大の里の休場歴一覧|休場した3場所の日数・理由とその後の成績、初土俵からの全場所の星取表

大の里の休場は3場所。横綱3場所目の2025年十一月場所は千秋楽に休場し、割が組まれていた豊昇龍戦が不戦敗になった。2026年三月場所は初日から3連敗したあと四日目から休場し、五月場所は初日から全休した。休みは合わせて26日、不戦敗が2番。休場明けは七月場所が9勝6敗、九月場所は15日間休まずに出場して12勝3敗で、幕内優勝した(2026年9月28日確認)。

協会の休場力士情報に載るのは「○日目から休場いたします」という休場の日までで、理由は載らない。このページでは休場の理由を、相撲記者・田口 通廣が当時書いた記事から原文のまま引いている。田口は十一月場所について「大の里は昨年十一月場所で左肩鎖関節脱のため千秋楽を休場した。」と書き、五月場所は休場した力士の一覧で大の里の行に「左肩腱板損傷」と書いた。三月場所は「3連敗かつ自分の相撲がまったく取れていない。選択は休場であった。」で、けがの名前には触れていない。

場所・日数・成績の出典=日本相撲協会の大の里の力士プロフィールの「過去の星取表」(2026年9月28日取得)と、協会の過去の星取表(大帳。2026年9月20日〜28日に取得。場所によって取得日が違う)。休みと不戦敗の数は当サイトが星取の記号から数えた。

目次

大の里の休場歴一覧|3場所・休み26日・不戦敗2

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初土俵の2023年五月場所から2026年九月場所までの21場所で、休み(や)か不戦敗(■)がある場所を抜き出した。途中休場では、取組がすでに組まれていた日が不戦敗(■)になり、そのあとの日が休み(や)になる。

場所地位成績休場のしかた休不戦敗次の場所
2025年十一月場所東横綱11勝4敗十四日目まで出場し、千秋楽に休場(豊昇龍戦が不戦敗)012026年一月場所 10勝5敗
2026年三月場所西横綱0勝4敗11休初日から3連敗、四日目から休場(義ノ富士戦が不戦敗)1112026年五月場所 全休
2026年五月場所西横綱0勝0敗15休初日から全休1502026年七月場所 9勝6敗
計3場所262
日本相撲協会「大の里の力士プロフィール」過去の星取表(2026年9月28日取得)から当サイトが数えた。休=「や」の数で、協会の成績表示(○勝○敗○休)の休と同じ。不戦敗は協会の表示では「敗」に入る。田口の記事の数え方(不戦敗を含めて休場とする)では28になる。

初めての休場は、初土俵から16場所目、横綱になって3場所目の十一月場所だった。田口は「横綱の千秋楽不戦敗は平成元年三月場所の千代の富士以来である。」と書いている(横綱の初休場番付・2025年12月11日)。三月場所は休場で負け越しになり、田口は「大の里は17場所連続勝ち越し、安青錦は14場所連続勝ち越しがストップした。」と書いた(三月場所の記録から・2026年3月28日)。

休場した3場所|田口の記事から

2025年十一月場所|千秋楽に休場、豊昇龍戦が不戦敗

東横綱で臨み、初日から9連勝。十四日目を終えて11勝3敗で、千秋楽に休場した。星取は○○○○○○○○○●●○○●■(最後の■が千秋楽の不戦敗)。田口はその日の記事にこう書いた。「千秋楽を迎えて大の里が突然休場した。協会挨拶のときすでに姿はなかった。13日目にすでに脱臼していたらしい。」(◆25福岡千秋楽 新時代のヒーロー安青錦が初優勝・2025年11月23日)

場所後には「横綱大の里が十一月場所千秋楽休場した。千秋楽すでに割が組まれていたため不戦敗となった。」と整理し(横綱の初休場番付・2025年12月11日)、翌年の一月場所の前には「大の里の左肩のケガは脱臼だった。」と書いている(2026年一月場所直前考・2026年1月10日)。三月場所の前の記事では「大の里は昨年十一月場所で左肩鎖関節脱のため千秋楽を休場した。1カ月間の安静加療が必要とのことだったが、一月場所まで影響した。」と書いた(大の里は復活優勝できるか・2026年3月3日)。

