進
候補は4人いた。
東筆頭 貴源治 4勝3敗
西筆頭 北太樹 4勝3敗
東2枚目 翔猿 5勝2敗
東3枚目 舛の勝6勝1敗

これに対し十両からの陥落候補は3人いた。
東12枚目 北はり磨 5勝10敗
西13枚目 矢後 7勝8敗
西14枚目 希善龍 6勝6敗3休
170923十四日目十両幕下以下 467
<九月14日目天空海を倒して6勝目をあげた舛の勝>

一人は幕下据え置きだが、3人はめでたし
めでたしの入れかえかと思いきやそうは
いかなかった。十両に昇進したのは舛の勝
改め隆の勝と再十両の貴源治の2人であっ
た。ということは西筆頭、4勝3敗の北太
樹、東2枚目、5勝2敗の翔猿は幕下据え
置きで西13枚目、7勝8敗の矢後は十両に
留まったと推測できる。
170924千秋楽十両幕下以下 585
<九月千秋楽 矢後、木崎に勝って7勝目>

十両昇進が場所後の番付編成会議後発表され
るようになったのは、そもそも昭和46年7月
からである。つまりそれ以前は番付発表で
十両昇進が判明したわけである。なぜ、十両
は場所後の発表になったのか。それは、新十
両は化粧まわし、締め込み、紋付羽織袴など
準備が必要であるからだ。早めに発表する
から早めに準備しなさい、というわけである。

しかし、今まで幕下にいて無給で場所手当て
しか受け取っていない者にとって自力では
とても用意できない。そこで早くから後援会
や母校などに力添えをというわけである。
しかし、これではいかにも人任せである。
関取の資格は与えるが、協会が何もしない
カタチで果たしていいのだろうか。思わず
考えさせられてしまった早めの十両昇進発表
であった。

4キロ歩いてしまった。
興味深いテーマをこれからもお届けます。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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