霧島の優勝回数は3回|大関復帰までの歩みと番付に載った67場所の成績、霧馬山時代から再大関まで【2026年9月場所 七日目時点】

霧島(音羽山部屋)の幕内優勝は3回である(令和8年九月場所の七日目を終えた2026年9月20日時点)。1回目は霧馬山を名乗っていた令和5年三月場所の東関脇で12勝3敗、2回目は令和5年十一月場所の西大関で13勝2敗、3回目は令和8年三月場所の東関脇で12勝3敗。三賞は殊勲賞1回・敢闘賞4回・技能賞4回で、金星は0個。生涯戦歴は485勝311敗25休(68場所)、うち幕内が346勝234敗12休(40場所)である。大関昇進は令和5年七月場所、令和6年七月場所の番付で関脇に下がり、3回目の優勝の翌場所にあたる令和8年五月場所から再び大関に座っている。

出典: 日本相撲協会「霧島 鐵力 – 力士プロフィール」(2026年9月20日確認)。協会は戦歴の数字に「※令和八年九月場所:中日時点」と注記しており、星取表に入っているのは七日目(9月19日)までの結果である。

このページで扱うのは、モンゴル出身で音羽山部屋の大関・霧島 鐵力(本名ビャンブチュルン・ハグワスレン)である。同じ四股名を名乗った先代の霧島とは別人である。先代は陸奥親方として現在の霧島を育て、2024年3月末に定年を迎えた。そのとき霧島は音羽山(元鶴竜)部屋へ移っている(記事51328・2026年3月26日)。いまの師匠は音羽山である。先代の名は日本相撲協会「年寄一覧」に「陸奥 一博(現役名 霧島・最高位 大関・所属 音羽山)」と載っている(当サイトが2026年7月20日に取得した台帳による)。定年のあとの肩書きがどう扱われているかは確かめられていないので、ここでは書かない。四股名の移り変わりは力士の改名・旧四股名 一覧にまとめてある。

目次

霧島の優勝・三賞・通算成績|協会の表示をそのまま

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協会の力士プロフィールには「基本情報」と「戦歴・受賞歴」の2つの欄がある。下の2つの表は、その欄の表示を並べ替えずに写したものである。

項目協会の表示
所属部屋音羽山
本名ビャンブチュルン・ハグワスレン
しこ名履歴霧馬山 → 霧島
生年月日平成8年4月24日(30歳)
出身地モンゴル・ドルノドゥ
身長・体重186.0cm・150.0kg
得意技左四つ・寄り・投げ
初土俵平成二十七年五月場所
新十両平成三十一年三月場所
新入幕令和二年一月場所
新三役令和三年十一月場所
大関昇進令和五年七月場所
最高位大関
日本相撲協会「霧島 鐵力 – 力士プロフィール」基本情報より(2026年9月20日取得)。年齢は協会が生年月日の横に括弧で出している値で、当サイトが計算したものではない
項目協会の表示
幕内優勝3回
十両優勝0回
幕下優勝1回
三段目優勝1回
序二段優勝0回
序ノ口優勝0回
殊勲賞1回
敢闘賞4回
技能賞4回
金星0個
生涯戦歴485勝311敗25休(68場所)
幕内戦歴346勝234敗12休(40場所)
同「戦歴・受賞歴」より(2026年9月20日取得)。協会の注記は「※令和八年九月場所:中日時点」

金星は0個と表示されている。そうなっている理由は協会のページに書かれていないので、当サイトでも理由を書かない。金星の数え方は豊昇龍と大の里の金星配給数にまとめてある。三賞のうち技能賞4回は、令和5年一月・三月・五月と令和7年五月の4場所で、いずれも下の全成績表に協会の表示が残っている。

幕内優勝3回の内訳|霧馬山での1回を含む

場所地位成績そのときの四股名同時受賞
令和八年三月場所東関脇12勝3敗霧島殊勲賞
令和五年十一月場所西大関13勝2敗霧島
令和五年三月場所東関脇12勝3敗霧馬山技能賞
日本相撲協会「力士プロフィール」の過去の星取表で「幕内優勝」と表示されている場所を抜き出した(2026年9月20日取得)。3回という数は、協会の戦歴・受賞歴の「幕内優勝 3回」と一致する

