現代相撲部屋の系統4

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高砂部屋の分家をみていこう。

歴史的に古いのは井筒部屋であった。この部屋は現在ない。明治の
横綱初代西ノ海ー2代西ノ海ー先代星甲と続いた。昭和19年、先代
星甲の井筒が他界した。先代鶴ヶ嶺(最高位前2)は二枚監察(親
方と現役を兼ねるシステム=現在は禁止されている)を申し出たが、
認められなかった。井筒部屋の力士は双葉山相撲道場に身をよせる
ことになった。昭和22年、先代鶴ヶ嶺が引退後、あらためて井筒部
屋を復興した。

昭和47年3月、先代鶴ヶ嶺の井筒が亡くなると、後継者争いがおき
た。候補は陸奥(元前頭4枚目星甲)と君ヶ浜(元関脇鶴ヶ嶺)で
ある。後継者争いに敗れた君ヶ浜(元関脇鶴ヶ嶺)は独立して君ヶ
浜部屋をおこした。一方陸奥(元前頭4枚目星甲)は井筒となった
ものの遺族との話し合いがつかず、陸奥部屋としてスタートするこ
とになった。

音羽山

現在井筒の系統は分家の分家である音羽山(元鶴竜)部屋と錣山
(元豊真将)部屋だけになった。

昭和49年三月場所で引退した前の山(最高位大関)が、4月に内弟
子8人を連れて高田川部屋を創設した。平成8年9月、元佐田の山
の境川理事長は年寄名跡の改革私案を理事会に提出した。主な趣旨
は人材流出の防止から親方株を一定数協会帰属とし、売買を禁止す
るというモノだった。

間垣委員長(元2代若乃花)、高田川副委員長(元前の山)のもと
年寄名跡改革小委員会は、境川の改革案を圧倒的多数で反対した。
それは他の親方も同様であった。高額で購入した親方株が次に譲れ
なくなる。死活問題であり、大反対の嵐となった。

前の山

そのため高田川(元前の山)は一門の意向を無視して、理事に立候
補した。境川理事長の年寄名跡の改革私案反対の急先鋒としての意
志表明であった。高田川(元前の山)が他の一門の票を集め、当選し
た。その結果高田川(元前の山)は高砂一門を破門された。

現在の高田川部屋は元安芸乃島が指導・運営している。元安芸乃島
が高田川部屋を引き継ぐことになったいきさつはこうだ。

親方貴乃花と元安芸乃島はともに二子山(元貴ノ花)の部屋付き親
方だった。しかし、安芸乃島の引退相撲に貴乃花が出ないなど雲行
きがあやしくなってきた。その頃二子山(元貴ノ花)が入退院を繰
り返すようになっていた。平成16年2月、貴乃花が二子山部屋継承
し、貴乃花部屋に改称した。5月、藤島は千田川に年寄名跡を変更
した。このころから指導方針・考え方の違いにより貴乃花と元安芸
乃島の不仲は顕著になってきた。

貴乃花

元安芸乃島の千田川はついに部屋の移籍を申し出る。だが、貴乃花
はなぜか移籍許可書類に承認の判を押さなかった。元安芸乃島の千
田川は破門を申し出るが、貴乃花は部屋への出勤停止、出入り禁止
を通知した。いき場のない泥沼抗争に陥った。

平成16年9月、千田川は結局病床の二子山に保証人として判をもら
った。手をさしのべてくれた高田川(元前の山)部屋に移籍した。

高田川

高砂部屋の分家はほかに元水戸泉の錦戸部屋がある。現在力士数は
4人である。いつも力士数が気になる部屋である。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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