大相撲

四股名のルーツ【○風】

2016年11月21日

▼11月23日用

はじめに
四股名は、江戸東京相撲の幕内力士に限定
する。といっても江戸期には番付の上段が
今の幕内に相当するとはいえない時期がある。
ここでは便宜上、上段のみを対象とする。
また、番付は宝暦7年(1757年)10月より
判明しているが、それ以前伝わっている四股
名谷風(複数いる)があるが、ここでは宝暦
7年(1757年)10月以降のみを対象とした。
なお、○風の後、改名した者は除外した。

○風というと嘉風、豪風、天風と尾車部屋の
看板になっている。これは師匠が現役時代
名のっていた琴風に由来する。そうなると、
他の部屋が○風とつけにくい状況である。
しかし、○風はかつて案外存在した。ルーツ
をみていこう。

●江戸
濱風(宝暦10年(1760年)10月上段入り)
谷風(安永5年(1776年)10月達ヶ関(だて
がせき)から改名)
天津風(安永6年(1777年)4月出水川(い
ずみがわ)から改名)
沖津風(天明4年(1784年)3月登場 元駒
ヶ嶽)
秋津風(文政12年(1829年)2月鉄生山から
改名)
逐手風=おいてかぜ(天保2年(1831年)
3月黒柳から改名)
天津風(弘化3年(1846年)3月入幕)
浦風(安政5年(1858年)正月熊ヶ谷から
改名)
浦風(慶応2年(1866年)11月白真弓から
改名)
谷風 
<谷風.>

宝暦7年(1757年)10月以降、番付上段で
最初に出てくるのが、濱風である。現在年寄
名になっている。追手風、浦風も同様である。
よく知られているのは、事実上の横綱の祖
谷風である。横綱といっても地位ではなく、
土俵入りをする儀式上の資格であった。谷風
が関脇のとき横綱の免許を与えられた。出水
川(いずみがわ)から改名した天津風は、
天津風より出水川(いずみがわ)としての
ほうが認識されている。江戸期は改名による
○風が多い。

●明治
浦風(明治5年(1872年)4月浦湊から改名)
磯風(明治16年(1883年)1月入幕)
天津風(明治26年(1893年)5月入幕)
松ノ風(明治33年(1900年)1月入幕)

磯風は主に京都相撲と東京相撲を行き来した
力士。吉田司家から横綱免許を受けたが、
これは巡業用の横綱で、正式な横綱とは異
なる。

●大正
光風=てるかぜ(大正11年1月入幕)
鬼風(大正13年1月付け出し)

鬼風は大阪相撲の大関でならしたが、ある
事件の責任をとって廃業。その後東京相撲に
転身したさい鬼風として幕内に付け出された。
東京相撲では1度も勝ち越せなかった。
神風 
<神風のブロマイド>
 
●昭和
神風(昭和17年1月入幕)
岩風(昭和31年5月入幕)
太刀風(昭和32年1月入幕)
天津風(昭和37年1月入幕)
琴風(昭和52年1月入幕)

神風については1度ふれたので下記を参照
いただきたい。

岩風は潜航艇といわれ、徹底してもぐる取り
口だった。怪力でならし、鉄筋ともいわれた。
当時人気漫画だった伊賀の影丸にも岩風と
いう名の忍者が登場し、忘れられない四股名
になった。昭和は63年あったが、○風は5人
とそれほど多くない。
岩風
<岩風のブロマイド>
 
●平成
豪風(平成15年3月入幕)
嘉風(平成18年1月入幕)
皇風=きみかぜ(平成24年5月入幕)
天風(平成28年9月入幕)
150914二日目幕内 844
<嘉風>
 
平成はすべて元琴風の尾車の弟子であり、
なじみの四股名ばかりである。○風で登場
した四股名は19種24人という結果になった。
ルーツは宝暦までさかのぼることが判明した。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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