日本人横綱と日本出身横綱の違い|歴代67人の一覧と日本国籍を取得した5人【2026年最新】

「日本人横綱」と「日本出身横綱」は、指している範囲が違う。横綱75人のうち、日本相撲協会の記録で出身地が日本国内なのは67人。外国出身は8人(米国2・モンゴル6)で、そのうち5人(曙・武蔵丸・白鵬・鶴竜・照ノ富士)は日本国籍を取得している。国籍で数えれば日本人横綱は72人、生まれ育った土地で数えれば67人になる。報道が「日本出身横綱」という言い方を選ぶのは、この5人をどう扱うかで数が変わるからである。

※代位・四股名・出身地・在位・優勝は日本相撲協会公式サイト「歴代横綱」より2026年7月20日に確認。国籍の取得は協会が公表していないため、官報告示を報じた新聞各紙と人名辞典で確認した(各表に出典を明記)。確認できなかった欄は空欄のままにしてある。

目次

「日本人横綱」と「日本出身横綱」の違い

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ニュースが「日本出身横綱」とわざわざ言い直すのは、言葉を飾っているからではない。日本国籍を取った外国出身の横綱がいるので、「日本人横綱」と言うとその人たちが入ってしまうからである。曙は現役中に日本国籍を取り、武蔵丸は大関時代に取っている。二人とも法律の上では日本人であり、生まれ育ちはハワイである。どちらの数え方をしているのかで、答えは67人にも72人にもなる。

呼び方何を指すか人数
日本出身の横綱日本で生まれ育ち、日本相撲協会の記録でも出身地が日本国内の横綱67人大の里・稀勢の里・貴乃花 ほか
日本国籍の横綱(=日本人横綱)日本国籍を持つ横綱。外国で生まれ育っても、帰化すればここに入る72人上の67人+曙・武蔵丸・白鵬・鶴竜・照ノ富士
外国籍のままの横綱日本国籍を取得したことが確認できない外国出身の横綱3人朝青龍・日馬富士・豊昇龍
3つの数え方(2026年7月時点)。人数は日本相撲協会公式「歴代横綱」の出身地欄と、下表の国籍取得の確認結果から数えた

もう一段細かく見ると、「横綱になった時点で日本国籍だったか」でも顔ぶれが変わる。武蔵丸は1996年に日本国籍を取り、横綱に上がったのは1999年である。照ノ富士も官報の告示が2021年8月4日、横綱として番付に載ったのが同じ年の九月場所で、国籍のほうが先に来ている。この2人を足すと、在位の開始時点で日本国籍だった横綱は69人になる。

外国出身の横綱8人と、日本国籍を取得した5人

年寄名跡を襲名するには日本国籍がいる。引退後も相撲界に残りたい力士が国籍を変えるのは、その規定があるからである。国籍の取得は官報で告示され、新聞各紙がその日付を報じている。下の表は、告示日を報じた記事と人名辞典で確認できたものだけを載せた。

四股名出身地横綱在位の開始日本国籍の取得在位開始との前後
第64代米国ハワイ・オアフ島平成5年3月(1993年3月)1996年4月在位開始のあと
第67代武蔵丸米国ハワイ・オアフ島平成11年7月(1999年7月)1996年(平成8年)在位開始の前
第68代朝青龍モンゴル・ウランバートル平成15年3月(2003年3月)
第69代白鵬モンゴル・ウランバートル平成19年7月(2007年7月)2019年9月3日在位開始のあと
第70代日馬富士モンゴル・ゴビアルタイ平成24年11月(2012年11月)
第71代鶴竜モンゴル・スフバートル平成26年5月(2014年5月)2020年12月10日在位開始のあと
第73代照ノ富士モンゴル・ウランバートル令和3年9月(2021年9月)2021年8月4日在位開始の前
第74代豊昇龍モンゴル・ウランバートル令和7年3月(2025年3月)
外国出身の横綱8人(2026年7月時点)。出身地・在位は日本相撲協会公式「歴代横綱」。国籍の取得は、曙=日本経済新聞2024年4月11日/武蔵丸=『デジタル大辞泉』『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』/白鵬=日本経済新聞2019年9月3日/鶴竜=時事通信・日本経済新聞2020年12月10日/照ノ富士=日本経済新聞2021年8月4日。西暦は和暦からの換算、前後は在位開始と告示日を並べて判定した

朝青龍と日馬富士は、日本国籍を取得したという告示も報道も見あたらない。日本経済新聞が照ノ富士の取得を報じた2021年8月4日の記事は、外国出身の歴代横綱で日本国籍を持つ人を「曙、武蔵丸、白鵬、鶴竜に次いで5人目」と整理しており、この2人は入っていない。豊昇龍は2025年5月、共同通信などが「日本国籍取得へ準備に入った」と報じたが、取得を告げる告示は確認できなかった。ここは空欄のままにしてある。