休場明けの2026年一月場所は西横綱で10勝5敗。田口は初日前に「先場所の千秋楽休場した大の里。痛めた左肩が気になるが、出場に踏み切った。」と書いていた(ケガの影響残す大の里・2026年1月9日)。

2026年三月場所|初日から3連敗、四日目から休場

西横綱。初日 若隆景、二日目 熱海富士、三日目 藤ノ川に敗れ、四日目の義ノ富士戦から休場した。星取は●●●■やややややややややややで、成績は0勝4敗11休。三日目の夜、田口は「3連敗スタートとなった大の里。休場か取り続けるか、現時点ではわからない。ただ、相当深刻な事態であることは間違いない。」と書いた(◆26春三日目 重傷大の里3連敗の行き先は休場か出場か・2026年3月10日)。翌日の記事は「大の里がついに休場した。3連敗かつ自分の相撲がまったく取れていない。選択は休場であった。横綱5場所目のことだった。」と始まる(◆26春四日目 横綱・大関全滅!あやしき場所に向かう春・2026年3月11日)。

当サイトの田口の記事には、この場所のけがの名前は出てこない。三日目の記事の見出しは「重傷大の里3連敗の行き先は休場か出場か」だった。

2026年三月場所三日目、藤ノ川の引き落としで手をつく大の里
2026年三月場所 三日目、藤ノ川の引き落としで手をついた大の里。これで初日から3連敗となり、翌日から休場した。写真:田口 通廣(撮影)。◆26春三日目に載せた1枚。

2026年五月場所|初日から全休

西横綱。初日から15日間、休場した。初日の前日、田口は「初日から横綱大の里、大関安青錦が休場する。ケガによりやむをえない面はある。」と書いている(2026年五月場所直前考・2026年5月9日)。場所後の記事では休場した力士とけがを並べ、大の里の行に「左肩腱板損傷」とある(七月場所待ったなしの両横綱・2026年6月1日)。

三月場所と合わせた2場所について、田口は不戦敗を含めて27休で、1勝もしていないと書いている(七月場所は吉と出るか凶と出るか・2026年6月21日)。協会の星取で数えても、三月場所の休11・不戦敗1と五月場所の休15で27になる。

休場明けの成績|七月場所9勝6敗、九月場所12勝3敗で優勝

2場所続けて休んだあとの七月場所(西横綱)は、初日に義ノ富士に敗れて始まった。初日の夜、田口は「大の里は2場所連続休場した。よく本場所のカンとか感覚とかいう。休場が長引くとこれが鈍る。」と書いている(◆名初日 明暗分けた休場明けトリオ・2026年7月12日)。15日間を取り切って9勝6敗。場所後には「2場所連続休場の大の里。出場した七月場所は苦戦した。負けが先行した。しかし、休場することなく最後まで出場した。その結果9勝6敗と1ケタ勝利に終わった。」と書いた(豊昇龍・大の里の横綱1ケタ勝利・2026年8月27日)。

2026年七月場所初日、義ノ富士と取る大の里
2026年七月場所 初日、休場明けの一番で義ノ富士に敗れた大の里。写真:田口 通廣(撮影)。◆名初日 明暗分けた休場明けトリオに載せた1枚。

九月場所(東横綱)は15日間休まずに出場し、12勝3敗で幕内優勝した(協会の星取表・2026年9月28日確認)。横綱としての全場所の星取と優勝は第75代横綱 大の里とはにまとめている。

横綱としての休場率|8場所で休み26・不戦敗2

横綱に上がった2025年七月場所から2026年九月場所までの8場所(120日)で、休みが26、不戦敗が2。不戦敗を含めると28日で、23.3%になる(当サイト計算)。九月場所は15日とも出場したので休みは増えず、七月場所までの7場所(105日)では26.7%だった。田口は五月場所を終えた時点(6場所・90日)で「大の里の横綱休場率は現時点で31.1%である。」と書き(怪しくなってきた大の里の輪島越え・2026年6月3日)、七月場所のあとには「豊昇龍の横綱休場率は不戦敗を含め24%である。大の里の横綱休場率は不戦敗を含め27%である。大の里のほうが多いのである。」と書いた(記録を伸ばした豊昇龍・大の里・2026年8月3日)。どちらも不戦敗を含めた数で、協会の星取から数え直した31.1%・26.7%と合う。