初優勝について田口は「初優勝は大栄翔との優勝決定戦を制しての栄光だった」と書いている(記事51328・2026年3月26日)。優勝決定戦の相手は協会の力士プロフィールには載らないので、表には入れず、田口の記述として書いている。3回目の令和8年三月場所は関脇での優勝で、この12勝3敗が大関復帰につながった。田口は当時、直前3場所を「11勝4敗ー11勝4敗ー12勝3敗優勝であった」と整理している(同)。

土俵で蹲踞する大関・霧島
田口の記事53882(2026年7月31日公開)に載っている写真で、キャプションは「霧島」。添付のファイル名は「霧島蹲踞」。写真:田口 通廣(撮影)。

大関から関脇へ、そして大関へ|番付の歩みを数字で

霧島の番付は、協会の星取表で次のように動いている。かっこの中の合計は、当サイトが星取表の各場所の成績を足したものである。

  • 令和5年七月場所に大関昇進。ここから令和6年五月場所まで6場所を大関で過ごした(当サイトの合計=45勝35敗10休)。この間の令和5年十一月場所で13勝2敗の優勝がある
  • 令和6年七月場所の番付で関脇へ。直前の令和6年五月場所は西大関で1勝6敗8休だった
  • 関脇以下で11場所(当サイトの合計=104勝61敗)。前頭二枚目まで下がった場所があり、この間に敢闘賞3回・技能賞1回・殊勲賞1回を受けている
  • 令和8年三月場所(東関脇)で12勝3敗・優勝。翌令和8年五月場所の番付から東大関に戻った

この2つの合計は、田口が記事51328に書いた数字と一致する。田口は「大関に6場所在位した。成績は45勝35敗10休であった」「大関陥落後関脇以下では11場所を過ごすことになった」「この時期104勝61敗である。1場所平均9.5勝である」と書いている(記事51328・2026年3月26日)。当サイトが協会の星取表から独立に足した値と、田口の記事の値が同じになったことを確かめたうえで載せている。

大関に戻った力士の数え方について、田口は「現行制度でゼロから大関に復帰した力士は霧島で3人目である。直近では照ノ富士がいる」と書いている(記事51779・2026年5月6日)。これは田口の数え方で、協会が「何人目」という形で公表しているものではない。大関から陥落した力士が翌場所の関脇で10勝以上あげて即復帰する扱いはこれとは別の話で、そちらは歴代大関一覧大関昇進の成績と目安に整理してある。大関という地位そのものの範囲は相撲の三役とはにある。

四股名は入幕時が霧馬山で、大関になってから師匠の現役名である霧島に改めた。田口は「大関になってから師匠の現役名霧島に改名した。霧馬山に慣れ親しんでいただけに無用の改名であった」と書いている(記事51328)。2024年3月末には師匠の陸奥(元霧島)の定年にともない、音羽山(元鶴竜)部屋へ移っている(同)。

令和8年九月場所の成績|七日目まで5勝2敗

開催中の場所は、協会の星取表に入っている分だけを並べる。地位は東大関である。

日目相手結果
初日琴勝峰
二日目伯乃富士
三日目高安
四日目琴栄峰
五日目隆の勝
六日目義ノ富士
七日目豪ノ山
日本相撲協会「力士プロフィール」の過去の星取表より(2026年9月20日取得)。協会の表には八日目の相手(美ノ海)まで表示されているが、八日目以降の結果はまだ入っていないので載せていない。5勝2敗という合計は、この7行を当サイトが数えたもの

三日目の高安戦について田口は「相撲は突き合いになり、高安が一瞬の引き落としに霧島がばったり手をついた。序盤で早くも1敗となった」と書いた(記事55109・2026年9月15日)。六日目の義ノ富士戦は「霧島の敗因は無理攻めにあった」(記事55390・2026年9月18日)、七日目の豪ノ山戦は「霧島後退しながらとったりにって、これが決まった」(原文ママ)(記事55399・2026年9月19日)である。日々の取組は田口が当日に書いているので、最新の日次記事からたどれる。

直前の3場所が12勝3敗で並んでいる

協会の星取表で直前の3場所を見ると、令和8年三月場所が12勝3敗、五月場所が12勝3敗、七月場所が12勝3敗である。この3場所が並んでいることは表のとおりで、「3場所連続」という言い方は当サイトが3行を数えたものである。

田口はこの連続について「最高位大関で3場所連続12勝以上はなかなかない。通算5回優勝した魁皇でも3場所連続12勝以上はない。豊山(前名内田)が前頭2枚目から関脇2場所で12勝ー12勝ー13勝をあげたことがあった」と書き、「つまり最高位大関にとって3場所連続12勝以上は珍しい出来事なのである」と続けている(記事53875・2026年7月30日)。この比較は田口が調べた範囲のもので、当サイトが協会の記録で全数を確かめたものではない。

