稀な存在になりつつある日本人横綱

【2026年追記】稀勢の里の引退(2019年1月)後、横綱は照ノ富士、豊昇龍とモンゴル出身力士が続いたが、2025年に大の里が昇進し、日本人横綱がふたたび誕生した。名古屋場所2026の番付では豊昇龍・大の里の東西横綱が並ぶ(番付読み解き)。以下は日本人横綱が「稀な存在」だった時期に、その系譜を整理した本文である。

以前横綱10大史を発表した。
横綱10大史1その起源
横綱10大史2制度の継続
横綱10大史3横綱番付に登場
横綱10大史4歴代横綱登場
横綱10大史5横綱地位となる
横綱10大史6根拠のない土俵入り名と意味
横綱10大史7横綱審議委員会誕生
横綱10大史8千代の山横綱返上問題
横綱10大史9双羽黒横綱途上で相撲界を去る
横綱10大史10外国人横綱誕生

横綱10大史10の外国人横綱誕生は小錦のとき
実現しなかった。小錦は13勝優勝-12勝-13
勝優勝というチャンスを見送られていた。
外国人横綱はいらないと題する論文が雑誌に
掲載されたのはこのときである。小錦が横綱
になれないのは人種差別によるものだと大騒
ぎになった。

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曙
<曙>

外国人初の横綱は次の世代、曙によって実現
した。横綱空白期で2場所連続優勝して誕生
した。曙以降の横綱はどうなったか。それが
以下になる。圧倒的に外国人横綱が多くなっ
た。日本人横綱は10人中3人である。外国人
横綱はハワイからモンゴルへと変遷していっ
た。


貴乃花
3代目若乃花
武蔵丸
朝青龍
白鵬
日馬富士
鶴竜
稀勢の里
照ノ富士

朝青龍
<朝青龍>

日本人横綱は稀な存在になりつつある。曙、
武蔵丸のときは貴乃花が彼らを凌駕していた。
だが、貴乃花が去った土俵では、朝青龍、
白鵬に対抗できる日本人力士はいなかった。
朝青龍は29歳までに25回優勝した。怪童北の
湖越えをしてしまった。白鵬は63連勝、45回
優勝と千代の富士・大鵬越えどころか、大き
く引き離してしまった。

白鵬
<白鵬>

それだけに横綱稀勢の里が誕生したときは
予想以上の騒ぎであった。明治神宮の土俵
入り披露では朝の9時から列ができ、入場を
制限したほどである。午後3時半過ぎに始ま
り、 しかも土俵入りはわずか1分半くらいで
あるにもかかわらず、多くの人が集結した。
牛久で優勝パレードをしたら、5万人が見に
来たという。とにかく稀勢の里のいくところ
人が集まったという現象が続いた。

残念ながら稀勢の里は致命的なケガのため、
横綱休場が多くなった。最後は5連敗休場、
4連敗で引退した。最後の対戦相手は栃煌山
であった。ただ、引退後も人気は相変わらず
すごかった。

稀勢の里
<稀勢の里>

モンゴル人力士は必ずしも貧しい家庭では
ないが、モンゴル人にとって大相撲はジャ
パンドリームを実現する場である。モンゴル
の平均月収は249米ドルと貨幣価値が違う中
で大相撲は大きな魅力である。小泉首相(首
相当時)は「相撲は国技から国際技になった」
と言った。次の日本人横綱は果たして誰が
何年後になるのか。

卓球は格闘技か、と思うほど激しい。
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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