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力士・人物
元大関の三賞
一月場所、元大関霧島は敢闘賞を受賞した。霧島は大関降格後10場所経過したが、これまで敢闘賞3回、技能賞1回獲得している。連続11勝しており、三月場所の成績によっては大関に復帰するかもしれない。元大関高安は大関降格後36場所で敢闘賞2回、殊勲賞... -
コラム・論考
架空年間三賞
今年も架空年間三賞を選ぶ季節がやってきた。今年年6場所実際に三賞を受賞した力士は以下である。のべ24人が受賞している。 殊勲賞 敢闘賞 技能賞一月場所 該当力士なし 霧島・金峰山 王鵬三月場所 該当... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち 番外編
三賞を7回獲得した力士を記録のメモ帳として最後にあげておく。 三根山 殊5敢2時津山 殊3敢4富士錦 殊2敢4技1栃ノ海 殊1敢0技6豊山 殊3敢4豊山は3場所連続ダブル受賞である。 <豊山> 清國 殊3敢0技4福の花 殊0敢7藤ノ川 ... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち23
◆三賞獲得19回 安芸乃島 殊7敢8技4三賞19回獲得は最高記録である。強豪関脇かつ幕内人生11年以上のなせる数字である。安芸乃島は入幕から最後の三賞まで幕内在位は69場所であった。 安芸乃島の入幕は昭和63年三月場所である。翌場所十両落ちしたが、1... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち22
◆三賞獲得18 琴錦 殊7敢3技8琴錦は2代目である。初代は佐渡ヶ嶽部屋の創始者である。四股名は初代琴錦の故郷である香川県の観音寺にある琴弾八幡宮に由来している。2代目琴錦が入幕したのは平成元年五月場所だった。初の三賞は1年後の平成2年五月... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち21
ここから三賞受賞者獲得ビッグ3の登場となる。 魁皇 殊10敢5技0魁皇の殊勲賞10回は朝潮と並んでトップタイである。魁皇は殊勲の力士といえる。魁皇は平成5年五月場所入幕した。このときは力及ばず十両に落ちた。再入幕は十一月場所だった。 平成6年... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち20
貴闘力 殊3敢10技1貴闘力は敢闘賞を10回受賞している。これは最多敢闘賞でまさに敢闘あふれる相撲であった。ちなみに福の花・旭天鵬は三賞を7回受賞しているがすべて敢闘賞である。 入幕は平成2年九月場所であった。そこでまず敢闘賞を受賞した。22歳... -
コラム・論考
2024年架空年間三賞
現在はないが、年間三賞はかつて日刊スポーツが制定していた。大関の登竜門となり、誰が受賞するか楽しみであった。受賞者は一月場所初日、土俵で表彰された。今年(2024年)の架空年間三賞を選出してみた。 まず、今年の三賞受賞者を振り返ってみる。 ... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち19
◆三賞獲得14回 朝潮 殊10敢3技1朝潮は近畿大学出身で幕下2場所、十両2場所で突破して入幕した。昭和53年十一月場所のことである。朝潮が関脇以下でいた場所は27場所である。それでいて14回三賞に輝いている。 朝潮は殊勲賞を10回受賞している。これは... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち18
◆三賞獲得14回 鶴ヶ嶺 殊2敢2技10鶴ヶ嶺は非常に息の長い力士であった。24歳で入幕し38歳で引退した。その中でこつこつ三賞を積み重ねてきた。はでな受賞歴はないが、初めて三賞受賞数14回に到達した力士であった。 入幕は昭和28年春場所であった。当時... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち17
