呼出(よびだし)は、土俵の上で力士の四股名を呼び上げる日本相撲協会の協会員で、2026年9月17日時点で45人。格付は9段階で、協会の一覧は立呼出・副立呼出・三役呼出・幕内呼出・十両呼出・幕下呼出・三段目呼出・序二段呼出・序ノ口呼出の順に並ぶ。先頭の立呼出は1人だけ(克之・芝田山部屋)。45人は全員、いずれかの相撲部屋に所属する。仕事は呼び上げのほかにも広い。給料の額は協会が公表していない。
出典: 日本相撲協会の呼出一覧と、そこからリンクされている呼出プロフィール45件(いずれも2026年9月17日取得)。土俵上のもう一方の裏方は相撲の行司とは|全42人の一覧と階級・軍配・立行司へ。
呼出の階級は9段階|一覧の先頭に立つ立呼出は1人
協会の呼出一覧には、名前と本名と所属部屋のほかに「格付」の列がある。力士の番付と同じ言葉が並んでいて、立呼出・副立呼出・三役呼出・幕内呼出・十両呼出・幕下呼出・三段目呼出・序二段呼出・序ノ口呼出の9つ。一覧はこの順に並んでいる。45人を格付ごとに数えると、こうなる。
| 格付(協会の表記) | 人数 | その格付の呼出 |
|---|---|---|
| 立呼出 | 1 | 克之(芝田山) |
| 副立呼出 | 1 | 志朗(大嶽) |
| 三役呼出 | 2 | 重夫(九重)・吾郎(大嶽) |
| 幕内呼出 | 10 | 幸吉から光昭まで |
| 十両呼出 | 12 | 邦夫から総一まで |
| 幕下呼出 | 9 | 照矢から重次郎まで |
| 三段目呼出 | 4 | 鶴太郎・大将・雄志・広 |
| 序二段呼出 | 2 | 健太・天琉 |
| 序ノ口呼出 | 4 | 仁・隈二郎・勝希・寅太郎 |
| 合計 | 45 | — |
下の3段(三段目・序二段・序ノ口)を合わせても10人で、十両呼出の12人より少ない。序ノ口呼出の4人は、いずれも令和になってからの採用である。どういう順で格が上がるのかを協会は公表していないので、ここでは表記をそのまま写すにとどめる。
呼出の一覧|2026年9月17日時点の全45人
協会の呼出一覧に載る45人に、一人ずつのプロフィールページにある生年月日・出身地・採用年月をつないだ表である。並びは協会の一覧の順で、これは採用年月の古い順と45人すべてで一致していた(同じ月の採用が3組ある)。いちばん右の「採用からの年数」だけは協会の表示値ではなく、採用年月から2026年9月までを当サイトが計算した値である。
| 呼出名 | 格付 | 本名 | 所属部屋 | 出身地 | 生年月日(年齢) | 採用年月 | 採用からの年数 当サイトが算出 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 克之 かつゆき | 立呼出 | 小山 克之 | 芝田山 | 大阪府大阪市鶴見区 | 昭和39年2月6日(62歳) | 昭和54年8月 | 47 |
| 志朗 しろう | 副立呼出 | 嶋田 義和 | 大嶽 | 群馬県高崎市 | 昭和37年12月3日(63歳) | 昭和56年4月 | 45 |
| 重夫 しげお | 三役呼出 | 谷口 卓美 | 九重 | 滋賀県野州市 | 昭和41年1月25日(60歳) | 昭和56年5月 | 45 |
| 吾郎 ごろう | 三役呼出 | 赤山 正春 | 大嶽 | 佐賀県鹿島市 | 昭和39年4月26日(62歳) | 昭和57年5月 | 44 |
| 幸吉 こうきち | 幕内呼出 | 千場 勝志 | 大島 | 宮城県仙台市宮城野区 | 昭和43年6月22日(58歳) | 昭和59年5月 | 42 |
