安青錦 対 大の里の対戦成績|本割5番を1勝4敗で全記録、初対戦から初白星まで・再大関までの歩み【2026年9月場所時点】

安青錦と大の里の対戦は、本割で5番。安青錦の1勝4敗である(令和8年九月場所の五日目を終えた2026年9月17日時点)。初対戦は2025年7月14日の名古屋場所二日目で、大の里の押し出し。安青錦が初めて勝ったのは5番目、2026年7月20日の名古屋場所九日目の上手出し投げだった。優勝決定戦で当たったことはない。安青錦はこの七月場所を関脇で12勝3敗・優勝で終えて大関に復帰し、令和8年九月場所を東大関で迎えている。

出典: 日本相撲協会「力士プロフィール」安青錦大の里の過去の星取表と、過去の成績・番付の取組結果(いずれも2026年9月18日確認)。開催中の九月場所の取組は協会の過去データにまだ入らないため、今場所については当サイト・田口 通廣の日次記事で確かめた範囲だけを日付つきで書いている。

目次

安青錦 対 大の里の対戦成績|本割5番の全記録

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安青錦の新入幕は令和7年三月場所だが、番付が離れていたあいだは取組が組まれず、初めて当たったのは上位に進出した令和7年七月場所だった。協会の星取表を安青錦の側(全18場所)と大の里の側(全21場所)の両方から数えて、相手の名前が並ぶのはどちらも5回。下の表がその5番の全部である。番付は取組当日に協会の取組結果へ表示されていたもので、決まり手も同じページの表示に合わせた。

#取組日場所日目安青錦大の里勝ったのは決まり手
12025年7月14日(月)令和7年七月場所(名古屋)二日目前頭筆頭横綱大の里押し出し
22025年9月14日(日)令和7年九月場所(東京)初日小結横綱大の里寄り倒し
32025年11月21日(金)令和7年十一月場所(福岡)十三日目関脇横綱大の里寄り切り
42026年1月24日(土)令和8年一月場所(東京)十四日目大関横綱大の里押し倒し
52026年7月20日(月)令和8年七月場所(名古屋)九日目関脇横綱安青錦上手出し投げ
日本相撲協会「過去の成績・番付」の取組結果より(2026年9月18日取得)。通算1勝4敗という合計は、この5行を当サイトが数えたもの。優勝決定戦は協会の星取表に含まれない。安青錦の3回の優勝決定戦の相手は順に豊昇龍、熱海富士、熱海富士・霧島との三つ巴で、大の里との決定戦は無い

安青錦は5番とも横綱・大の里と当たっている。自分の番付は前頭筆頭・小結・関脇・大関・関脇と動いた。大の里が勝った4番の決まり手は押し出し・寄り倒し・寄り切り・押し倒しで、いずれも前に出る形。安青錦が勝った1番だけが投げ(上手出し投げ)である。決まり手の名前の意味は決まり手一覧に載せている。

5番を1番ずつ|取組当日の記録と写真

5番とも、当サイトの田口 通廣が取組の当日に記事を書いて写真を載せている。以下は決まり手と成績が協会の記録、かぎかっこの中が田口の記名記事からの引用である。引用は書かれたままで、当サイトが言い換えたり足したりはしていない。

1番目|2025年7月14日・令和7年七月場所(名古屋) 二日目(前頭筆頭安青錦 − 横綱大の里)

2025年7月14日、令和7年七月場所(名古屋)二日目の大の里対安青錦
この一番を伝えた田口の当日記事(記事48427・2025年7月14日公開)に添えられた写真。キャプションは「大の里、安青錦に完勝」。写真:田口 通廣(撮影)。

決まり手は押し出し、勝ったのは大の里。この日を終えた時点の成績は安青錦1勝1敗・大の里2勝0敗で、場所の最終成績は安青錦11勝4敗(技能賞)・大の里11勝4敗だった(協会)。

田口はこの日の記事で「大の里は琴櫻を倒した安青錦とぶつかった。安青錦はどういう相撲を取るか。大の里は立ち合いから圧倒して一気に押し出してしまった。安青錦に何もさせなかった」と書いている(記事48427・2025年7月14日)。安青錦は上位に初めて進出した場所で、結果は両者とも11勝4敗。入門以降勝ち越し続く大の里・安青錦は、この初対戦の直後に書かれたものである。