◆三賞獲得13回 琴光喜 殊2敢4技7琴光喜は日本大学相撲部出身である。入幕は平成12年五月場所であった。その場所はケガで全休した。十一月場所再入幕したときいきなり殊勲賞・敢闘賞・技能賞をトリプル受賞した。殊勲賞は横綱武蔵丸ほか3大関を撃破した... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち16
◆三賞獲得13回 土佐ノ海 殊7敢5技1土佐ノ海は同志社大相撲部から大相撲入りをした力士である。学生相撲では東に尾曽(武双山)西に山本(土佐ノ海)ありと言われた。幕下4場所、十両4場所を経て平成7年七月場所に入幕した。ここから5年連続三賞を... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち15
◆三賞獲得13回 武双山 殊5敢4技4武双山は平成5年九月場所に入幕した。幕下60枚目付け出しから5場所目のスピード出世であった。翌年の平成6年から12年まで毎年三賞を受賞している。 <武双山> 最初の三賞は入幕3場所目、平成6年一月場所の殊勲賞... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち14
◆三賞獲得12回 高安 殊4敢6技2高安は現役である。従って今後三賞を受賞した場合、数字が上がることはあり得る。高安が入幕したのは平成23年七月場所だった。高安の三賞は入幕9場所目であった。平成25年一月場所に敢闘賞を受賞した。 その年の七月場所... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち13
◆三賞獲得12回 安美錦 殊4敢2技6安美錦は幕内97場所務めた息の長い力士であった。年齢でいうと21歳から39歳までである。そのため三賞は長期に渡った。 入幕は平成12年十一月場所だった。まず、敢闘賞を受賞した。平成13年は十両落ちが1場所あった。平... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち12
◆三賞獲得12回 栃東(子) 殊3敢2技7栃東は父栃東を超えて大関まで駆け上がった。新入幕から大関昇進直前までの31場所で三賞を12回受賞している。39%の受賞率である。5場所に約2回の割合である。 <栃東> 新入幕は平成8年十一月場所である。十両... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち11
◆三賞獲得11回 栃ノ心 殊2敢6技3栃ノ心は2つの時期に分けられる。その分岐点はケガで4場所休場が続き、番付を幕下まで下げたときである。休場は平成25年七月場所から始まった。そのとき栃ノ心の復帰記録は奇跡的であった。幕下2場所連続優勝、十両... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち10
◆三賞獲得11回 北勝海 殊3敢3技5八角理事長の現役時代である。昭和58年九月場所20歳で入幕した。四股名は保志(本名)であった。入幕した年から大関になるまで毎年三賞に輝いた。 <保志のブロマイド> 入幕して2場所目の十一月場所で敢闘賞を受賞し... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち9
◆三賞獲得11回 大受 殊4敢1技6押し一筋の力士。立ち合いあたって一気の押しではなく、広い肩幅から左右のおっつけでじわじわと押すタイプだった。大受ほど押しの技能を認められた者はいない。昭和45年五月場所新入幕で技能賞を受賞した。新入幕は前頭... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち8
■三賞獲得10回 御嶽海 殊6敢1技3学生横綱・アマチュア横綱を引きさげ角界入りした逸材であった。4場所で入幕した期待の大器であった。平成28年五月場所、入幕4場所目で敢闘賞を受賞した。 翌年は技能賞と殊勲賞を2回獲得している。最初の殊勲賞は横... -
コラム・論考
優勝物語 三賞なき優勝
