断髪式は、引退した力士が大銀杏(おおいちょう)の髷を切り落とす式で、引退相撲という一日の興行の終盤に組まれる。後援者・身内・協会関係者が土俵の上で一人ずつはさみを入れていき、最後に師匠が髷を切り離す。この最後の一回を止めばさみという。当サイトの田口が記録した12回では、はさみを入れた人数は250人以上から450人まで回ごとに違った。女性がはさみを入れる枠は、設けられた回と設けられなかった回がある。設けられた回でも、田口が記録した範囲では女性は土俵に上がらず、土俵下ではさみを入れている。式が終わると力士は髪を整え、背広姿で挨拶に立つ。
大銀杏を結えるのは十枚目以上、という点は日本相撲協会「巡業の一日」の髪結実演の説明による(2026年9月17日確認)。正式名称と一日の時間の枠は協会「協会からのお知らせ」の引退相撲の告知による(同日確認)。回ごとの人数・女性枠・止めばさみは、田口が会場で見た回と、会場にいた相撲仲間から写真・メモ・電話で受け取って書いた回を合わせたレポート12本の記述を、このページで並べたもの。
断髪式は引退相撲のどこに入るか|一日の流れ
断髪式だけが単独で開かれるわけではない。多くは引退相撲(引退大相撲)という一日の興行があり、その終盤に断髪式が置かれる。午前10時前後に開場し、ふれ太鼓か取組で始まり、取組と余興、引退する力士の最後の土俵入りや最後の一番と進んで、そのあとで断髪式になる。終わるのは午後4時前後である。
協会が告知する時刻も同じ枠に収まっている。日本相撲協会は令和8年2月12日付のお知らせで「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」を令和9年1月30日(土)に両国国技館で開くと告知し、開場を午前10時00分、取組開始を午前11時30分、打出(終了)を午後4時(予定)としている。田口が会場で控えてきた時刻と並べると次のようになる。
| 回 | 開場 | 取組開始・開演 | 終了 | 出どころ |
|---|---|---|---|---|
| 遠藤(令和9年1月30日・予定) | 10:00 | 11:30 | 16:00(予定) | 協会公式の告知 |
| 照ノ富士 | 10:00 | 11:00 | 16時台 | 田口の実見(50701・2026年1月31日) |
| 貴景勝 | 10:30 | 11:30 | 16時半前 | 田口の実見(49358・2025年10月4日) |
| 北勝富士 | 10:30 | 11:30(ふれ太鼓) | 田口の実見(52170・2026年5月30日) | |
| 鶴竜 | 10:00 | 11:00 | 田口の実見(39599・2023年6月3日) | |
| 栃煌山 | 10:30 | 田口の実見(32998・2022年1月30日) | ||
| 嘉風 | 10:30 | 11:30の予定が12:00に | 田口の実見(33100・2022年2月5日) | |
| 豊山 | 11時ごろ南門を開放 | 取組なし・断髪式のみ | 14:30ごろ | 田口のレポート(39818・2023年6月25日) |
取組がまったくない回もある。田口は千代の国の回について「特色は、取組がいっさいないのである。十両はもちろん幕内もない」と書いている(43326・2024年6月8日)。豊山の回も、客を入れずアリーナでは断髪式だけを行った(39818・2023年6月25日)。嘉風の回は同部屋の力士が濃厚接触者になり、十両の土俵入りと取組が消え、関取70人のうち出場者は26人だった(33100・2022年2月5日)。式の形は固定されていない。
はさみを入れるのは何人か|人数が記録に残る12回の実数