| 旭 あきら | 幕内呼出 | 市川 俊幸 | 大島 | 神奈川県海老名市 | 昭和44年1月31日(57歳) | 昭和60年4月 | 41 |
| 隆二 りゅうじ | 幕内呼出 | 高橋 隆二 | 伊勢ヶ濱 | 神奈川県横須賀市 | 昭和45年7月23日(56歳) | 昭和61年3月 | 40 |
| 琴三 ことぞう | 幕内呼出 | 都間 壮 | 佐渡ヶ嶽 | 島根県雲南市 | 昭和46年2月8日(55歳) | 昭和61年3月 | 40 |
| 琴吉 ことよし | 幕内呼出 | 高橋 正樹 | 佐渡ヶ嶽 | 茨城県取手市 | 昭和45年9月15日(56歳) | 昭和61年7月 | 40 |
| 大吉 だいきち | 幕内呼出 | 大庭 雄二 | 八角 | 広島県広島市東区 | 昭和47年3月27日(54歳) | 昭和62年3月 | 39 |
| 照喜 てるき | 幕内呼出 | 工藤 隆久 | 伊勢ヶ濱 | 青森県南津軽郡田舎館村 | 昭和43年8月10日(58歳) | 昭和62年3月 | 39 |
| 幸司 こうじ | 幕内呼出 | 波多野 琢磨 | 浅香山 | 愛知県名古屋市西区 | 昭和48年9月12日(53歳) | 平成元年3月 | 37 |
| 利樹之丞 りきのじょう | 幕内呼出 | 土田 利樹 | 高砂 | 山形県酒田市 | 昭和48年11月2日(52歳) | 平成元年4月 | 37 |
| 光昭 みつあき | 幕内呼出 | 金井 光昭 | 田子ノ浦 | 埼玉県本庄市 | 昭和50年1月31日(51歳) | 平成2年3月 | 36 |
| 邦夫 くにお | 十両呼出 | 前川 邦朗 | 高砂 | 埼玉県上尾市 | 昭和48年5月19日(53歳) | 平成4年3月 | 34 |
| 松男 まつお | 十両呼出 | 美根 禎弘 | 放駒 | 埼玉県さいたま市 | 昭和51年4月3日(50歳) | 平成4年8月 | 34 |
| 弘行 ひろゆき | 十両呼出 | 今 弘行 | 西岩 | 青森県青森市 | 昭和53年3月14日(48歳) | 平成5年5月 | 33 |
| 禄郎 ろくろう | 十両呼出 | 荒木 謙三 | 中村 | 京都府京都市上京区 | 昭和49年10月4日(51歳) | 平成5年6月 | 33 |
| 正男 まさお | 十両呼出 | 大高 紀之 | 西岩 | 神奈川県横浜市金沢区 | 昭和49年12月6日(51歳) | 平成5年6月 | 33 |
| 悟 さとる | 十両呼出 | 山崎 悟 | 放駒 | 静岡県湖西市 | 昭和52年6月17日(49歳) | 平成6年10月 | 31 |
| 太助 たすけ | 十両呼出 | 小南 太助 | 山響 | 京都府京都市伏見区 | 昭和54年9月14日(47歳) | 平成7年6月 | 31 |
| 重太郎 しげたろう | 十両呼出 | 服部 勝則 | 九重 | 鳥取県米子市 | 昭和54年8月22日(47歳) | 平成8年2月 | 30 |
| 富士夫 ふじお | 十両呼出 | 小野寺 真将 | 伊勢ヶ濱 | 宮城県気仙沼市 | 昭和53年5月16日(48歳) | 平成8年6月 | 30 |
| 啓輔 けいすけ | 十両呼出 | 中野 大輔 | 芝田山 | 石川県金沢市 | 昭和58年1月24日(43歳) | 平成10年3月 | 28 |
| 陽平 ようへい | 十両呼出 | 門岡 洋平 | 出羽海 | 熊本県熊本市北区 | 昭和58年2月9日(43歳) | 平成10年5月 | 28 |
| 総一 そういち | 十両呼出 | 高橋 総一 | 山響 | 福岡県糟屋郡志免町 | 昭和56年1月2日(45歳) | 平成12年1月 | 26 |
