吉葉山の金星配給率

吉葉山が力士になったのは志願でも推薦でもスカウトでもなかった。
吉葉山が上京したのは、北海道製糖へ就職したが、学歴が無いこと
で技術習得するためだった。ところが上野駅に着くとそこに居た力
士に相撲部屋に連れていかれてしまった。勘違いだと判明したもの
の、おかみさんに説得され入門となった。高島(元巴潟)部屋であ
った。

最初北糖山と名のっていた。入門直後の昭和13年、悪性の虫垂炎と
腹膜炎を併発して生命の危機に陥った。このとき、吉葉庄作氏によ
る大手術で全快した。大恩に報いるため、四股名を吉葉山と改名し
た。吉葉山には深い意味合いが込められていたのである。

吉葉山のブロマイド
吉葉山のブロマイド

昭和17年夏場所は幕下筆頭で優勝した。その直後兵役となった。過
酷な戦地で銃弾2発を受け、うち一発は体内に残ったままという瀕
死の重傷を負いながらも無事に生還した。国内には吉葉山の戦死情
報まで流れていたが、昭和21年になってようやく戻ってきた。空白
は4年以上に及び体重減だったから食べまくった。ついたあだ名は
胃袋だった。

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復帰後番付をぐんぐん上げてきた。
昭和23年夏場所 新入幕 年2場所
昭和25年秋場所 新関脇 24年より年3場所
ただ優勝は遠かった。関脇で13勝2敗をあげるも照國との優勝決定
戦に敗れたり、照國に全勝優勝されたりした。大関で14勝1敗をあ
げるも平幕時津山が全勝優勝して逃した。当時平幕好成績者は上位
にあてる規定がなかった。時津山は大関・横綱戦が皆無だった。関
脇戦さえなかった。吉葉山悲運中の悲運であった。

昭和29年一月場所千秋楽、全勝吉葉山対1敗鏡里の決戦となった。
これ以上無い盛り上がりになった。ファンは雪の日にもかかわらず、
早くから殺到。超満員の中吉葉、吉葉の声援がとぶ。そんな吉葉山
が寄り切って初優勝を全勝で飾った。雪のなかの優勝パレードでは、
吉葉山の頬を伝わるのは涙か雪かと伝えられた。

若羽黒のブロマイド
若羽黒のブロマイド

吉葉山の金星配給率はどうか。吉葉山は横綱優勝がなく、休場が多
かった。横綱時代、平幕戦の成績は54勝20敗であった。金星配給率
は27%で、平幕戦が7番あれば、1.9個提供することになる。1場
所最多配給金星は3個で2場所ある。若羽黒には金星を3個提供し
ている。昭和33年一月場所、最後は涙とともに引退した。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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