三賞は関脇以下の力士が対象となる。優勝できる力士は限定されるから多くの力士に好評であった。相撲ファンも誰が三賞を受賞するか、新しい楽しみであった。関脇以下の優勝なら三賞を受賞して当然である。 最近では三月場所優勝した尊富士は殊勲・敢闘・技... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち7
■三賞獲得10回 若の里 殊4敢4技2若の里の三賞は新入幕の敢闘賞が初である。平成10年五月場所のことである。1年後は技能賞を受賞している。平成12年九月場所から敢闘、殊勲、殊勲と3場所連続三賞を獲得した。最初の殊勲章は優勝曙に唯一の黒星をつけ... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち6
久々にこのテーマを展開します。遠ざかっていたのは理由があります。繊細かつエネルギーを要するテーマのため猛暑のなかでは酷な作業になる事情があります。そうもいっていられずやり通しますので宜しくお願いします。 ■三賞獲得10回 魁傑 殊2敢7技1魁... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち5
■三賞獲得9回 鶴竜 殊2・技7鶴竜は志願兵だった。大相撲の入門志願をしたため日本語がわかる教授に翻訳してもらい、それを日本相撲振興会に送った。受け取った会長は会員と相談後井筒(元逆鉾)に託して入門が実現した。 <鶴竜> 入幕は平成18年十一... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち4
■三賞獲得9回今回取り上げる力士は偶然横綱までいった方々である。 旭富士 殊2・敢2・技5立浪(元安念山=2代目羽黒山)部屋の分家大島(元旭國)部屋出身。近大に進学したが、2年のとき中退。柔軟な体で津軽なまこと言われたが、本人には不評だっ... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち3
■三賞獲得9回 大麒麟 殊5・技4体が柔軟でもろざしから吊り。うっちゃりもあった。四つは右四つで素質・素材はすばらしかった。ここ一番に弱く大関のチャンスを2度逃し、3度目で手中にした。優勝はついになかった。十両から昭和45年三月場所までは麒... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち2
■三賞獲得8回引き続き三賞8回獲得者をみていこう。 黒姫山 殊4・敢3・技1幕下にいる黒姫山の祖父である。立ち合いの強烈なぶちかましからの突き押しでD51と呼ばれた。再入幕2場所目に敢闘賞を受賞した。9勝6敗だったが、このころの三賞は相撲内容... -
コラム・論考
三賞多数獲得者たち1
三賞が実施されたのは昭和22年秋場所であった。相撲人気の低迷脱出に記者クラブと相撲協会が考案した。ファンにも力士にも好評であった。優勝はどうしても限られた者、選ばれし者になってしまう。三賞なら誰にでもチャンスがあるし、励みになった。 <三賞... -
コラム・論考
2023年架空年間三賞
年間三賞はかつて日刊スポーツが制定していた。大関への登竜門と言われるほどの受賞者を輩出してきた。今年も大相撲は全日程を終了した。あらためて架空年間三賞を制定してみよう。 最初に今年実際の三賞の受賞者をピックアップしてみよう。 1月 殊勲な... -
コラム・論考
三賞受賞者数初めての変化
三賞は相撲人気回復策として発案された。優勝はどうしても限られた力士しかできない。だから三賞は力士にとって励みになった。 昭和22年秋場所からスタートした殊勲・敢闘・技能の三賞は毎場所各一人であった。それが昭和32年十一月場所、初めて技能賞が該... -
コラム・論考
新入幕力士の三賞ダブル受賞
七月場所千秋楽、新入幕の伯桜鵬は11勝3敗で同成績の関脇豊昇龍と対戦した。場合によっては108年ぶりの新入幕力士の優勝かとあおったメディアがあった。これは大正3年夏場所の両國勇治郎のことを指しているのだろう。だが、この時代優勝制度はない。あっ... -
コラム・論考
2022年架空年間三賞
