現代相撲部屋の系統1

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現在相撲部屋は45ある。三月場所前に定年を迎える元隆三杉の常磐
山部屋は、すでに弟子の元貴景勝が継承し、湊川部屋に改称してい
る。この部屋は元舛田山の千賀ノ浦が春日野(元栃乃和歌)部屋か
ら独立した部屋である。元舛田山の千賀ノ浦の定年にともない、後
継者に行き詰まった。出羽一門に後継者がいなく、やむなく一門外
の元隆三杉の常磐山継ぐことになった。

湊川

新たな千賀ノ浦部屋は貴乃花一門としてスタートした。2019年9月
貴乃花親方が途中突然協会を離職した。千賀ノ浦は貴乃花の弟子の
貴景勝・貴健斗などの弟子を託された。貴乃花一門の消滅により現
在は二所一門に戻っている。2020年11月、常磐山部屋に名称を改称
した。だが、部屋のルーツは出羽一門である。以下が現在ある部屋
での出羽一門の系統図である。

出羽海部屋には元両国(前名国岩)の代から元出羽ノ花の代まで分
家独立を許さず、という不文律があった。そんななか、横綱佐田の
山が元出羽ノ花の市川家に婿入りした。これで次の出羽海は佐田の
山で決定的になった。これでは元千代の山の九重の立場はない。九
重は独立を決心し、その旨を秀ノ山(元笠置山)に伝えた。九重が
頼りとしたのは同郷の大関北の富士であった。

親が反対する者3人を除いて独立は許された。ただし、出羽一門か
ら外すという破門独立であった。部屋付きの親方のなかには強行意
見があったが、出羽海は採用しなかった。その理由は以下であると
考えられた。

1.お家騒動になっては相撲人気に大変なマイナスであること
2、認められなければ九重は力士を連れて脱退覚悟であったこと
3.そうなれば協会裁定で出羽海・九重の両者に謹慎の可能性がで
て醜態を世間にさらしてしまう結果になること
4.北の富士らの決意は固く、最悪髷を切る覚悟であったこと
5.新聞に九重とともに行動する力士の名前が出てしまい、出羽海
部屋にいずらい流れが出て来たこと
6.将来佐田の山が出羽海を継ぐにあたり、不満分子を一掃できる
こと
知恵者出羽海ならではの決断であった。

九重独立を伝える大相撲(読売新聞社刊)

独立直後北の富士は劇的な初優勝を達成した。大鵬が6連覇してい
た直後だった。燃える要素があるときの北の富士は強かった。この
ときがその始まりであった。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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