日本出身の横綱67人一覧

協会公式の出身地欄が日本国内である横綱を、代の順に並べた。初代から第63代までは全員が日本出身で、第64代・曙のあとは日本出身と外国出身が入り交じる。在位と優勝は公式の表記のままで、記載が無いものは空欄にしてある。第17代・小錦は千葉県の出身で、平成にハワイから来て大関になった小錦とは別の力士である。

四股名読み出身地在位優勝
初代明石あかし栃木県宇都宮市?
第2代綾川あやがわ栃木県栃木市?
第3代丸山まるやま宮城県登米市
第4代谷風たにかぜ宮城県仙台市寛政元年11月~ 寛政6年11月
第5代小野川おのがわ滋賀県大津市寛政元年11月~ 寛政9年10月
第6代阿武松おうのまつ石川県鳳珠郡能登町文政11年3月~ 天保6年10月
第7代稲妻いなずま茨城県稲敷市文政12年10月~ 天保10年11月
第8代不知火しらぬい熊本県宇土市天保11年11月~ 天保15年1月
第9代秀の山ひでのやま宮城県気仙沼市弘化2年11月~ 嘉永3年3月
第10代雲龍うんりゅう福岡県柳川市文久元年10月~ 元治2年2月
第11代不知火しらぬい熊本県菊池郡大津町文久3年11月~ 明治2年11月
第12代陣幕じんまく島根県松江市慶応3年4月~ 慶応3年11月
第13代鬼面山きめんざん岐阜県養老町明治2年4月~ 明治3年11月
第14代境川さかいがわ千葉県市川市明治10年1月~ 明治14年1月
第15代梅ケ谷うめがたに福岡県朝倉市明治17年5月~ 明治18年5月
第16代西ノ海にしのうみ鹿児島県薩摩川内市明治23年5月~ 明治29年1月
第17代小錦こにしき千葉県山武郡横芝光町明治29年5月~ 明治34年1月
第18代大砲おおづつ宮城県白石市明治34年5月~ 明治41年1月
第19代常陸山ひたちやま茨城県水戸市明治37年1月~ 大正3年5月1
第20代梅ケ谷うめがたに富山県富山市明治37年1月~ 大正4年6月
第21代若島わかしま千葉県市川市明治38年6月~ 明治40年1月4(大阪相撲)
第22代太刀山たちやま富山県富山市明治44年6月~ 大正7年1月9
第23代大木戸おおきど兵庫県神戸市大正2年1月~ 大正3年1月10(大阪相撲)
第24代おおとり千葉県印西市大正4年6月~ 大正9年5月2
第25代西ノ海にしのうみ鹿児島県西之表市大正5年5月~ 大正7年5月1
第26代大錦おおにしき大阪府大阪市大正6年5月~ 大正12年1月5
第27代栃木山とちぎやま栃木県栃木市大正7年5月~ 大正14年5月9
第28代大錦おおにしき愛知県弥富市大正7年5月~ 大正11年1月6(大阪相撲)
第29代宮城山みやぎやま岩手県一関市大正11年5月~ 昭和6年1月2 4(大阪相撲)
第30代西ノ海にしのうみ鹿児島霧島市大正12年5月~ 昭和3年10月1
第31代常ノ花つねのはな岡山県岡山市大正13年5月~ 昭和5年5月10
第32代玉錦たまにしき高知県高知市昭和8年1月~ 昭和13年5月9
第33代武蔵山むさしやま神奈川横浜市昭和11年1月~ 昭和14年5月1
第34代男女ノ川みなのがわ茨城県つくば市昭和11年5月~ 昭和17年1月2
第35代双葉山ふたばやま大分県宇佐市昭和13年1月~ 昭和20年11月12
第36代羽黒山はぐろやま新潟県新潟市昭和17年1月~ 昭和28年9月7
第37代安藝ノ海あきのうみ広島県広島市昭和18年1月~ 昭和21年11月1
第38代照國てるくに秋田県湯沢市昭和18年1月~ 昭和28年1月2
第39代前田山まえだやま愛媛県八幡浜市昭和22年11月~ 昭和24年10月1
第40代東富士あずまふじ東京都台東区昭和24年1月~ 昭和29年9月6
第41代千代の山ちよのやま北海道松前郡福島町昭和26年9月~ 昭和34年1月6
第42代鏡里かがみさと青森県三戸郡三戸町昭和28年3月~ 昭和33年1月4
第43代吉葉山よしばやま北海道石狩市昭和29年3月~ 昭和33年1月1
第44代栃錦とちにしき東京都江戸川区昭和30年1月~ 昭和35年5月10
第45代若乃花わかのはな青森県弘前市昭和33年3月~ 昭和37年3月10
第46代朝潮あさしお鹿児島大島郡徳之島町昭和34年5月~ 昭和36年11月5
第47代柏戸かしわど山形県鶴岡市昭和36年11月~ 昭和44年7月5
第48代大鵬 幸喜たいほう こうき北海道川上郡弟子屈町昭和36年11月~ 昭和46年5月32
第49代栃ノ海 晃嘉とちのうみ てるよし青森県南津軽郡田舎館村昭和39年3月~ 昭和41年11月3
第50代佐田の山 晋松さだのやま しんまつ長崎県南松浦郡新上五島町昭和40年3月~ 昭和43年3月6
第51代玉の海たまのうみ愛知県蒲郡市昭和45年3月~ 昭和46年9月6
第52代北の富士きたのふじ北海道旭川市昭和45年3月~ 昭和49年7月10
第53代琴櫻 傑将ことざくら まさかつ鳥取県倉吉市昭和48年3月~ 昭和49年5月5
第54代輪島わじま石川県七尾市昭和48年7月~ 昭和56年3月14
第55代北の湖 敏満きたのうみ としみつ北海道有珠郡壮瞥町昭和49年9月~ 昭和60年1月24
第56代若乃花 幹士わかのはな かんじ青森県南津軽郡大鰐町昭和53年7月~ 昭和58年1月4
第57代三重ノ海 剛司みえのうみ つよし三重県松阪市昭和54年9月~ 昭和55年11月3
第58代千代の富士 貢ちよのふじ みつぐ北海道松前郡福島町昭和56年9月~ 平成3年5月31
第59代隆の里 俊英たかのさと としひで青森県青森市昭和58年9月~ 昭和61年1月4
第60代双羽黒ふたはぐろ三重県津市昭和61年9月~ 昭和62年11月0
第61代北勝海 信芳ほくとうみ のぶよし北海道広尾郡広尾町昭和62年7月~ 平成4年3月8
第62代大乃国 康おおのくに やすし北海道河西郡芽室町昭和62年11月~ 平成3年7月2
第63代旭富士 正也あさひふじ せいや青森県つがる市平成2年9月~ 平成4年1月4
第65代貴乃花 光司たかのはな こうじ東京都中野区平成7年1月~ 平成15年1月22
第66代若乃花 勝わかのはな まさる東京都中野区平成10年7月~ 平成12年3月5
第72代稀勢の里 寛きせのさと ゆたか茨城県牛久市平成29年3月~ 平成31年1月2
第75代大の里 泰輝おおのさと だいき石川県河北郡津幡町令和7年7月~5
日本出身の横綱67人(2026年7月20日時点・日本相撲協会公式「歴代横綱」より。外国出身8人を除いた75人中の67人)