今年(2022年)すべての場所が終了した。改めて今年も年間三賞力士を選出してみる。まず、今年の各場所の三賞はどうであったか。 1月 殊勲阿炎 敢闘琴ノ若 技能御嶽海3月 殊勲なし 敢闘高安・琴ノ若 技能若隆景5月 殊勲大栄翔・隆の勝 敢闘佐田... -
コラム・論考
三賞の4連続以上の受賞4
引き続き4連続三賞受賞者をみていこう。 ■保志 6連続受賞保志は昭和58年九月場所、20歳で入幕した。相撲は突き押しを中心とした。入幕3場所目で小結、なおかつ上位に定着した。入幕9場所目からは関脇・小結に定着するようになった。若さあふれるスピ... -
コラム・論考
三賞の4連続以上の受賞3
ここまで7人の4連続三賞受賞者をとりあげ、今回の4人をみると法則性が見えてきた。それは将来横綱・大関になった者が多いことである。 ■千代の富士 5連続受賞千代の富士は脱臼癖がつきまとっていた。そのうえ取り口に投げが多いため、なかなか出世で... -
コラム・論考
三賞の4連続以上の受賞2
引き続き三賞の4連続以上の受賞力士をピックアップしていこう。 ■貴ノ花 4連続受賞2回横綱若乃花の弟として注目された角界のプリンス貴乃花。彼は期待に応えて三賞の常連になった。4連続受賞を2回にわたり成し遂げている。 1回目は昭和46年三月場所... -
コラム・論考
三賞の4連続以上の受賞1
三賞は終戦の翌年、昭和21年に大相撲の人気回復策として報道陣の提案で誕生した。優勝ができる力士は限られているだけに、三賞はファンに新しい関心事として歓迎された。 三賞が施行されたのは昭和22年秋場所からである。今回のテーマは三賞の4連続以上の... -
コラム・論考
2021年架空年間三賞
2021年は引き続き新型コロナウイルスの影響 で、大相撲の入場観客を制限した1年だっ た。そのなかで昨年はなかった名古屋と福岡 で地方場所が開催された。1年間を通した 賞には最優秀力士賞、新人賞の新聞社表彰が ある。かつて日刊スポーツは年間三賞を... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 6【昭和43年~44年】
大鵬は昭和42年十一月場所から5場所連続 休場した。巡業で泥にまみれ再起をはかった 大鵬は昭和43年九月場所の土俵にあがった。 初日栃東に敗れ、不安のスタートとなったが、 このあと45連勝した。それも誤審がなければ どこまで連勝が続いたか。誤審は相... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 5【昭和41年~42年】
昭和41年から42年にかけて大鵬が第二次6連 覇を達成した。優勝回数では19回目から26回 目へ伸ばした時期である。新しい力として 北の 冨士、玉乃島、琴櫻が台頭してきた。 昭和41年一月場所、北の冨士は優勝力士柏戸 に唯一の土をつけて殊勲賞を初受賞し... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 4【昭和39年~40年】
昭和39年から40年、大鵬が23歳から25歳の ときである。優勝でいうと12回目から18回目 を成した時期である。昭和40年から時津風 (元双葉山)理事長の英断によって部屋別 総あたり制がスタートした。横綱栃ノ海対 大関佐田の山が4日目、大関佐田の山対大関... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 3【昭和37年~38年】
昭和37年~38年にかけて大鵬は第一次6連覇 を達成している。柏戸は休場が多い時期で、 大鵬時代がゆるぎないものになった。 昭和37年三月場所、若羽黒は優勝同点力士 大鵬に勝ちながら殊勲賞の受賞とはいかなか った。元大関にこだわったのだろうか。殊勲... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 2【昭和35年~36年】
昭和35年は栃若時代の終焉を迎えた年であっ た。五月場所栃錦が初日、2日目に連敗する とあっさり引退した。若乃花は九月場所が 最後の優勝となった。また、昭和35年は大鵬 が一月場所新入幕して大きな話題を集めて いた。 大鵬のライバル柏戸は昭和33年... -