初土俵からの全場所の星取表

幕下付出の2023年五月場所から2026年九月場所まで。休みと不戦敗のある3場所は成績を太字にした。

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場所地位成績星取休不戦敗優勝・三賞
2023年五月場所幕下十枚目格付出6勝1敗●-○--○-○-○○---○
2023年七月場所東幕下三枚目4勝3敗-○○-●-●-○-●--○-
2023年九月場所東十両十四枚目12勝3敗○○○○○○○○○●○●○○●
2023年十一月場所東十両五枚目12勝3敗○○○□●○○●○●○○○○○
2024年一月場所西前頭十五枚目11勝4敗○○●○○○○○○●●●○○○敢闘賞
2024年三月場所西前頭五枚目11勝4敗○○○○□○●○○●○●○○●敢闘賞・技能賞
2024年五月場所西小結12勝3敗○●○○○○○○●○●○○○○幕内優勝・殊勲賞・技能賞
2024年七月場所西関脇9勝6敗●●○●○○○○●●○○□○●殊勲賞
2024年九月場所西関脇13勝2敗○○○○○○○○○○○●○○●幕内優勝・敢闘賞・技能賞
2024年十一月場所西大関9勝6敗○○○●○●○○○●●○●●○
2025年一月場所西大関10勝5敗●○○●●○○○○○●○●○○
2025年三月場所東大関12勝3敗○○○●○○○○○●○○●○○幕内優勝
2025年五月場所東大関14勝1敗○○○○○○○○○○○○○○●幕内優勝
2025年七月場所西横綱11勝4敗○○○●○○○●○●○○●○○
2025年九月場所東横綱13勝2敗○○○●○○○○○○○○○□●幕内優勝
2025年十一月場所東横綱11勝4敗○○○○○○○○○●●○○●■1
2026年一月場所西横綱10勝5敗○○○●○○○●●●○○○○●
2026年三月場所西横綱0勝4敗11休●●●■ややややややややややや111
2026年五月場所西横綱0勝0敗15休ややややややややややややややや15
2026年七月場所西横綱9勝6敗●●○●○○○○●○●●○○○
2026年九月場所東横綱12勝3敗○○○●○○○○○○○○●●○幕内優勝
出典=日本相撲協会「大の里の力士プロフィール」過去の星取表(2026年9月28日取得)。記号は協会の凡例どおり(○勝ち ●負け □不戦勝 ■不戦敗 や休み)。幕下は1場所7番で、取組の無い日は「-」。2023年五月〜十一月場所は協会の過去の星取表(大帳)の幕下・十両と、2024年一月場所以降は幕内の大帳と照らし合わせ、全21場所で一致した(大帳は2026年9月20日〜28日に取得。場所によって取得日が違う)。

大の里の休場についてよくある質問

Q. 大の里は何回休場した?
A. 3場所です。2025年十一月場所の千秋楽(不戦敗)、2026年三月場所の四日目から、2026年五月場所の全休。休みは合わせて26日、不戦敗は2番です(協会の星取表から当サイトが数えた)。

Q. 大の里の休場の理由は?
A. 協会の休場力士情報は休場の日だけで、理由は載りません。田口の記事では、2025年十一月場所を「左肩鎖関節脱のため千秋楽を休場した」、2026年五月場所を「左肩腱板損傷」と書いています。2026年三月場所は「3連敗かつ自分の相撲がまったく取れていない。選択は休場であった」とあり、けがの名前は書かれていません。

Q. 大の里の初めての休場はいつ?
A. 2025年十一月場所の千秋楽です。初土俵から16場所目、横綱3場所目でした。田口は横綱の千秋楽の不戦敗を「平成元年三月場所の千代の富士以来」と書いています。

Q. 休場明けの成績は?
A. 2025年十一月場所のあとの2026年一月場所は10勝5敗。2場所続けて休んだあとの2026年七月場所は9勝6敗で、15日間を取り切りました。続く2026年九月場所は12勝3敗で幕内優勝しています。

Q. 大の里は2026年九月場所を休場した?
A. していません。15日間出場して12勝3敗で、幕内優勝しました(2026年9月28日確認)。

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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