2番目|2025年9月14日・令和7年九月場所(東京) 初日(小結安青錦 − 横綱大の里)

2025年9月14日、令和7年九月場所(東京)初日の大の里対安青錦
この一番を伝えた田口の当日記事(記事49099・2025年9月14日公開)に添えられた写真。キャプションは「大の里安青錦を圧倒」。写真:田口 通廣(撮影)。

決まり手は寄り倒し、勝ったのは大の里。この日を終えた時点の成績は安青錦0勝1敗・大の里1勝0敗で、場所の最終成績は安青錦11勝4敗(技能賞)・大の里13勝2敗(幕内優勝)だった(協会)。

安青錦の新三役の場所の初日に、いきなり組まれた一番だった。田口は「本日の森永賞はほかの選択がないほど決定的であった大の里対安青錦であった」と前置きし、取組後に「実際の相撲は、大の里の破壊力で安青錦はつぶされた。つけいるスキは微塵もなかった。負けて覚える相撲かな。安青錦は悲観する必要はない」と書いた(記事49099・2025年9月14日)。この場所は大の里が13勝2敗で優勝している。

3番目|2025年11月21日・令和7年十一月場所(福岡) 十三日目(関脇安青錦 − 横綱大の里)

2025年11月21日、令和7年十一月場所(福岡)十三日目の大の里対安青錦
この一番を伝えた田口の当日記事(記事49943・2025年11月21日公開)に添えられた写真。キャプションは「大の里安青錦を圧倒」。写真:田口 通廣(撮影)。

決まり手は寄り切り、勝ったのは大の里。この日を終えた時点の成績は安青錦10勝3敗・大の里11勝2敗で、場所の最終成績は安青錦12勝3敗(幕内優勝・殊勲賞・技能賞)・大の里11勝4敗だった(協会)。

2敗どうしの直接対決だった。田口は「立ち合い安青錦は踏み込んだが、大の里の圧力に後退。土俵際かろうじてはたくも及ばなかった」と記し、続けて「館内で観戦していた近くのお客さんからは物言いはないの、との声が聞かれた」と会場の様子を書いている(記事49943・2025年11月21日)。安青錦はこの場所を12勝3敗とし、千秋楽の優勝決定戦で豊昇龍を破って初優勝を決めた(記事49962)。

4番目|2026年1月24日・令和8年一月場所(東京) 十四日目(大関安青錦 − 横綱大の里)

2026年1月24日、令和8年一月場所(東京)十四日目の大の里対安青錦
この一番を伝えた田口の当日記事(記事50612・2026年1月24日公開)に添えられた写真。キャプションは「大の里安青錦を粉砕」。写真:田口 通廣(撮影)。

決まり手は押し倒し、勝ったのは大の里。この日を終えた時点の成績は安青錦11勝3敗・大の里10勝4敗で、場所の最終成績は安青錦12勝3敗(幕内優勝)・大の里10勝5敗だった(協会)。

安青錦は新大関。田口は取組前の見立てとして「対戦成績は安青錦の3連敗中である」「今場所の大の里は本調子ではない。そこに安青錦がつけ込むスキがあるのでは」と書き、取組後に「大の里の強烈な突き押しが安青錦に炸裂。安青錦は何もできずにあっという間に押し倒された」と続けた(記事50612・2026年1月24日)。翌日の千秋楽、安青錦は熱海富士との優勝決定戦を制して連続優勝している(記事50624)。

5番目|2026年7月20日・令和8年七月場所(名古屋) 九日目(関脇安青錦 − 横綱大の里)

2026年7月20日、令和8年七月場所(名古屋)九日目の大の里対安青錦
この一番を伝えた田口の当日記事(記事53479・2026年7月20日公開)に添えられた写真。キャプションは「大の里ついに4敗」。写真:田口 通廣(撮影)。