「断髪式では何をするのか」に一番近い答えが、この人数である。田口は断髪式そのものについて「後援者・身内・協会関係者など300人くらいの多くの方が次々にはさみをいれる。師匠が最後のはさみをいれていく。髷との別れ。それは完全な現役との惜別である」と書いている(36137・2022年8月25日)。ただし実際の人数は回ごとに違う。田口の引退相撲・断髪式のレポートはこの12本だけではない。ここに並べたのは、人数や女性枠の扱いが地の文に書かれていて、レポート同士を突き合わせられる回を選んだものである。人数が書かれている9回では、少ない回で250人以上、多い回で450人だった。
| 回 | レポート掲載日 | はさみを入れた人数 | 女性の枠 | 止めばさみ(師匠) | 断髪後の礼 |
|---|---|---|---|---|---|
| 琴欧洲 | 2014年10月4日 | 総勢350人 | 佐渡ヶ嶽(元琴ノ若) | ||
| 琴勇輝 ※ | 2021年10月2日 | 土俵下に段を作り、数多くの女性 | 佐渡ヶ嶽(元琴ノ若) | 三方 | |
| 栃煌山 | 2022年1月30日 | 300人 | なし | 春日野(元栃乃和歌) | 四方 |
| 嘉風 | 2022年2月5日 | 250人以上 | あり(向こう正面で3人) | 尾車(元琴風) | |
| 白鵬 | 2023年1月28日 | 間垣(元竹葉山) | 四方 | ||
| 鶴竜 | 2023年6月3日 | 400人(発表) | あり(土俵下) | 陸奥(元霧島) | 四方 |
| 豊山 ※ | 2023年6月25日 | 430人(発表) | あり(向こう正面の土俵端) | 時津風 | 三方 |
| 栃ノ心 | 2024年2月4日 | 300人近い | なし | 春日野(元栃乃和歌) | 四方 |
| 千代の国 | 2024年6月8日 | 450人 | あり(土俵下) | 九重(元千代大海) | 四方 |
| 貴景勝 | 2025年10月4日 | 300人以上 | あり(西の土俵下) | 常盤山(元隆三杉) | 四方 † |
| 照ノ富士 | 2026年1月31日 | あり | 宮城野(元旭富士) | ||
| 北勝富士 | 2026年5月30日 | 300人(発表) | なし | 八角 | 四方 |
人数が多い回ほど時間がかかる。田口は千代の国の450人について「そのため司会の刈屋氏が一部例外を除いて肩書なしで進行した」「進行が予想以上に早く、対応が間に合わない親方がでた」と書いている(43326)。豊山の430人では「今回はかなりの人数であった。だからけっこう時間がかかった」(39818)。

はさみを入れる順番と、止めばさみ
順番は回によって細部が違うが、田口の12本のレポートを読み比べると、おおよそ一般の後援者・有名人から始まり、女性の枠と肉親をはさんで、協会関係者と進み、最後に師匠が入る形が繰り返し出てくる。これは当サイトの整理で、女性の枠と肉親の前後は回によって入れ替わる。嘉風の回は肉親の兄・弟・長男が先で女性枠が後、貴景勝の回は女性部門のあとに男性の親族だった。協会関係者のなかは親方が先で力士が後という回がある。田口は貴景勝の回を「男性の親族のはさみ入れた後、協会関係者のはさみになった。親方→力士の順となった」と書いている(49358・2025年10月4日)。嘉風の回では親方のあと、日体大出身の妙義龍・北勝富士、部屋の矢後が続いた(33100)。
一般の枠は五十音順のことがある。照ノ富士の回で田口は「白鵬は50音順『は』にはいっていたが、ここではさみをいれた」と書いた。ここ、というのはモンゴル枠のことで、白鵬は民族服で並びを外れて入っている(50701・2026年1月31日)。並びをどう決めているかまでは、レポートに書かれていない。
最後の一回が止めばさみである。田口の12回はすべて師匠が入れている。琴欧洲の回では「最後は師匠の佐渡ヶ嶽(元琴ノ若)が大銀杏を切り離した」(17251・2014年10月4日)、北勝富士の回では「最後に師匠八角が止めばさみを入れ、四方に礼をした」(52170)。止めばさみの直前で照明を落とし、引退する力士にスポットライトを当てて、その相撲人生を司会が語る回もある。千代の国と琴勇輝の回がそうだった(43326/30945)。