| 照矢 てるや | 幕下呼出 | 近藤 大督 | 伊勢ヶ濱 | 愛知県名古屋市南区 | 昭和57年8月20日(44歳) | 平成13年1月 | 25 |
| 護 まもる | 幕下呼出 | 長江 護 | 時津風 | 宮城県登米市 | 昭和60年2月5日(41歳) | 平成15年4月 | 23 |
| 駿佑 しゅんすけ | 幕下呼出 | 渡邉 賢 | 玉ノ井 | 東京都足立区 | 昭和61年10月4日(39歳) | 平成17年2月 | 21 |
| 耕平 こうへい | 幕下呼出 | 大山 耕平 | 片男波 | 三重県伊勢市 | 平成元年5月28日(37歳) | 平成17年4月 | 21 |
| 悠斗 ゆうと | 幕下呼出 | 河島 悠斗 | 立浪 | 京都府京都市右京区 | 昭和62年6月1日(39歳) | 平成18年2月 | 20 |
| 節男 せつお | 幕下呼出 | 熊崎 悟 | 錣山 | 東京都八王子市 | 昭和63年11月25日(37歳) | 平成19年2月 | 19 |
| 直起 なおき | 幕下呼出 | 北島 直起 | 木瀬 | 熊本県熊本市北区 | 平成3年4月23日(35歳) | 平成20年2月 | 18 |
| 慎 しん | 幕下呼出 | 山木 慎之介 | 音羽山 | 大阪府枚方市 | 平成6年1月1日(32歳) | 平成21年4月 | 17 |
| 重次郎 しげじろう | 幕下呼出 | 宮城 圭佑 | 九重 | 沖縄県浦添市 | 平成4年9月26日(33歳) | 平成23年2月 | 15 |
| 鶴太郎 つるたろう | 三段目呼出 | 本多 新太郎 | 錦戸 | 東京都練馬区 | 平成6年9月12日(32歳) | 平成25年2月 | 13 |
| 大将 ひろまさ | 三段目呼出 | 中村 大将 | 山響 | 福岡県大牟田市 | 平成9年9月20日(28歳) | 平成25年4月 | 13 |
| 雄志 ゆうじ | 三段目呼出 | 田畑 雄樹 | 境川 | 栃木県日光市 | 平成9年3月1日(29歳) | 平成27年2月 | 11 |
| 広 ひろし | 三段目呼出 | 平岡 良健 | 玉ノ井 | 広島県三原市 | 平成8年10月13日(29歳) | 平成27年8月 | 11 |
| 健太 けんた | 序二段呼出 | 前田 健太 | 鳴戸 | 大阪府堺市北区 | 平成14年9月27日(23歳) | 平成30年6月 | 8 |
| 天琉 たける | 序二段呼出 | 宮坂 天琉 | 朝日山 | 長野県飯田市 | 平成16年12月3日(21歳) | 令和2年4月 | 6 |
| 仁 じん | 序ノ口呼出 | 関本 仁 | 阿武松 | 千葉県市原市 | 平成18年8月9日(20歳) | 令和4年4月 | 4 |
| 隈二郎 くまじろう | 序ノ口呼出 | 松元 羅衣矩 | 武隈 | 鹿児島県奄美市 | 平成16年11月28日(21歳) | 令和5年2月 | 3 |
| 勝希 かつき | 序ノ口呼出 | 澤田 康希 | 大島 | 福岡県太宰府市 | 平成18年7月10日(20歳) | 令和5年4月 | 3 |
| 寅太郎 こたろう | 序ノ口呼出 | 林 瑞樹 | 錦戸 | 石川県金沢市 | 平成22年4月30日(16歳) | 令和8年8月 | 1年未満 |
この表から読み取れる数字を、いくつか出しておく。いずれも当サイトが2026年9月17日時点で数えた値である。最年長は副立呼出の志朗(63歳)、最年少は序ノ口呼出の寅太郎(16歳)で、その差は47歳。45人の平均は43.3歳になる。採用がいちばん古いのは立呼出の克之で、昭和54年8月から47年。いちばん新しいのは寅太郎の令和8年8月で、9月場所の時点ではまだ採用から1年たっていない。出身地は26の都府県にわたり、所属は28部屋に分かれる。