決まり手は上手出し投げ、勝ったのは安青錦。この日を終えた時点の成績は安青錦8勝1敗・大の里5勝4敗で、場所の最終成績は安青錦12勝3敗(幕内優勝・技能賞)・大の里9勝6敗だった(協会)。

5番目にして最初の白星である。安青錦は大関から関脇に下がった場所で、8勝1敗の単独先頭だった。田口は「これまでの対戦成績は大の里の4勝である。今まで安青錦は大の里にパワー負けしてきた」と振り返ったうえで、この一番を「大の里はパワーで圧力をかけたが、安青錦は後退しつつかわした。大の里は体勢をくずし土俵を割った」と書いている(記事53479・2026年7月20日)。翌日の10日目には豊昇龍とも当たり、田口は「安青錦を早めに横綱にあてた結果、横綱の優勝は遠くなった」と番付編成の側から見ている(記事53524)。

再大関までの歩み|序ノ口から18場所の番付と成績

安青錦の初土俵は令和5年九月場所の前相撲で、番付に四股名が載ったのは翌十一月場所の西序ノ口十四枚目から。協会のプロフィールに残っている全18場所を、そのまま並べた。注記の列だけが当サイトの補足で、地位と成績と三賞は協会の表示である。

場所地位成績三賞ほか注記
令和8年九月場所東大関場所中大関に復帰
令和8年七月場所西関脇12勝3敗幕内優勝・技能賞3回目の優勝(熱海富士・霧島との巴戦)。この12勝で大関復帰が決まった
令和8年五月場所西大関0勝0敗15休全休。翌場所は関脇
令和8年三月場所東大関7勝8敗初めての負け越し
令和8年一月場所西大関12勝3敗幕内優勝新大関で優勝(決定戦の相手は熱海富士)
令和7年十一月場所東関脇12勝3敗幕内優勝・殊勲賞・技能賞初優勝(決定戦の相手は豊昇龍)
令和7年九月場所西小結11勝4敗技能賞新三役
令和7年七月場所東前頭筆頭11勝4敗技能賞大の里との初対戦
令和7年五月場所東前頭九枚目11勝4敗敢闘賞
令和7年三月場所東前頭十五枚目11勝4敗敢闘賞新入幕
令和7年一月場所西十両五枚目12勝3敗
令和6年十一月場所東十両十一枚目10勝5敗新十両
令和6年九月場所西幕下四枚目6勝1敗
令和6年七月場所西幕下十七枚目6勝1敗
令和6年五月場所東幕下四十枚目6勝1敗
令和6年三月場所東三段目十八枚目6勝1敗
令和6年一月場所東序二段十枚目7勝0敗序二段優勝
令和5年十一月場所西序ノ口十四枚目7勝0敗序ノ口優勝
日本相撲協会「安青錦 新大 – 力士プロフィール」の過去の星取表より(2026年9月18日確認)。令和8年九月場所は開催中のため成績を入れていない。注記は当サイトによる

協会のプロフィールに載る節目は、新十両が令和6年十一月場所、新入幕が令和7年三月場所、新三役が令和7年九月場所、大関昇進が令和8年一月場所。序ノ口の場所から新十両まで6場所、新入幕まで8場所である。入門のいきさつと幕下までの歩みは安青錦の出世街道に、部屋の顔ぶれは安治川部屋の力士一覧にまとめてある。

大関から関脇へ、そして大関へ|3場所で起きたこと

番付の動きだけを追うと、令和8年の三月・五月・七月の3場所で次のことが起きている。いずれも協会の星取表に残っている数字である。

  • 令和8年三月場所(東大関)7勝8敗。十両から続いていた連続2ケタ勝利が止まり、初めての負け越しになった。田口は「安青錦の相撲人生初の蹉跌であった」と書いている(記事51762・2026年5月4日)
  • 令和8年五月場所(西大関)0勝0敗15休。全休。田口は「くだした決断は全休であった。これで安青錦の大関降格が決まった」と記す(記事53218・2026年7月6日)
  • 令和8年七月場所(西関脇)12勝3敗・幕内優勝。3回目の優勝で、大関に戻った

