大関は一時的な好成績でなれるが、なったあとは不成績が目立つ地位でもある。在位がもっとも長いのは千代大海と魁皇の65場所(約11年)、次いで貴ノ花の50場所である。ただし問題は長さではなく中身で、大関の責任勝ち星10勝(勝率.667)を在位通算で超えたのは、ごく限られた力士だけだった。この記事は、15日制になった三根山以降の大関について、田口が在位と成績を通信簿としてまとめた記録である。
※横綱に昇進するまでの大関在位(最短2場所〜最長32場所)は横綱の大関在位場所数ランキングに分けてまとめている。本記事は横綱にならなかった大関も含めた「大関としての通信簿」。稀勢の里が現役大関だった時点の集計を含む。
大関在位が長い力士
三根山以降の大関で、在位場所数が長かった力士である。65場所は約11年にあたり、容易には破られない数字である。
| 大関 | 在位 | 備考 |
|---|---|---|
| 千代大海 | 65場所 | 歴代最長タイ(約11年)。負け越し19回(うち公傷4)も最多 |
| 魁皇 | 65場所 | 歴代最長タイ。連続2ケタ勝利なし20場所(3年2場所)も最長 |
| 貴ノ花 | 50場所 | 長期在位の代表格 |
大関の成績 主な記録
大関の責任勝ち星は10勝(勝率.667)である。在位を通じた成績で見ると、記録には大きな差がついた。下が田口がまとめた主な記録である。
| 項目 | 記録 | 備考 |
|---|---|---|
| 責任勝率(.667)を通算で達成 | 稀勢の里のみ | 迫ったのが琴風、把瑠都 |
| 連続2ケタ勝利なし | 魁皇 20場所連続 | 3年2場所。北天佑18、松登15と続く |
| 負け越し回数 | 千代大海 19回 | うち公傷4。魁皇15、栃東・琴ヶ濱12 |
| 優勝争い(12勝以上) | 最高は貴ノ浪 10回 | 0回が9人、1回が8人 |
| 在位通算の勝率ワースト | 大受(4割台) | 続いて雅山、増位山(5割ジャスト) |
田口が作成した大関の番付
昇進時の取組制度ごとに、大関の在位と成績をまとめた田口作成の表である。系統別総当たり時代、昭和の部屋別総当たり、平成の部屋別総当たりの3枚に分かれている。



在位は長くても成績は厳しい
大関の最低責任勝ち星は10勝で、勝率に直すと6割6分6厘7毛になる。これを在位通算で超えていたのは、田口の集計時点では稀勢の里ただ一人であった。迫ったのが琴風と把瑠都である。9勝6敗で勝率6割だから、責任勝ち星を在位を通じて維持し続けることがいかに難しいかがわかる。2場所(時代によっては3場所)連続で負け越せば関脇に陥落するという規定が、大関を弱くしている面も否めない。

連続2ケタ勝利なしと負け越しの記録
連続2ケタ勝利なしは、魁皇の20場所連続が最高で、3年2場所に及んだ。北天佑の18場所連続、松登の15場所連続がこれに続く。松登は大関在位中、ついに10勝以上の成績をあげることができなかった。負け越し回数は千代大海が19回でトップだが、このうち4回が公傷である。これほど公傷の恩恵にあずかった大関はほかにいない。魁皇15回、栃東・琴ヶ濱が12回と、2ケタ以上負け越している。10勝以上と9勝以下の比較で10勝以上が上回ったのは稀勢の里のみで、逆に差が大きかったのは琴欧洲、次いで貴ノ花、魁皇であった。

優勝争いの少なさ
ここでは機械的に12勝以上をあげた場合を優勝争いの回数とした。全体的にこの数字は低く、最高でも貴ノ浪の37場所中10回にすぎない。優勝争いが0回の大関が9人、1回が8人もいる。年2場所くらい優勝争いができなくては、大関の存在価値はますます薄れてしまう。在位の長さで歴史に名を残しても、優勝争いの回数となると、大関という地位の難しさが浮かび上がってくる。
大関の在位と成績についてよくある質問
大関在位が最長なのは誰ですか?
千代大海と魁皇の65場所です。約11年にあたり、貴ノ花の50場所がこれに続きます。横綱に昇進するまでの大関在位の最長(琴櫻・武蔵丸の32場所)とは別の記録です。
大関の連続2ケタ勝利なしの最長は?
魁皇の20場所連続で、3年2場所に及びました。北天佑18場所、松登15場所と続きます。松登は大関在位中、一度も10勝以上をあげられませんでした。
大関の責任勝ち星はいくつですか?
10勝です。勝率に直すと6割6分6厘7毛で、これを在位通算で超えていたのは、田口の集計時点では稀勢の里だけでした。
横綱に昇進するまでの大関在位ランキングは?
こちらは別記事の大関在位場所数ランキング(横綱になるまで最短2場所〜最長32場所)にまとめています。最短は双葉山・栃木山・照國の2場所です。
関連記事:大関在位場所数ランキング(横綱になるまで)/横綱の連敗記録/横綱で優勝なしの記録/全勝優勝した力士 一覧