大相撲

三賞多数獲得者たち4

■三賞獲得9回
今回取り上げる力士は偶然横綱までいった方々であ
る。

旭富士 殊2・敢2・技5
立浪(元安念山=2代目羽黒山)部屋の分家大島
(元旭國)部屋出身。近大に進学したが、2年のと
き中退。柔軟な体で津軽なまこと言われたが、本人
には不評だった。相撲は理論的で巧者だった。右四
つ、上手出し投げを得意とした。

<旭富士>

入幕11場所目に敢闘賞を受賞した。その後年2回三
賞を獲得していった。技能賞2回、殊勲賞2回であ
った。優勝千代の富士に黒星を与えている。大関直
前3場所は技能、技能、敢闘・技能に輝いている。
旭富士は技能派であった。

貴乃花 殊4・敢2・技3
三賞を受賞していた時は貴花田であった。なお、貴
ノ花は主に大関時代であった。貴乃花は大関最終場
所から横綱時代である。大関貴ノ花の次男として常
に注目を浴びていた。

新入幕は4勝11敗と大敗している。6場所後に敢闘・
技能を受賞した。翌場所は千代の富士に勝って殊勲
賞を獲得した。千代の富士は貴闘力にも負け引退し
た。貴花田は3場所連続三賞を受賞し、3場所目は
殊勲・技能であった。

<貴花田>

翌年一月場所は思いがけず、優勝した。三賞は殊勲・
敢闘・技能とトリプル受賞だった。「一人にこんな
に与えなくても」と元佐田の山の出羽海が苦言を呈
した。この年の九月場所に2回目の優勝をしている
が、殊勲賞だけだった。この殊勲賞は場所を盛り上
げた殊勲者という意味だった。貴花田は大関直前3
場所三賞がない不思議な結末で終わっている。

3代目若乃花 殊3・技6
三賞を受賞していた時は若花田であった。大関直前
の関脇2場所は若ノ花であった。小兵ながらしぶと
く、うまい相撲であった。相手がとったりにいく逆
とったりで返す相撲があった。弟を手助けするため
に入門した。

<若ノ花>

最初の三賞は入幕7場所目であった。殊勲・技能の
ダブル受賞であった。殊勲は大関11勝小錦、大関12
勝霧島に勝ってものにした。2場所後技能賞を獲得
している。大関直前の4場所前から技能、殊勲・技
能、殊勲、技能に輝いている。

大関3場所前は初優勝している。横綱曙から勝利し
ている。後の殊勲も13勝曙に土をつけている。18場
所間に9回三賞を受賞した。

稀勢の里 殊5・敢3・技1
素質・素材がよく萩原のころから期待の星であった。
左四つ寄り、突きの正攻法であった。外掛けなどの
技は師匠元隆の里の鳴戸がさせなかった。

初の三賞は入幕6場所目平成17年であった。敢闘賞
であった。1年後優勝朝青龍に勝って殊勲賞を獲得
した。1年半後平成20年再び13勝の朝青龍に勝って
殊勲賞を受賞した。2場所後敢闘賞、1年後も敢闘
賞に輝いている。

<稀勢の里が白鵬を63連勝でストップ>

平成22年十一月場所は歴史に残る殊勲となった。白
鵬の連勝記録を63でストップした。白鵬は、連勝記
録は止まったが14勝1敗で優勝している。翌場所も
14勝優勝の白鵬に勝って殊勲賞を獲得している。

大関直前の2場所前優勝白鵬に勝って最後の殊勲賞
をモノにしている。大関直前の場所は不可解な流れ
になっていた。千秋楽の結果を待たず、大関昇進が
決定という奇妙な展開となった。結局稀勢の里は千
秋楽に負けて10勝に終わっている。最後の三賞は最
初で最後の技能賞であった。

(この項目続く)

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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