大関から落ちた力士が次の場所の関脇で10勝以上をあげれば大関に戻れる、という扱いについて、田口は「この制度は昭和44年七月場所から始まった。それ以前は3場所連続負け越しで大関陥落だった」と説明し、この形で大関に復帰した力士として三重ノ海・貴ノ浪・武双山・栃東(2回)・栃ノ心・貴景勝の6人を挙げている(記事53218・2026年7月6日)。安青錦はこの記事が書かれたあとの七月場所で12勝している。協会が「何人目」という形で公表しているものではないので、当サイトでも順番の数字は置かない。大関に上がるときの目安は大関昇進の成績と目安に、これまでの大関は歴代大関一覧にまとめてある。

この七月場所は、千秋楽に熱海富士・霧島との三つ巴の優勝決定戦になった。田口は安青錦の優勝を「しかも大関降格直後の優勝であった。これは史上初であった」と書いている(記事53798・2026年7月27日)。

令和8年九月場所での位置|大関は3人

協会のプロフィールで見ると、令和8年九月場所の大関は3人で、霧島と安青錦が東大関、琴櫻が西大関と表示されている。横綱は大の里(東)と豊昇龍(西)である。安青錦は東大関と表示されるが、番付の並びでは琴櫻の下にあたる。田口は番付発表の記事で「先場所優勝した安青錦が大関に復帰した。ただ、8勝7敗大関の琴櫻の下に位置した点が納得いかない」と書き、昭和46年の例を引いて星本位の番付だった時期と比べている(記事54689・2026年8月31日)。同じ記事に「初日は9月13日である」とある。

この場所の安青錦と大の里の取組は、五日目を終えた2026年9月17日の時点でまだ組まれていない。田口の五日目の記事は、安青錦が豪ノ山に押し倒しで敗れて2敗になったこと、大の里が義ノ富士に勝ったことを伝えている(記事55202・2026年9月17日)。この先どうなるかについて、当サイトは予想を書かない。場所が終わったら、この記事の表に6番目の行が増えるかどうかを協会の記録で確かめて追記する。

安青錦がどういう力士で、この先どこまで行けるかという見方については、田口が安青錦横綱の可能性(2026年9月8日)で書いている。このページは対戦と番付の記録に絞ってあり、人物を読む面はそちらである。2人の記録の比べ方は大の里がかなわない安青錦の記録、安青錦に2度勝った力士の整理は安青錦に2度勝った力士にある。

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安青錦と大の里についてよくある質問

Q. 安青錦と大の里の対戦成績は?
本割で5番、安青錦の1勝4敗です(令和8年九月場所の五日目を終えた2026年9月17日時点)。優勝決定戦で当たったことはありません。

Q. 安青錦が大の里に勝ったのはいつですか?
2026年7月20日、名古屋場所の九日目です。決まり手は上手出し投げ。安青錦は関脇、大の里は横綱でした。

Q. 初対戦はいつですか?
2025年7月14日の名古屋場所二日目で、大の里の押し出しでした。安青錦は前頭筆頭、大の里は横綱です。

Q. 安青錦はなぜ大関に戻れたのですか?
令和8年五月場所を全休して大関から関脇に下がり、次の七月場所で12勝3敗・優勝という成績を残したためです。大関から落ちた力士が次の場所の関脇で10勝以上あげれば大関に戻る、という扱いについては田口が記事53218で説明しています。

Q. 安青錦の優勝は何回ですか?
協会の表示で幕内優勝3回です(令和7年十一月場所・令和8年一月場所・令和8年七月場所)。3回とも12勝3敗で、いずれも千秋楽のあとの優勝決定戦を勝って決めています(相手は順に豊昇龍、熱海富士、熱海富士・霧島との三つ巴)。

Q. 安青錦の部屋と出身は?
安治川部屋、ウクライナ・ヴィンニツャの出身です(協会プロフィール)。関取の出身地は出身地一覧に、顔写真つきの幕内名鑑は力士の顔 一覧にあります。

Q. 休場の理由は?
協会が公表しているのは休場という事実と日数までです。当サイトの田口の記事(記事53218)には本人の状態に触れた記述がありますが、協会の公表事項ではないので、このページでは扱いません。

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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