伯乃富士(はくのふじ・伊勢ヶ濱部屋)は、2026年(令和8年)一月場所から「伯桜鵬(はくおうほう)」を改めた四股名である。日本相撲協会のプロフィールには、しこ名履歴が「落合 → 伯桜鵬 → 伯乃富士」と載っている。改名の前に起きていたのは、所属していた宮城野部屋(師匠・元横綱白鵬)の閉鎖と、部屋の力士全員の伊勢ヶ濱部屋への移籍である。伊勢ヶ濱部屋の関取は照ノ富士・翠富士・嵐富士・寿之富士と「富士」を持つ四股名が並び、伯乃富士もその列に入った。改名の理由そのものを本人や部屋がどう説明したかは、当サイトでは確認していない。
※このページは協会公式のプロフィール(2026年9月13日確認)と、当サイト運営者・田口 通廣が2024年2月から2026年1月にかけて書いた記名記事だけで組んだ。検索で並ぶ私生活の話は、協会・本人・部屋の公表事項が無いので書いていない。
伯乃富士の基本データ|協会公式プロフィール(2026年9月13日確認)

出典: 日本相撲協会「伯乃富士 哲也 – 力士プロフィール」(2026年9月13日確認)。年齢は協会の括弧書きをそのまま。
なぜ改名したのか|分かっている事実と、分かっていないこと
「伯乃富士 なぜ改名」で検索する人に、まず時系列を並べる。どれも協会の発表と、当サイトの田口が当時書いた記事で確かめられる出来事である。
| 時期 | 出来事 | 当サイトの記録 |
|---|---|---|
| 2024年2月 | 宮城野部屋の北青鵬が部屋での暴力で引退勧告処分。師匠の宮城野(元白鵬)は監督責任で二階級降格、部屋は伊勢ヶ濱部屋預かりに | 北青鵬引退、宮城野降格の結末(2024年2月23日) |
| 2025年6月9日 | 元白鵬が協会退職の記者会見。田口は「辞めた最大の理由は宮城野部屋の復興の見通しがたたなかったこと」と書いている | 白鵬協会退職考(2025年6月10日) |
| 2025年7月 | 旧宮城野部屋の力士は伊勢ヶ濱(元照ノ富士)部屋で過ごすことに。田口は伯桜鵬について「ケガが影響している」「復活が待たれる」と記す | 旧宮城野勢の新たなる戦い(2025年7月8日) |
| 2026年一月場所 | 番付の四股名が「伯乃富士」に。旧宮城野勢では草野も義ノ富士と改めている。田口は「元白鵬の弟子の改名には戸惑っている。もう少しイメージを残せなかったのだろうか」と書き、伯桜富士など自分なら残したかった案を並べた | ◆26初六日目 戸惑う元白鵬の弟子の改名(2026年1月16日) |
つまり改名は、部屋が変わったあとに起きている。伊勢ヶ濱部屋の関取には照ノ富士(現・師匠)・翠富士・嵐富士・寿之富士と「富士」の付く四股名が並び(部屋の力士一覧)、伯乃富士もそこに加わった。ただし、「伯桜鵬の伯を残して富士を付けた」という四股名の作りは番付を見れば分かるが、誰がどういう理由で決めたのかを本人や部屋が説明した記録を、当サイトは確認していない。理由を言い切っている記事があっても、公表元をたどれないものは、ここでは採らない。
なお、同じ時期に移籍した炎鵬は「富士」の付かない四股名のままである(田口は同じ記事で「○○富士とならなかった力士」と書いている)。全員が一律に改名したわけではない。
新小結までの歩み|直近11場所の番付と成績(協会の星取表より)
初土俵から新入幕まで3場所。新入幕の令和5年七月場所で優勝争いに加わり、敢闘賞と技能賞を受賞した(田口「伯櫻鵬は幕下1場所で突破や新入幕で優勝争いをして敢闘賞・技能賞に輝いたことがあった」2025年11月6日)。その後ケガで番付を下げ、令和7年一月場所に再入幕。そこから2026年九月場所の新小結まで、協会の星取表に載っている地位と成績を写した。
| 場所 | 地位 | 成績 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 令和8年九月場所 | 東小結(新三役) | —(場所中) | |
| 令和8年七月場所 | 西前頭三枚目 | 9勝6敗 | |
| 令和8年五月場所 | 西前頭十枚目 | 11勝4敗 | 敢闘賞 |
| 令和8年三月場所 | 西前頭七枚目 | 5勝6敗4休 | |
| 令和8年一月場所 | 西前頭三枚目 | 5勝8敗2休 | この場所から「伯乃富士」 |
| 令和7年十一月場所 | 東前頭筆頭 | 6勝9敗 | 四股名は伯桜鵬 |
| 令和7年九月場所 | 東前頭二枚目 | 8勝7敗 | 殊勲賞 |
| 令和7年七月場所 | 東前頭四枚目 | 8勝7敗 | |
| 令和7年五月場所 | 東前頭七枚目 | 8勝7敗 | |
| 令和7年三月場所 | 東前頭九枚目 | 9勝6敗 | |
| 令和7年一月場所 | 東前頭十五枚目 | 10勝5敗 | 再入幕(田口 49756) |

田口は2025年11月の時点で、伯桜鵬の上位との対戦を「大の里 2勝1敗(金星あり)/豊昇龍 0勝3敗/琴櫻 0勝2敗/安青錦 0勝3敗/玉鷲 0勝4敗」と整理し、「勝ち越しは五分五分」と読んでいた(同記事)。実際の十一月場所は6勝9敗。年が明けて改名した一月場所は5勝8敗2休、三月場所は5勝6敗4休と休みが入り、五月場所の11勝4敗(敢闘賞)で持ち直して、九月場所の新三役につながった。
休場の数字|生涯40休のうち直近1年は6休(協会の表示)
「伯乃富士 休場」「怪我」で調べる人が多いので、協会が公表している数字だけを置く。生涯戦歴は169勝105敗40休(23場所)、幕内では90勝69敗21休(13場所)。直近12場所の星取表で休みがあるのは令和8年一月場所の2休と三月場所の4休で、残る34休はそれ以前=新入幕後に番付を下げた時期にあたる。田口は2025年7月に「やはりケガが影響している」と書いているが、部位や診断は当サイトの記事にも協会のプロフィールにも無いので、ここでは書かない。
伯乃富士についてよくある質問
Q. 伯乃富士と伯桜鵬は同じ人ですか?
同じ人です。協会のプロフィールに「落合 → 伯桜鵬 → 伯乃富士」としこ名履歴が載っています。2026年一月場所から伯乃富士です。
Q. なぜ改名したのですか?
宮城野部屋の閉鎖と伊勢ヶ濱部屋への移籍のあとに改名しています(時系列は上の表)。伊勢ヶ濱部屋の関取は「富士」を持つ四股名が並びます。ただし理由の説明を本人・部屋が公表した記録は、当サイトでは確認していません。
Q. 読み方は?
「はくのふじ てつや」です(協会プロフィール)。
Q. 出身はどこですか?
鳥取県倉吉市です。関取の出身地は出身地一覧にまとめています。
Q. いまの番付は?
令和8年九月場所は東小結で、新三役です。顔写真つきの幕内一覧は力士の顔 一覧に。
Q. 休場が多いのはなぜですか?
協会の表示では生涯40休、直近1年は6休です。田口の記事は「ケガが影響している」とまでで、部位や診断は公表事項が無いので書いていません。
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