外国出身を含めた全75人を通しで見たいときは、歴代横綱一覧|初代明石から第75代大の里まで全75人に代の順で並べてある。

「19年ぶり」「8年ぶり」は何を数えた年数か

稀勢の里が横綱になったとき、新聞もテレビも「19年ぶりの日本出身横綱」と書いた。その前の日本出身横綱は1998年に昇進した3代目若乃花で、稀勢の里の昇進が2017年。間が19年である。大の里のときに使われた「8年ぶり」は、稀勢の里の2017年から2025年までを数えている。

ここで「日本人」ではなく「日本出身」と書かれた理由が効いてくる。3代目若乃花と稀勢の里の間には武蔵丸がいる。武蔵丸は横綱に上がったとき既に日本国籍だったので、「日本人横綱」で数えれば1999年の武蔵丸が入り、19年という数字は出てこない。年数のほうから逆算すると、どちらの定義で数えたのかが見える。

稀勢の里の昇進を支えた成績そのものは、稀勢の里横綱昇進、その成績で歴代の昇進者と並べて比べている。当時の熱狂の様子も、明治神宮の土俵入り披露を見に行ったときの記録として残してある。

稀な存在になりつつある日本人横綱(2021年8月)

ここから下は、照ノ富士が横綱に昇進した2021年8月に書いた本文である。日本人横綱がいちばん遠くに見えていた時期の記録として、そのまま残しておく。

以前横綱10大史を発表した。
横綱10大史1その起源
横綱10大史2制度の継続
横綱10大史3横綱番付に登場
横綱10大史4歴代横綱登場
横綱10大史5横綱地位となる
横綱10大史6根拠のない土俵入り名と意味
横綱10大史7横綱審議委員会誕生
横綱10大史8千代の山横綱返上問題
横綱10大史9双羽黒横綱途上で相撲界を去る
横綱10大史10外国人横綱誕生