コラム・論考
殊勲賞の中身Ⅱ 1【昭和33年~34年】
2017年に殊勲賞の中身を5回掲載した。その 続編を久々に発表することにした。前回昭和 32年までだったので、今回は昭和33年からの スタートになる。この年から年6場所制が 始まった。若乃花が横綱に昇進して栃若時代 へ突入していった。殊勲賞は本来優勝... -
コラム・論考
現役力士の三賞事情
七月場所は琴ノ若が敢闘賞、豊昇龍が技能賞 を受賞した。若手で今後の成長が期待される 両力士はともに三賞初受賞であった。三賞の 表彰は優勝表彰後であり、なかなか目にする 機会は少ない。トロフィーが受賞力士に直接 渡されない悪習が続く表彰。それは... -
コラム・論考
2020年架空年間三賞
2020年は新型コロナウイルスの影響で大相撲 は1場所中止になった。そのため、5場所で 終了した。年間を通した賞には最優秀力士賞、 新人賞がある。いまはないが、かつて日刊 スポーツは年間三賞を制定していた。殊勲・ 敢闘・技能の年間三賞にふさわし力... -
コラム・論考
架空年間三賞
スポーツ報知の年間最優秀力士に白鵬が選ばれた。中日スポーツの年間最優秀新人賞は、炎鵬に決定した。両力士は一月場所の初日、土俵で表彰される。うっかり席をはずして売店やトイレに立って、2人の表彰を見逃すことがないようにしていただきたい。とこ... -
力士・人物
元大関の涙の敢闘賞
九月場所、優勝同点で優勝争いを盛り上げた関脇貴景勝に三賞はなかった。なぜなかったのか。元大関だからか。貴景勝が優勝した場合、関脇以下の優勝で三賞なしという奇妙な記録をつくることになるところだった。この記録の持ち主は過去朝汐と大鵬のみであ... -
記録と統計
大関昇進をめぐる三賞記録
新大関貴景勝は伝達式を終え、記者会見を 済ませた。その後各番組に生出演して精力的 に応えた1日だった。大関の昇進というと 直前の3場所の勝ち数が取り上げられる傾向 がどうしてもある。もう一つの見方は相撲 内容の評価としての三賞受賞である。 <... -
コラム・論考
里山涙の技能賞受賞ならず
小兵で食い下がる相撲で観客をわかしてきた里山が十一月場所限りで引退した。最後は幕下9枚目であった。十一月場所は3連敗と先行き不安なスタートとなったが、ねばりを発揮し、3連勝と盛り返してきた。そうして最後の7番相撲に臨むことになった。対戦... -
記録と統計
続 三賞の記録
三賞各賞の最多受賞者をみていこう。殊勲賞で初めて6回受賞したのが、高見山であった。輪島に強かった高見山だが、6回目のときは優勝者北の湖に勝っての受賞であった。しかし、この記録はあっさり後輩の朝潮に抜かれてしまった。朝潮は殊勲所を10回受賞... -
記録と統計
三賞の記録
平成30年九月場所は三賞が制定された昭和22年秋場所から数えて記念すべき400場所目にあたっていた。その記念すべき場所の三賞で史上初の珍事がおきるとは、誰が想像できただろうか。その珍事とは殊勲賞・敢闘賞・技能賞すべてが該当者なしとなったことであ... -
力士・人物
敢闘賞竜電の出世街道
一月場所、新入幕の竜電は10勝5敗の好成績で敢闘賞を受賞した。竜電が土俵に上がると声援が飛ぶ。竜電は現在27歳である。これまでどのような出世街道を歩んできたのか、ふり返ってみよう竜電の初土俵は平成18年三月場所の前相撲である。同期には一月場所... -
コラム・論考
現役力士の三賞受賞事情
先場所は3横綱・2大関が休場するなか、貴景勝、阿武咲、朝乃山、嘉風の三賞力士の活躍で場所は盛り上がった。三賞は戦後の混乱期のなかからなんとか大相撲を盛り上げようという気運から誕生した。また、優勝できる力士は限られるが、三賞なら受賞できる... -
コラム・論考
殊勲賞の中身5【昭和31年初~32年11月】
昭和31年初場所は、本名四股名の成山が殊勲賞を受賞した。だが、横綱・大関の成績が悪すぎた。それは殊勲賞が取れなかった朝汐も同様である。優勝は横綱鏡里が14勝1敗で優勝した。1敗は新大関若ノ花がつけた。その若ノ花は13勝2敗の好成績であった。2... -
コラム・論考
殊勲賞の中身4【昭和29年初~30年秋】
