横綱大の里が十一月場所千秋楽休場した。千秋楽すでに割が組まれ
ていたため不戦敗となった。横綱の千秋楽不戦敗は平成元年三月場
所の千代の富士以来である。千代の富士は14日目大乃国を投げたと
き脱臼した。それにしても大の里の横綱休場は3場所目という早さ
だった。もっとも豊昇龍は新横綱の場所休場している。

それでは横綱の初休場はどのようになっているのか。戦後東富士以
降を番付にしてみた。それが以下である。

群を抜いているのが白鵬と北の湖である。横綱初休場は49場所目と
44場所目である。続く記録に30台、20台さえない。玉の海は横綱休
場がなかったが、最盛期で惜しくも亡くなられた。

横綱初休場が同じ場所数の場合は何日目に休場したかで区別した。
例えば8場所目の場合は以下である。
柏戸 初日から休場
隆の里3日目から休場
曙 11日目から休場
日馬富士 初日から休場
曙ー隆の里ー柏戸ー日馬富士とさせて頂いた。
また、輪島は3場所目で横綱初休場したが、優勝している。成績は
12勝2敗1休である。12連勝したが、貴ノ花戦で指の間を裂傷した。
翌日の13日目の北の富士戦は出たが無理だった。14日目不戦敗、千
秋楽休場となった。

千代の富士は新横綱の場所を途中休場した。翌場所優勝して持ち直
した。その後大鵬の優勝回数に迫ることは想像できなかった。吉葉
山は新横綱の場所を全休した。その後の吉葉山はついに横綱優勝で
きなかった。
横綱初休場の大の里は今後どういう道を歩むことになるか。