呼び上げ以外の仕事|「相撲界一の何でも屋」
呼出の姿が客席からいちばんよく見えるのは、東西の力士の四股名を呼び上げる場面だろう。田口は2018年五月場所十二日目の結びの一番を「呼び出し拓郎が白鵬と栃ノ心を呼び上げると館内に歓声が沸きあがる」と書いている(■夏12日目 1敗白鵬対全勝栃ノ心戦を斬る・2018年5月24日)。呼び上げは取組の始まりの合図になっている。
ただし、それが仕事の全部ではない。2014年に定年を迎えた立呼出秀男について、田口はこう書いている。「呼び出しの本場所での仕事をあげろというとクイズになるほど多岐にわたる。相撲界一の何でも屋である。職業上風邪をひくことはできなかった」(2014年10大ニュース 10位・2014年12月14日)。
観客席からそれと気づきにくい仕事もある。仕切りが制限時間いっぱいかどうかは、土俵下の呼出を見ていれば分かると田口は書いている。「仕切り制限時間いっぱいかどうかは呼び出しが立ちあがるかどうかでわかる。ただ知人や隣人と話をしたり、トイレなどから戻ってきて呼び出しの立ち上がりを見逃した場合は行司を見ればわかる」(知られざる?大相撲・2015年3月1日)。時計を見なくても、呼出の動きが時間を教えている。

太鼓も呼出の仕事として語られる。田口は2023年の公開稽古総見で「呼び出しが触れ太鼓で土俵を3周ほどして」八角理事長の還暦土俵入りが始まった、と記録している(公開稽古総見見聞録・2023年9月2日)。引退相撲のプログラムにも太鼓は入っていて、2020年の豪風引退大相撲では「櫓太鼓打分 禄郎」という演目が並んでいた(豪風引退大相撲レポート・2020年2月1日)。禄郎は2026年9月17日時点の呼出一覧にも十両呼出(中村部屋)として載っている。太鼓の打ち方や土俵づくりの手順そのものは協会が手順書を公開していないため、このページでは踏み込まない。
立呼出とは|結びの一番を呼び上げる1人
立呼出は協会の一覧の先頭に置かれる格付で、2026年9月17日時点では克之(本名 小山克之・芝田山部屋・大阪市鶴見区出身)ただ1人。昭和54年8月の採用で、45人のうちもっとも古い。次が副立呼出の志朗(大嶽部屋)で、2026年9月17日時点ではどちらも1人ずつ。定員の有無を協会は公表していない。
立呼出が何をする立場なのかは、先代の退職を伝えた田口の記述でつかめる。2014年十一月場所限りで定年になった立呼出秀男について、「2008(平成20)年一月場所番付発表の2007(平成19)年12月20日から約7年弱にわたり立呼出しとして結びの一番を呼び上げた」と書いている(2014年10大ニュース 10位・2014年12月14日)。その日の最後の一番を呼ぶのが立呼出である。
呼出も相撲部屋に所属する|28部屋に分かれている
協会の一覧には所属部屋の列がある。45人は28の部屋に分かれていて、いちばん多い伊勢ヶ濱部屋で4人、九重・大島・山響が3人ずつ。1人だけの部屋も多い。力士と同じで、呼出も入門するときに部屋に入る。
部屋がなくなると、その部屋の呼出は移ることになる。田口は立呼出秀男の経歴を「入門は伊勢ヶ濱部屋(現在の部屋とは無関係)。(中略)伊勢ヶ濱閉鎖で桐山部屋に移籍したものの桐山部屋も閉鎖で最後は朝日山部屋に所属した」と書いている(2014年10大ニュース 10位・2014年12月14日)。一人の呼出が、部屋の閉鎖で二度所属を変えた記録である。近年では陸奥部屋が閉じている。田口は、元霧島の陸奥が2024年4月2日の定年を前に部屋が閉鎖され、所属していた力士・親方・若者頭・世話人・床山が音羽山・荒汐・追手風・伊勢ノ海の4部屋に分かれた、と書いている(相撲部屋への移転 下・2025年2月11日。この記述に呼出は挙げられていない)。