横綱10大史10の外国人横綱誕生は小錦のとき
実現しなかった。小錦は13勝優勝-12勝-13
勝優勝というチャンスを見送られていた。
外国人横綱はいらないと題する論文が雑誌に
掲載されたのはこのときである。小錦が横綱
になれないのは人種差別によるものだと大騒
ぎになった。

曙
<曙>

外国人初の横綱は次の世代、曙によって実現
した。横綱空白期で2場所連続優勝して誕生
した。曙以降の横綱はどうなったか。それが
以下になる。圧倒的に外国人横綱が多くなっ
た。日本人横綱は10人中3人である。外国人
横綱はハワイからモンゴルへと変遷していっ
た。


貴乃花
3代目若乃花
武蔵丸
朝青龍
白鵬
日馬富士
鶴竜
稀勢の里
照ノ富士

朝青龍
<朝青龍>

日本人横綱は稀な存在になりつつある。曙、
武蔵丸のときは貴乃花が彼らを凌駕していた。
だが、貴乃花が去った土俵では、朝青龍、
白鵬に対抗できる日本人力士はいなかった。
朝青龍は29歳までに25回優勝した。怪童北の
湖越えをしてしまった。白鵬は63連勝、45回
優勝と千代の富士・大鵬越えどころか、大き
く引き離してしまった。

白鵬
<白鵬>

それだけに横綱稀勢の里が誕生したときは
予想以上の騒ぎであった。明治神宮の土俵
入り披露では朝の9時から列ができ、入場を
制限したほどである。午後3時半過ぎに始ま
り、 しかも土俵入りはわずか1分半くらいで
あるにもかかわらず、多くの人が集結した。
牛久で優勝パレードをしたら、5万人が見に
来たという。とにかく稀勢の里のいくところ
人が集まったという現象が続いた。

残念ながら稀勢の里は致命的なケガのため、
横綱休場が多くなった。最後は5連敗休場、
4連敗で引退した。最後の対戦相手は栃煌山
であった。ただ、引退後も人気は相変わらず
すごかった。

稀勢の里
<稀勢の里>

モンゴル人力士は必ずしも貧しい家庭では
ないが、モンゴル人にとって大相撲はジャ
パンドリームを実現する場である。モンゴル
の平均月収は249米ドルと貨幣価値が違う中
で大相撲は大きな魅力である。小泉首相(首
相当時)は「相撲は国技から国際技になった」
と言った。次の日本人横綱は果たして誰が
何年後になるのか。

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卓球は格闘技か、と思うほど激しい。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

その後どうなったか(2026年7月時点)

上の本文を書いた2021年8月のあと、横綱は照ノ富士が2025年1月に引退し、2025年に豊昇龍と大の里が相次いで昇進した。大の里は石川県津幡町の出身で、稀勢の里以来の日本出身横綱である。2026年7月時点の番付では、豊昇龍と大の里の2人が横綱に並んでいる。

横綱と力士の名簿をもっと詳しく

日本人横綱についてよくある質問

Q. 日本人横綱は何人いますか?
数え方で変わります。日本相撲協会の記録で出身地が日本国内なのは67人です。日本国籍を取得した曙・武蔵丸・白鵬・鶴竜・照ノ富士を加えると72人になります。

Q. 「日本人横綱」と「日本出身横綱」はどう違うのですか?
「日本出身」は生まれ育った土地で、「日本人」は国籍で分けた言い方です。ハワイ生まれの武蔵丸は日本国籍を持っているので「日本人横綱」には入りますが、「日本出身横綱」には入りません。

Q. 日本国籍を取った外国出身の横綱は誰ですか?
曙(1996年4月)、武蔵丸(1996年)、白鵬(2019年9月3日)、鶴竜(2020年12月10日)、照ノ富士(2021年8月4日)の5人です。年寄名跡を襲名するには日本国籍が必要で、引退後に相撲界へ残るために取得しています。

Q. 現在の日本人横綱は誰ですか?
2026年7月時点では第75代・大の里です。石川県河北郡津幡町の出身で、令和7年7月場所から横綱として番付に載っています。

Q. 稀勢の里はなぜ「19年ぶりの日本出身横綱」と言われたのですか?
その前の日本出身横綱が1998年昇進の3代目若乃花で、稀勢の里の昇進が2017年だからです。間の1999年に武蔵丸が昇進していますが、ハワイ出身のため「日本出身」には数えません。

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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