四股名あれこれ ~の山|「~の山」の幕内力士一覧、横綱は秀の山・千代の山・佐田の山の3人

「~の山」の四股名で横綱になったのは、秀の山・千代の山・佐田の山の3人である。~山の四股名は多いが、~の山となると限られ、江戸は秀ノ山・小野山・秀の山、明治は佐野山・芳ノ山、大正は高ノ山・吉野山、昭和戦前は富ノ山だけだった。~の山が目立ってくるのは昭和戦後からである。

田口 通廣が2020年4月、番付が現存する宝暦7年10月以降の江戸・東京大相撲の幕内力士を調べた結果(の・ノ・乃・野の字はこだわらない)。

目次

「~の山」を調べたきっかけと数え方

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2020年4月の記事の時点で、朝乃山が大関に昇進したことで、四股名にも強さが感じられるようになってきた。田口は、四股名の響きは結局その力士次第であると書いている。

四股名といえば~山が多いようなイメージがあるが、朝乃山のように~の山となると、ぐっと限定されてくる。そこで幕内力士に限って~の山の四股名を調べた。対象は番付が現存する宝暦7年10月以降の江戸・東京大相撲で、の・ノ・乃・野と字にはこだわらなかった。

朝乃山
<朝乃山>

「~の山」の四股名の幕内力士一覧|江戸から令和まで

時代四股名田口の注
江戸秀ノ山
江戸小野山
江戸秀の山横綱。年寄名にもなっている
明治佐野山年寄名になっている
明治芳ノ山
大正高ノ山前頭が最高位
大正吉野山前頭が最高位。本名が吉野というわけではない
昭和戦前富ノ山昭和戦前はこの一人だけ
昭和戦後千代の山大関、横綱へと昇進した
昭和戦後前ノ山(前名醍醐山)
昭和戦後常ノ山
昭和戦後那智ノ山
昭和戦後甲斐ノ山
昭和戦後前ノ山(前名佐田岬)
6場所制以降佐田の山本名の佐々田からついた四股名。横綱になった
6場所制以降海乃山最初は海力山で届けたが、番付に海乃山と書かれた
6場所制以降岡ノ山
6場所制以降前の山太郎大関
6場所制以降天ノ山
平成・令和常の山
平成・令和和歌乃山
平成・令和鳥羽の山
平成・令和春ノ山
平成・令和舛ノ山
平成・令和隆の山
平成・令和朝乃山2020年4月の記事の時点で大関に昇進したばかり
田口 通廣「四股名あれこれ ~の山」(2020年4月14日)の並びのまま

江戸時代については、資料によっては出野山(いでのやま)の名がみられる。だが、これは出野里の誤りだと大相撲人物事典(ベースボール・マガジン社)が指摘している。

明治までは、年数のわりにささやかな人数である。田口は、~の山はいないようでけっこういた印象であると書いている。

「~の山」で横綱になった3人|秀の山・千代の山・佐田の山

~の山からは横綱が3人出ている。江戸の秀の山は横綱で、年寄名にもなっているので、一度は耳にしているはずである。同じ答えは、田口が2023年12月に出した四股名クイズの解答にもある。

千代の山のブロマイド
<千代の山のブロマイド>

千代の山は、戦後相撲界の希望の星、期待の星であった。やせた力士が目立つなかで、千代の山は筋肉隆々で肌つやもよかった。期待に応えて大関、横綱へと昇進していった。

引退後は、分家独立を許さない出羽海部屋から、北の富士らを連れて破門独立した(現代相撲部屋の系統1|出羽海一門の系統図と九重部屋の破門独立)。

佐田の山
<佐田の山>

佐田の山は、本名の佐々田からついた四股名である。闘志あふれる相撲で横綱になり、大鵬戦は勝っても負けても熱戦だった。学生さんには負けませんよ、という意気込みで豊山(前名内田)戦に臨んだ。

引退後は出羽海部屋を継ぎ、理事長になった(佐田の山死去 その現役と理事長時代をふり返る)。

海乃山と前の山|番付の書き違いと、3場所34勝の大関

海乃山は、最初は海力山で四股名を届けたのが、番付に海乃山と書かれてしまった。それでいいやということで、海乃山で相撲を取った。立ち合いのけたぐりで、大鵬から殊勲の星をあげたことがある。

前の山
<前の山>

前の山太郎は、3場所34勝、直前の場所は優勝同点の成績で大関に昇進した。相撲は気合のはいった突っ張りを得意としたが、大関になってからはついに2ケタ勝利をあげられなかった。

朝乃山については、2020年4月の時点で、横綱の仲間入りをするかどうかはこれからにかかっていると田口は見ていた。

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「~の山」の四股名についてよくある質問

Q. 「~の山」の四股名で横綱になったのは誰ですか?
A. 秀の山・千代の山・佐田の山の3人です。

Q. 「~の山」の四股名の力士はどれくらいいますか?
A. 江戸は秀ノ山・小野山・秀の山、明治は佐野山・芳ノ山、大正は高ノ山・吉野山、昭和戦前は富ノ山だけで、昭和戦後から目立つようになりました(幕内力士の範囲)。

Q. 佐田の山の四股名の由来は?
A. 本名の佐々田からついた四股名です。闘志あふれる相撲で横綱になり、引退後は出羽海部屋を継いで理事長になりました。

Q. 海乃山の四股名はなぜ「海乃山」なのですか?
A. 最初は海力山で届けたのが、番付に海乃山と書かれてしまったからです。それでいいやということで、海乃山で相撲を取りました。

田口 通廣の四股名の記事 一覧(連載「四股名の大元」「四股名のルーツ」「四股名あれこれ」ほか)

〔四股名の大元〕玉(片男波部屋)|栃(春日野部屋)|琴(佐渡ヶ嶽部屋)

〔四股名のルーツ〕○○富士|○鵬&○海(かい)|○風|○○里|寺尾という四股名にこめられた思い

〔四股名あれこれ〕1文字の四股名|頭に若がつく四股名|本名の四股名|四股名のパターン|丸と城と王|~の山(本稿)|東西南北|動物編(全4回)|~花(上・中・下)|ひらがな変換編|~の・ノ・乃海(全5回)|本名をもじったもの(上・下)|春日野部屋編

〔一覧とクイズ〕力士の改名・旧四股名 一覧|伝統の四股名|四股名クイズ

▶ あわせて読みたい:横綱10大史8 千代の山横綱返上問題/新大関朝乃山論/無気力相撲とは|意味と罰則、監察委員が動いた1972年の前の山対琴桜戦

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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