今場所を前に、田口は霧島の相手を1人ずつ当たって見通しを書いている(霧島の4場所連続12勝以上なるか 上同 下・2026年9月3日・6日)。結びは「ここ2場所はぎりぎりやってきての結果だった。それだけに簡単ではない。12勝の可能性はズバリ50%とみた」である。当サイトは今場所の結果を予想しない。場所が終わったら、協会の星取表で確かめて上の表に行を足す。

横綱昇進の話題については、田口が九月場所の直前に「霧島の横綱昇進なるかという話題はどうもピンとこない。決め手に欠ける」と書いている(記事55001・2026年9月12日)。同じ論点をまとめた面が霧島の綱とり|七月場所2026の焦点ではない。にある。横綱の一覧は歴代横綱一覧にまとめてある。

霧島の全成績|番付に載った67場所

協会のプロフィールに残る過去の星取表を、新しい場所から順にそのまま並べた。地位・成績・優勝・三賞は協会の表示で、右端の四股名も協会がその場所の欄に出しているものである。

場所地位成績優勝・三賞四股名
令和八年九月場所東大関5勝2敗霧島
令和八年七月場所東大関12勝3敗霧島
令和八年五月場所東大関12勝3敗霧島
令和八年三月場所東関脇12勝3敗幕内優勝 殊勲賞霧島
令和八年一月場所東関脇11勝4敗敢闘賞霧島
令和七年十一月場所東前頭二枚目11勝4敗敢闘賞霧島
令和七年九月場所西関脇6勝9敗霧島
令和七年七月場所西関脇8勝7敗霧島
令和七年五月場所西関脇11勝4敗技能賞霧島
令和七年三月場所東小結8勝7敗霧島
令和七年一月場所西前頭筆頭11勝4敗敢闘賞霧島
令和六年十一月場所東関脇6勝9敗霧島
令和六年九月場所東関脇12勝3敗霧島
令和六年七月場所東関脇8勝7敗霧島
令和六年五月場所西大関1勝6敗8休霧島
令和六年三月場所東大関5勝10敗霧島
令和六年一月場所東大関11勝4敗霧島
令和五年十一月場所西大関13勝2敗幕内優勝霧島
令和五年九月場所東大関9勝6敗霧島
令和五年七月場所西大関6勝7敗2休霧島
令和五年五月場所東関脇11勝4敗技能賞霧馬山
令和五年三月場所東関脇12勝3敗幕内優勝 技能賞霧馬山
令和五年一月場所東小結11勝4敗技能賞霧馬山
令和四年十一月場所西小結8勝7敗霧馬山
令和四年九月場所西小結9勝6敗霧馬山
令和四年七月場所東前頭筆頭8勝7敗霧馬山
令和四年五月場所東前頭二枚目10勝5敗霧馬山
令和四年三月場所東前頭四枚目10勝5敗霧馬山
令和四年一月場所西前頭筆頭6勝9敗霧馬山
令和三年十一月場所西小結6勝9敗霧馬山
令和三年九月場所西前頭二枚目9勝6敗霧馬山
令和三年七月場所西前頭六枚目9勝6敗霧馬山
令和三年五月場所東前頭四枚目6勝9敗霧馬山
令和三年三月場所東前頭四枚目7勝8敗霧馬山
令和三年一月場所西前頭八枚目8勝7敗霧馬山
令和二年十一月場所東前頭筆頭3勝12敗霧馬山
令和二年九月場所東前頭五枚目9勝4敗2休霧馬山
令和二年七月場所西前頭三枚目6勝9敗霧馬山
令和二年三月場所西前頭八枚目9勝6敗霧馬山
令和二年一月場所東前頭十七枚目11勝4敗敢闘賞霧馬山
令和元年十一月場所西十両五枚目11勝4敗霧馬山
令和元年九月場所西十両四枚目7勝8敗霧馬山
令和元年七月場所西十両九枚目10勝5敗霧馬山
令和元年五月場所西十両十一枚目8勝7敗霧馬山
平成三十一年三月場所西十両十四枚目9勝6敗霧馬山
平成三十一年一月場所西幕下筆頭4勝3敗霧馬山
平成三十年十一月場所西幕下十二枚目6勝1敗霧馬山
平成三十年九月場所東幕下六枚目3勝4敗霧馬山
平成三十年七月場所西幕下三枚目3勝4敗霧馬山
平成三十年五月場所西幕下三十五枚目7勝0敗幕下優勝霧馬山
平成三十年三月場所東幕下十六枚目2勝5敗霧馬山
平成三十年一月場所西幕下二十一枚目4勝3敗霧馬山
平成二十九年十一月場所西幕下四十九枚目6勝1敗霧馬山
平成二十九年九月場所西幕下十四枚目0勝1敗6休霧馬山
平成二十九年七月場所東幕下十枚目3勝4敗霧馬山
平成二十九年五月場所東幕下十八枚目6勝1敗霧馬山
平成二十九年三月場所西幕下十二枚目3勝4敗霧馬山
平成二十九年一月場所東幕下二十枚目5勝2敗霧馬山
平成二十八年十一月場所東幕下三十五枚目5勝2敗霧馬山
平成二十八年九月場所東三段目十一枚目6勝1敗霧馬山
平成二十八年七月場所東幕下三十枚目0勝0敗7休霧馬山
平成二十八年五月場所東三段目三枚目6勝1敗霧馬山
平成二十八年三月場所東三段目十二枚目4勝3敗霧馬山
平成二十八年一月場所西幕下五十九枚目3勝4敗霧馬山
平成二十七年十一月場所西三段目九十六枚目7勝0敗三段目優勝霧馬山
平成二十七年九月場所西序二段六十七枚目6勝1敗霧馬山
平成二十七年七月場所西序ノ口二十枚目5勝2敗霧馬山
日本相撲協会「霧島 鐵力 – 力士プロフィール」の過去の星取表より(2026年9月20日取得)。令和8年九月場所は開催中で、七日目までの5勝2敗が入っている。行数67は当サイトが数えたもの