髷を切り離したあと、師弟は土俵の四方(三方の回もある)に礼をする。上の表の右端がその回数である。
女性ははさみを入れられるのか|土俵下での対応
入れられる回がある。田口が書いた回では、女性はいずれも土俵に上がっていない。引退する力士のほうが土俵の端や土俵下へ動いて座り、そこではさみを受けている。千代の国の回は「女性枠もあり、土俵下で対応した。先代師匠千代の富士の夫人、娘たちがはさみをいれた」(43326)。豊山の回は「向こう正面土俵端に座って女性のはさみにも対応した」(39818)。貴景勝の回は「女性部門は西土俵下で断髪となった」(49358)。琴勇輝の回では「土俵下に段をつくりじゅうたんで覆い、数多くの女性もはさみをいれた」(30945)。

枠が設けられない回もある。栃煌山の回は「女性のはさみはなかった」(32998)、栃ノ心の回は「また女性の参加はなかった」(42132)、北勝富士の回は「女性枠はなかった」(52170)。あるかないかは回ごとに違い、協会が決めた一律の扱いとして書ける材料はここにはない。
なぜ土俵下なのか。田口はこの点を別稿で扱っている。2018年4月の舞鶴巡業で、挨拶中に倒れた市長に土俵へ駆けつけて応急処置をした人のなかに女性がいて、場内アナウンスが「女性の方は土俵を下りてください」と連呼した一件に触れたうえで、「断髪式で女性は土俵下ではさみを入れている。問題はその理由である。いまだ理由が明らかにされていない」と書いた(29571・2021年6月25日)。理由が公表されていない以上、このページでも由来を説明しない。
正式名称はなぜ長いのか|「◯◯引退◯◯襲名披露大相撲」
チラシやチケットに出る名前は、たいてい「断髪式」の三文字より長い。引退することと、年寄名跡を襲名して親方になることを、一つの興行でまとめて披露するからである。日本相撲協会が令和8年2月12日付のお知らせに出した名称は「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」だった。しこ名+引退+襲名する年寄名+襲名披露+大相撲、という並びになっている。
| 回 | 正式名称 | 出どころ |
|---|---|---|
| 遠藤 | 遠藤引退北陣襲名披露大相撲 | 協会公式の告知(令和8年2月12日付) |
| 北勝富士 | 北勝富士引退年寄大山襲名披露大相撲 | 田口(52170・2026年5月30日) |
| 照ノ富士 | 照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲 | 田口(50701・2026年1月31日) |
| 貴景勝 | 貴景勝引退湊川襲名披露大相撲 | 田口(49358・2025年10月4日) |
| 千代の国 | 千代の国引退佐ノ山襲名披露断髪式 | 田口(43326・2024年6月8日) |
年寄名を継がない引退もある。その場合は襲名の部分が落ちる。鶴竜の回について田口は「それにしても鶴竜は年寄名を襲名することはなかった。横綱年寄名は5年限定である。鶴竜の行く末が気になった断髪式であった」と書いている(39599・2023年6月3日)。
断髪式のあとに何が起きるか|整髪して挨拶に立つ
髷が落ちたら、その場で終わりではない。髪を整えたうえで、背広姿で土俵に戻って挨拶をする。家族から花束が贈られ、子どもが手紙や作文を読む回もある。田口は照ノ富士の回を「最後に整髪した照ノ富士が弟子とともにあいさつに立った」と書き(50701)、琴勇輝の回では「整髪後再び師弟は土俵に上がり、二人でご挨拶を述べた。琴勇輝の頭は丸刈りだった」と書いた(30945)。

整髪した姿を見せない回もある。白鵬の回について田口は「整髪姿を披露することはなかった」と書いた(38219・2023年1月28日)。貴景勝の回では「最近見られなくなっていたが、整髪後の姿で登場した。元力士というより一般人のイメージが強かった」(49358)。この一文は、整髪姿の披露が近年は減っていたという田口の見立てである。