呼出に定年はあるか|昭和36年1月から
ある。田口は「現在親方・行司・呼び出しなどの定年は65歳である。それ以前は生涯であった」と書き、そのうえで「65歳定年は昭和34年9月に決定した。実施は昭和36年1月からであった」と記している(大相撲〇〇の始まり・2025年10月19日)。別の記事でも、時津風理事長が定年制を導入した経緯として「翌年1月、年寄、若者頭、世話人、呼び出し、床山、事務員も実施された」と書いている(理事長の任期2・2024年2月20日)。行司についてはこの2本で実施年が割れていて(42289は昭和35年1月、49550は昭和36年1月)、どちらが正しいかは協会の資料で確かめられなかった。呼出については両方とも昭和36年1月で一致している。
採用の側からも見ておくと、令和8年8月に採用された序ノ口呼出の寅太郎は16歳。協会が採用の条件をどこにも公表していないので、年齢の上限や学歴の条件については書かない。
呼出の給料は公表されていない
金額は書けない。日本相撲協会が業務・財務情報のページで公開している「定款等」は、定款と「役員及び評議員の報酬等並びに費用に関する規程」の2本だけで、呼出をふくむ裏方の給与規程は置かれていない(2026年9月17日確認)。当サイトは出どころを示せない金額を載せない方針なので、ここは空欄のままにしておく。
過去の待遇についてなら、田口の記事に記録がある。時津風理事長が月給制を導入したとき「月給制は力士だけでなく、行司、年寄、呼び出しなども含まれていた」と書いている(大相撲事始 月給制・2016年4月23日)。呼出が給与を受け取る協会員であることは、そこからも分かる。
呼出についてよくある質問
Q.「呼出」とはどういう意味ですか?
土俵の上で力士の四股名を呼び上げる、日本相撲協会の協会員です。読みは「よびだし」。協会は一覧でも個人ページでも「呼出」と表記しています。2026年9月17日時点で45人が在籍しています。
Q. 相撲で「呼び出し」とは何ですか?
同じ職の別表記です。協会の表記は「呼出」で、記事や会話では「呼び出し」と書かれることもあります。仕事は呼び上げだけでなく、太鼓や土俵まわりまで広い範囲に及びます。
Q. 大相撲の呼出は何人いますか?
2026年9月17日時点で45人です。格付の内訳は立呼出1・副立呼出1・三役呼出2・幕内呼出10・十両呼出12・幕下呼出9・三段目呼出4・序二段呼出2・序ノ口呼出4で、当サイトが協会の一覧を数えた値です。
Q. 立呼出とは何ですか? 今は誰ですか?
協会の一覧の先頭に置かれる格付です。2026年9月17日時点は克之(芝田山部屋)1人で、定員の有無は協会が公表していません。結びの一番を呼び上げる立場だと田口は書いています。
Q. 大相撲の呼出の給料はいくらですか?
金額は分かりません。協会が公開している報酬の規程は役員と評議員のものだけで、呼出の給与規程は公表されていません(2026年9月17日確認)。
Q. 呼出に定年はありますか?
あります。田口は親方・行司・呼び出しなどの定年は65歳で、昭和34年9月に決まり昭和36年1月から実施されたと書いています。
Q. 呼出も相撲部屋に所属するのですか?
します。2026年9月17日時点の45人は28部屋に分かれ、最多は伊勢ヶ濱部屋の4人です。
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