前回の昨年の11月22日以来の再スタートです。このテーマは必ずしも関心度が高くないのですが、ある方が注目しているので時間をかけて現代に近づくようベストを尽くしてみます。昭和29年初場所、大関吉葉山が念願の初優勝を成し遂げた。千秋楽は1敗横綱鏡... -
力士・人物
三賞に縁が薄かった偉大な大鵬
今年の五月場所、宇良が11勝をあげながら、三賞を受賞できなかった。これはいささか腑に落ちない決定であった。三賞には運、不運がつきまとうのか。新入幕の10勝は敢闘賞かと思いきや龍皇は受賞でなかった。龍皇にとっては幻の敢闘賞であった。優勝32回、... -
コラム・論考
殊勲賞の中身3【昭和25年夏~昭和28年秋】
▼11月27日用これまで殊勲賞の中身を書いてきて、傾向は見えてきたように思うのでここでは、注釈のみを表記する。昭和26年秋場所はどうひいき目にみても栃錦のほうが殊勲の内容は上である。しかし、栃錦はこのとき技能賞を受賞しているので、殊勲賞は三根山... -
コラム・論考
殊勲賞の中身2【昭和25年春~昭和26年春】
▼11月24日用昭和25年春場所は吉葉山が殊勲賞を受賞した。内容的にほとんど変わらない鏡里は殊勲賞はおろかほかの三賞も受賞できなかった。途中休場した横綱照國を倒した差といかいいようがない。しかし、途中休場されたら、鏡里は対戦したくても対戦しよう... -
本場所レポート
■福岡7日目 新入幕技能賞をねらう石浦の快進撃
相撲界には家賃が高い、という言葉がある。番付の地位にふさわしい実力がともなわないことを例えた言葉である。新入幕石浦は先場所十両5枚目で9勝6敗の成績であった。本来なら入幕できる成績ではなかった。幕内からの陥落者が多いため、いささか幸運な... -
コラム・論考
殊勲賞の中身1【昭和22年秋~24年秋】
戦後は食糧難で相撲どころではなかった。昭和21年秋場所のメモリアルホールはお客の入りが思わしくなく、協会は人気回復のためにマスコミにアイデアを求めた。そこで出てきたのが、系統別総当たりの復活・優勝決定戦・三賞制度だった。三賞は昭和22年秋場... -
コラム・論考
琴勇輝をめぐる三賞のあり方
三月場所は、意外にも琴勇輝の殊勲賞一賞のみであった。これまでたびたび三賞は実質二賞と言ってきたが、ついに三賞は一賞にまでなり下がってしまった。三月場所の琴勇輝は殊勲賞と敢闘賞、殊勲賞と技能賞、敢闘賞と技能賞のいずれのダブル受賞でもおかし... -
コラム・論考
続三賞力士100+α人
殊勲力士140人目、敢闘力士207人目、技能力士125人目と、敢闘賞が突出している。これまで1場所複数受賞した人数は敢闘賞75人と殊勲賞23人、技能賞17人と比較しても多い。まして、殊勲賞・技能賞は該当者なしが多い。さらに、技能賞は特定の力士が受賞する... -
コラム・論考
三賞力士100+α人
2014年夏の終わりから秋にかけて、相撲博物館が優勝力士100人という企画で展示を行ったことは新しく、画期的だった。明治42年の高見山(酉)から鶴竜まで優勝者がちょうど100人に達していたのだ。これまで、優勝力士が何人目の優勝者かなんて考えたことも... -
本場所レポート
■秋11日目 実質二賞だった三賞に技能賞がでる予感
三賞は昭和22年の秋場所から始まった。戦後の混乱期を経て、相撲人気はどん底だった。何とか相撲人気を回復し、盛り上げていくために、協会と相撲記者クラブが考えて殊勲賞・敢闘賞・技能賞が誕生した。これは、ファンにも力士にも好評であった。これまで... -
コラム・論考
年間三賞、もしあらば
逸ノ城が中日スポーツの年間新人賞である第51回大相撲幕内最優秀新人賞を受賞した。ほかに新聞社の表彰はスポーツ報知の報知年間最優秀力士賞があるが、こちらは白鵬が決定的である。昨年は12月24日に発表されているから今年の発表は近い。ところで、かつ... -
コラム・論考
三賞は事実上一賞か二賞
一月場所の三賞は遠藤の敢闘賞だけで終わった。関脇以下で活躍したのがたった一人とは寂しい限りである。しかし、これは今に始まったことではない。2013年を見ても一人受賞が4場所、二人受賞が2場所で3人あるいはそれ以上が受賞したことは一度もない。...
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