大相撲

横綱の連続12勝以上3

曙は若貴と同期だが、横綱は先駆けて昇進
した。曙の爆発力、破壊力は若貴にないモノ
であった。曙の連続12勝以上は引退2場所前
に記録した5場所連続が最高である。優勝は
2回。そのせいか、曙の引退は体力の限界と
いう印象はなかった。師匠東関(元高見山)
とうまくいっていない感じがした。曙はほか
に4場所(2回)・2場所連続12勝以上が
ある。

大相撲ブームの担い手貴乃花は一代年寄に
ふさわしく、横綱連続12勝以上を2ケタ数字
で 記録した。新横綱の場所から連続11場所
12勝 以上を達成した。この間、優勝は8回で
ある。 全休で記録はストップしたが、翌場所
から 6 場所連続を記録した。全休がなけ れば
大変な記録となっていた。ほかに3場所 連続
が 2回ある。そのうちの1つは負傷を かかえ
て 優勝決定戦の臨み、武蔵丸を上手 投げで
しとめた最後の優勝が含まれている。

<貴乃花>

武蔵丸は大関在位32場所という遅れてきた
横綱であった。4場所連続12勝以上が最高
記録である。だが、このなかに優勝はない。
ほかに3場所連続。2場所連続12勝以上が
ある。横綱在位は27場所であった。3代目
若乃花は記録なしで終わっている。そもそも
横綱優勝がなかった。3代目若乃花は横綱
より、大関時代のほうが成績はよかった。

朝青龍が横綱に昇進したときは、武蔵丸は
休場しがちであった。武蔵丸と5場所番付上
で横綱として載ったが、事実上一人横愚と
変わらなかった。そのあと3年半一人横綱が
続いた。白鵬が台頭するまで朝青龍を脅かす
力士はいなかった。その間連続12勝以上を
6場所連続。7場所連続、5場所連続を記録
した。7場所連続12勝以上のときには7連覇
を達成している。スピードと集中力で取る
相撲であった。白鵬が横綱になってからは
2場所連続があるだけである。引退は体力の
限界ではなく、事件だっただけにまだやれた
のでは、と惜しまれる。

<朝青龍(左)>

白鵬は横綱連続皆勤48場所の最高記録保持者
である。それだけに横綱連続12勝以上の記録
は大変な数字である。まず、横綱2場所目
から4場所連続12勝以上を記録した。琴欧洲
が優勝した1場所置いて、なんと22場所連続
と北の湖の12場所連続の記録をはるかに超え
る数値を達成した。この間優勝は16回である。
旭天鵬が平幕優勝した1場所を経て17場所
連続12勝以上を達成している。この間優勝は
12回である。白鵬はこの方面でも記録男で
あった。このあと4場所連続、2場所連続が
あるが、直近の16場所は記録がない。

<左から日馬富士、鶴竜、白鵬>

日馬富士は横綱在位31場所だが、連続12勝
以上は2場所があるだけである。鶴竜は横綱
在位36場所(2020年三月場所現在)となった
が、2場所連続12勝以上が2回あるだけで
ある。稀勢の里は記録なしだった。

(この項目終わり)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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