大相撲

四股名あれこれ

2015年2月16日

遠藤が本名のままの四股名でいくという。部屋の特色で
ある「翔」の字は使われないことになる。幕内にはほかに
高安(高は旧字)という本名の力士がいる。こちらも
改名の雰囲気はなさそうである。さらに元幕内の里山が
十両で活躍している。皆、親から受け継いだ名前を大事に
している方ばかりである。その反面力士らしくないという
見方もある。本名が四股名の力士はどれくらいいたのか。
1909(明治42)年夏場所以降の幕内力士を調べてみた。

明治末・大正・昭和戦前は本名の力士はいない。初めて
登場するのは戦後8年立った1953(昭和28)年秋場所に
入幕した成山(なるやま)である。実は成山含め、現役を
除けば本名の力士は18人いる。半分以上あげられるよう
ならあなたは相撲通である。
八染(やそめ)
及川
長谷川
強豪関脇で優勝が1回ある。佐渡ヶ嶽部屋。横綱琴桜の
弟弟子。
長谷川
<長谷川のブロマイド>
 
朝岡
輪島 
本名で唯一横綱になった力士。どこにでもある名前で
ないことから本名で通した。優勝14回。花籠部屋
輪島
 <髷を結う前の輪島>
 
牧本
丸山
相撲協会が公認している3代目横綱と結果的に同じ四股名
である。
丸山
 <丸山>
 
小沼
蔵間
親方廃業後タレントとして活躍したが、若くして病死
した。
板井
蜂矢
斉須
斉須の場合は最終四股名は寶国だが幕内12場所在位の
ときは斉須であった。寶国は十両に陥落してからの四股名
である。最高位前頭2枚目、伊勢ヶ濱部屋(現在の伊勢
ヶ濱部屋とのつながりはない)、

・平成
出島
関脇で優勝して大関に昇進した学生出身力士。
十文字 
垣添
片山
四股を踏むと足が高々と上がる特徴をもった力士だった。
境澤 
※現役3人は最初に記している。

▼本名ではないが発音は同じ力士がいる。(  )内は本名
明武谷(明歩谷)
起重機といわれ、吊りを得意技とした。優勝決定戦に
2度出場した。
明武谷
 <明武谷>
 
宇多川(宇田川)
荒勢(荒瀬)
霜鳳(霜鳥)
しもおおとりと読んだ時期があったが、最終的にはしも
とりと読んだ。
阿覧(カバライエフ・アラン)
ロシア出身の力士。三保ヶ関部屋の閉鎖とともに引退した。

▼次に本名をもじった四股名を紹介しよう。(  )内は本名
・大正
山田川(山田)
・昭和戦後
藤田山(藤田)
大内山(大内)
吉井山(吉井)
福田山(福田)
佐田の山(佐々田)
白田山(白田)
吉の谷(吉谷)
舛田山(舛田)
・平成 
大若松 ※若の右の上に点あり(若松)
木村山(木村)
安念山。本名が安念。最終的には2代目羽黒山になったが、
安念山のほうがなじみがあった。安念山で優勝している。
なかなか大関になれない安念山にNHKの解説者の玉の海
さんがこれじゃあ安念山でなく、残念山ですなあと言った。

最後に本名ではないが名前を四股名にしたのが寺尾で
ある。これは母方の名前を名乗ったのだが、いまや弟子の
四股名に用いられている。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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