大相撲

大の里に立ちふさがる豊昇龍

先場所優勝した大の里。場合によっては七月場所の
成績・相撲内容次第では大関もあり得る。実現した
ら入幕5場所目に大関という年6場所制では驚異の
記録になる。

これは大の里がすごいのか。筆者は長年大相撲をみ
てきたが、現在は混迷の時代である。誰が優勝する
か、場所前では予想ができない。これが3横綱4大
関の時代なら大の里の優勝はなかったかもしれない。
勝ち越すのさえ簡単ではない。だから大の里の強さ
は混迷の時代ならではと言えなくもない。

<令和6年3月貴景勝を吹っ飛ばした大の里>

大の里の上位の成績は以下である。
照ノ富士 1勝
琴櫻   2勝1敗
貴景勝  1勝
照ノ富士と貴景勝とは1回だけの対戦である。だが、
照ノ富士はつぶされるような負けであり、貴景勝は
吹っ飛ばされている。

ただ一人例外がいる。豊昇龍である。大の里は3連
敗中である。先場所優勝大の里を派手に投げ飛ばし
ている。柔道技がとびだしたのかと錯覚するほどの
投げだった。

<令和6年5月大の里を投げる豊昇龍>

大の里に立ちふさがる壁は豊昇龍しかいない。これ
まで混迷の時代の優勝者のその後は必ずしもよくな
い。これが大の里にあてはなるかというとそうとは
限らない思いがある。ならば豊昇龍が大の里に勝ち
続けることで大の里がさらに強くなる。この図式で
大の里のレベルが上がる方向に向かえばいい。

 

当サイトはブログランキングに参加しています、どうか応援をお願いいたします!

【ブログランキング】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック


【日本ブログ村】で、土俵の目撃者を応援して頂けるかたは↓をクリック
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
にほんブログ村
  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

-大相撲

Copyright© 土俵の目撃者(毎日更新) , 2024 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.