星取表に行があるのは67場所で、協会が表示する生涯戦歴は68場所である。初土俵の平成27年五月場所には星取表の行が無い。幕下優勝が平成30年五月場所、三段目優勝が平成27年十一月場所で、どちらも7勝0敗と表示されている。幕内の顔ぶれは力士の顔 一覧、今場所の大関の並びは安青錦 対 大の里の対戦成績のページでも触れている。決まり手の名前は相撲の決まり手 一覧にある。

霧島についてよくある質問

Q. 霧島の優勝回数は?
幕内優勝3回です(令和8年九月場所の七日目を終えた2026年9月20日時点)。令和5年三月場所(霧馬山・東関脇・12勝3敗)、令和5年十一月場所(西大関・13勝2敗)、令和8年三月場所(東関脇・12勝3敗)です。

Q. 霧島はいつ大関に復帰しましたか?
令和8年五月場所の番付からです。直前の令和8年三月場所を東関脇で12勝3敗・優勝で終えています。大関昇進そのものは令和5年七月場所でした。

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Q. 大関から落ちていたのはどのくらいですか?
令和6年七月場所から令和8年三月場所までの11場所です。この間の成績を当サイトが星取表から足すと104勝61敗になり、田口が記事51328に書いた数字と一致します。

Q. 霧島と霧馬山は同じ人ですか?
同じ力士です。協会のしこ名履歴の表示は「霧馬山 → 霧島」で、大関になってから改名しています。

Q. 先代の霧島とは別人ですか?
別人です。先代は陸奥親方として現在の霧島を育て、2024年3月末に定年を迎えました(田口の記事51328)。そのとき霧島は音羽山(元鶴竜)部屋へ移っており、いまの師匠は音羽山です。先代の名は協会の年寄一覧に「陸奥 一博」と載っています。

Q. 今場所(令和8年九月場所)の成績は?
東大関で、七日目を終えて5勝2敗です。負けたのは三日目の高安戦と六日目の義ノ富士戦でした。

Q. 霧島は横綱になりますか?
当サイトは予想を書きません。田口は九月場所の直前に「霧島の横綱昇進なるかという話題はどうもピンとこない。決め手に欠ける」と書いています(記事55001)。

Q. 部屋と出身は?
音羽山部屋、モンゴル・ドルノドゥの出身です(協会プロフィール)。2024年3月末に陸奥部屋から移っています。

あわせて読みたい霧島の大関復帰街道大関復帰!霧島の優勝回数を予想霧島の3場所連続12勝霧島の4場所連続12勝以上なるか 上同 下霧島の綱とり歴代大関一覧歴代横綱一覧力士の改名・旧四股名 一覧力士の顔 一覧

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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