切られる髷は大銀杏|結えるのは十枚目以上
断髪式で落とすのは大銀杏である。日本相撲協会は巡業の余興「髪結実演」の説明で、床山が大銀杏を結う様子を見せるとしたうえで「十枚目以上の力士が結うことのできる大銀杏。頭頂部に乗った髷のはけ先がイチョウの葉の形に似ていることからこの名で呼ばれます」「床山が大銀杏を結う技術を習得するには10年以上かかると言われています」と書いている。結うのは本人ではなく床山で、結える番付にも線がある。
引退そのものについて田口はこう書いている。「プロ野球のように今シーズン限りで引退ということも大相撲ではありえない。引退を口にした瞬間が引退となる」「大相撲には番付というけじめがある。引き際は、個人差はあるが、無給となる幕下落ちがひとつの目安になる」(36137・2022年8月25日)。関取の座を失う手前で身を引き、関取だけが結えた髷を落とす。断髪式が引退相撲の終盤に置かれているのは、この順番による。
引退から式まで間があくこともある。栃煌山が引退したのは2020年7月15日で、断髪式は2022年1月30日だった。田口は「あれから1年7カ月半の時を経て、実現した断髪のとき」と書いている(32998)。コロナ禍で引退相撲がつかえていた時期の話で、2021年10月2日の琴勇輝の回は観客を入れず、はさみを入れる人は西で消毒し、入れたあと東で消毒する動線で進んだ(30945)。
断髪式についてよくある質問
Q. 断髪式では何をするのですか?
引退した力士が土俵の中央に座り、後援者・身内・協会関係者が一人ずつ髷にはさみを入れます。最後に師匠が髷を切り離し(止めばさみ)、師弟で土俵の四方または三方に礼をします。そのあと力士は髪を整え、背広姿で挨拶に立ちます。
Q. 「断髪式」とはどういう意味ですか?
力士が結っていた大銀杏の髷を断つ式、という意味です。大銀杏は十枚目以上の力士が結える髷で、床山が結います(日本相撲協会「巡業の一日」の髪結実演の説明)。
Q. 引退相撲と断髪式は同じものですか?
同じではありません。引退相撲(引退大相撲)は午前10時前後に開場して午後4時前後に終わる一日の興行で、断髪式はその終盤に置かれる式です。取組をいっさい組まず、断髪式だけを行った回もあります。
Q. はさみを入れるのは何人くらいですか?
回ごとに違います。このページに並べた12回のうち、人数が書かれている9回では、少ない回が250人以上、多い回が450人でした。上の表は田口のレポートの全数ではなく、人数や女性枠が地の文に書かれている回を選んだものです。平均は出していません。
Q. 止めばさみは誰が入れますか?
田口が記録した12回はいずれも師匠が入れています。止めばさみの前に照明を落とし、司会がその力士の相撲人生を語る回もあります。
Q. 女性ははさみを入れられますか?
女性の枠が設けられた回では入れられます。田口が記録した回では、女性はいずれも土俵に上がっておらず、引退する力士のほうが土俵の端や土俵下へ動いて座って、そこではさみを受けています。枠が設けられなかった回もあり、扱いは回ごとに違います。土俵下で受ける理由について、田口は「いまだ理由が明らかにされていない」と書いています。
Q. 正式名称が長いのはなぜですか?
引退と、年寄名跡を襲名して親方になることを一つの興行で披露するからです。「遠藤引退北陣襲名披露大相撲」のように、しこ名+引退+年寄名+襲名披露+大相撲という並びになります。年寄名を継がない場合は襲名の部分が入りません。
Q. 引退してからどれくらいで行われますか?
決まっていません。栃煌山が引退したのは2020年7月15日で、断髪式が行われたのは2022年1月30日でした。コロナ禍では引退相撲が積み残しになっていた時期があります。
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