大相撲

記録でみた豊昇龍

七月場所、豊昇龍は初優勝して大関に昇進した。新
入幕から18場所、つまり3年かかっての昇進だった。
年齢は24歳であった。おじの朝青龍は新入幕から10
場所を要しての大関昇進となった。新大関の場所は
22歳であった。

<豊昇龍初優勝>

豊昇龍は9所連続小結・関脇だった。その前の平幕
の場所を含め10場所連続勝ち越しを記録している。
おじの朝青龍は小結で1度負け越している。幕内で
の関脇以下では6場所連続勝ち越しが最高である。

三賞に関して豊昇龍は敢闘賞1回、技能賞2回であ
る。おじの朝青龍は殊勲賞2回、敢闘賞3回受賞し
ている。数では負けるが、豊昇龍のほうが技能派な
のかもしれない。

<朝青竜(右) 旗手は朝赤龍>

豊昇龍には珍記録がある。不戦敗の翌日出場してい
るのである。2023年一月場所のことである。千秋楽
の不戦敗を別にすれば幕内では大内山、琴勇輝(2
回)に続く記録である。

横綱・大関戦はどうだろうか。豊昇龍は横綱戦0勝
6敗である。対戦相手はすべて照ノ富士である。大
関戦は11勝12敗である。正代に6勝3敗でいいが、
貴景勝に2勝7敗と分が悪い

<豊昇龍の優勝パレード 機種は明生>

おじの朝青龍は関脇以下の時代、横綱戦4勝5敗で
ある。武蔵丸に4勝4敗、貴乃花に1敗である。大
関戦は16勝15敗である。横綱に互角に近い点が豊昇
龍と異なる点である。

朝青龍は大関3場所で横綱に昇進している。連続優
勝を決めた勝ち残りでは横綱になれる感動が伝わっ
てきた。豊昇龍はどういう過程で横綱にならんとす
るのか。横綱への基点は優勝である。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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